未来の力
「――なんだ……その、姿は?」
結城を覆っていた魔力障壁が弾け飛ぶ。
イクスギア《ルート》を纏った結城は魔力の燐光を散らしながら、凛音を守るようにハクアの前に立ち塞がる。
ハクアは結城を警戒するように一歩後ずさり、驚愕に染まった表情を浮かべていた。
ハクアのその動揺は、至極当然の反応だった。
何故なら、結城の纏ったギアの姿がこれまでと全く異なるギアの姿だったからだ。
魔力の色が、暴走状態の黒いに近い――血のような赤い魔力へと変わり、
結城の瞳もまるで魔力が暴走した時のように深紅に染まっていた。
それだけではない。
まるで、蒼いギアが錆びつくかのように赤に染まり、《ルート》のギアに新しい鎧が次々と展開されていく。
肩から胸にかけて堅牢な鎧が出現し、肘から指先にかけて、禍々しい形状のグローブが両腕を覆う。
ギアインナーまで新たに編まれたのか、深紅の魔力糸で編まれたインナーやブーツはこれまで以上の強度を誇っているだろう。
ギアのパワーアップ。
だが、ハクアが驚いたのはそこではない。
十分に脅威に値する性能を秘めているだろうが、問題はギアを纏った結城にあった。
先ほどまでよりも若干背丈が伸び、少年から青年へと顔つきが変わっている。
髪も少し伸びたのだろうか。目元までかかるくらいに伸びていた。
異様な変身。
ギアの変化だけならハクアはここまで驚かなかっただろう。
一騎の《シルバリオン》も体に変化を及ぼすギアだ。
他に同じような性能のギアがあったとしても、不思議ではない。
けれど――
(この成長は……? それにこの魔力……どういう事だ?)
明らかに今よりも数年大人びた姿に、研鑽された魔力の質。
それは、長年の修行の末に身につく努力の結晶だ。
たかが数日前にギアを纏い戦い始めた素人の纏える魔力ではなかった。
魔力とは修練する度に研ぎ澄まされ、より強力になっていく。
それは魔力の総量が増えるわけではなく、魔力の質が上がることだ。
同じ魔力障壁を展開したとしても、練り上げた魔力の質で強度は異なる。
そして、恐らく、結城の魔力精度はハクアに勝るとも劣らないものだ。
(これは……ただの拳の殴り合いでも致命的だ……)
ハクアはゴクリと生唾を嚥下する。
魔剣での攻撃はもはや結城の拳闘と変わらない。
ただリーチが伸びただけ。
今の結城が無意識に展開している魔力障壁を突破するには、ハクアも本気を出さなければいけないだろう。
「一体、どうやってそれ程の力を……」
「そんなの決まってんだろ、すげぇ努力したんだよ」
「……ありえない」
努力だけでは説明がつかないから聞いているのだ。
ハクアは気を取り直し、魔剣を構える。
(今は、彼の実力を知るより、彼を支配する方が先決だ)
ハクアの目的は、結城の魔力を束ね、新世界の一部にする事だ。
残る魔力は結城の力だけ。
なら、実力を出し切る前に、本気で叩き潰せばいい。
「《領域》――展開」
ハクアは注意を結城から逸らさず、凛音の世界を上書きする。
トワイライトとハクア、それに凛音。
さらにメアの魔力で編まれた楽園の名を紡ぐ。
「《アステリア》」
それは故郷の星の名。
新世界に相応しき名前だ。
ハクアが紡ぎ、世界が束ねられる。
それは幻想的な世界だった。
空は虹がかかったように色を変え、大地は緑が生い茂った豊な実りへと変わる。
空気も澄んでおり、呼吸をする度に味わったことのない香りが鼻孔をくすぐる。
けれど、それだけではない。
それは世界の一端に過ぎない。
目まぐるしく世界が回り、結城の景色が一変する。
それは、砂漠を連想させる風景だった。
世界の繋がりを示すように虹の空に巨大な岩が隆起する砂漠のど真ん中。
遠く離れた場所には遺跡のような岩の居城が威風堂々と構え、砂漠の熱風が結城の肌を撫でる。
「ここは……?」
「《アステリア》の中さ」
「《アステリア》?」
「あぁ。俺たちの生まれ故郷の星だ。この世界は《アステリア》を忠実に再現している。もはや地球という名の星じゃない。ここが俺たちが目指した新世界だ」
「ここが、ねぇ……」
結城は辺りを見渡す。
目まぐるしく変わる景色の中に町の風景や森の風景があった。
恐らく、自然に愛された世界なのだろう。
だが――
「誰もいねぇじゃねぇか」
人の気配どころか、動物の気配すらない。
こんなの――姿が変わっただけの『次元の狭間』だ。
「それはこれからさ。まず、俺たちの世界を創る。ここに住む人たちは、元の世界へと戻れなかった召喚者たちだ」
「……地球の人たちは?」
「新世界が創造されるのと同時に上書きされるよ。この世界にはいなかった事になるだろうね」
一瞬、悲痛な表情を浮かべ、ハクアが呟く。
ここは召喚者だけの世界。
元の地球の人たちは存在を消される――……
「ふざけんなッ!!」
結城はその世界を否定した。
「俺たちの世界をなかった事にすんのかよ!?」
「……勘違いするな。最初に俺たちを否定したのはこの星だ。だから、俺たちは運命に抗うと決めたんだ」
「おかしいだろ! どうして、元の世界を犠牲にするやり方しかねぇんだよ! 手を取り合える世界だって――」
「ないよ。そんな世界。選べるのは一つだけだ。僕たち召喚者か、君たちか――手を取り合えるはずがないだろ……」
「それでも、俺は……信じてる」
結城にはマシロが側にいてくれた。
この星とは違う世界で生まれ育った女の子が、結城を選んでくれた。
なら、出来るはずだ。
召喚者とこの星の人たちが、一緒に笑い合える世界を。
「お前らは、ただ諦めただけだ。手を伸ばす事を! けど、俺は諦めねぇ! 絶対に諦めてたまるか!! 伸ばし続けてやるよ、抗い続けてやるよ。その為の――イクスギアだ!!」
未知数の可能性を信じる。
何より結城は未来の可能性を知っている。
数多ある平行世界も――その全てが召喚者を否定しているわけじゃないのだ。
なら、信じるだけだ。
無限の可能性を。
未知数の未来を。
その為なら――
「ぶっ壊してやるよ。お前らのふざけた世界を。新世界を!!」
「壊させるものか。俺たちの希望を」
ハクアは魔王より授けられた魔剣の切っ先をゆっくりと結城に突き付ける。
「決着をつけよう。俺たちの。結城透、君は俺の手で止める」
「望むところだ」
結城の意思に呼応して、ブレスレットが深紅の輝きを放つ。
光と共に現れたのは、魔力で束ねられた一本の剣だ。
深紅の刀身の剣。
ロングソードほどもある長い刀身が結城と同じく深紅の輝きを放っていた。
「……」
「……」
二人は同時に剣を構える。
奇しくも二人は同じ構えをとっていた。
剣を肩に担ぎ、背に回すように刀身を隠す。
腰を落とし、下半身に力を込めるところまでもが一緒。
「……まさか」
ピクリとハクアの眉が吊り上がる。
それとほぼ同時に。
「おぉッ!!」
裂帛の気合いを迸らせ、結城が地面を蹴り上げた。
まるで、地雷が爆発したかのような粉塵が足元から巻き上がり、一気に最高速へと加速した結城が上段に剣を掲げた。
その直後。
結城の刀身が紅蓮の炎に包まれる。
(やはり……スキル!! しかもこの技はッ!?)
ハクアは瞬時に結城の攻撃を看破。
ありえない――と動揺を見せながらも、結城の剣を迎撃する。
ハクアは咄嗟に剣を構え直し、柄尻で結城の炎の刀身を弾く。
さらに、体を循環する魔力を活性化させ、全身に魔力のオーラを纏ったのだ。
体内で活性化した魔力が全身へと行き渡る。
そこから先は思考よりも先に魔力が身体を動かした。
魔力のオーラを纏ったハクアの体が弧を描くように回転する。
繰り出されるのは加速による勢いを付け加えた回転斬りだ。
結城は剣を弾かれた体勢を戻さず、そのままバックステップで一撃目を避ける。
だが、ハクアの攻撃はそれで終わらない。
さらに加速した二撃目が結城の首筋を狙ったのだ。
風圧を巻き上げ、暴風のように旋回する二撃目こそが本命。
よしんば刀身を避ける事が出来たとしても、剣に巻き付いた風圧の塊が根こそぎ周囲を削りきるだろう。
避ける事は不可能。
そして、空気を削るほどの暴風を纏った一撃を受け止める事も出来ない。
まさに、必殺の一撃。
その必滅の一閃が結城に迫る直前。
結城の体がブレた。
まるで、残像のように結城の体が幾つにも分かれる。
剣を振った腕が何重にも連なる。
(まさか……)
ハクアはその理合いを察し、蒼白の表情を浮かべた。
結城の剣を薙ぐ速度に、ハクアの目が、脳の処理が追いついていないのだ。
残像を残す程の神速の斬撃。
ハクアの回転斬りが暴風を纏う程の威力を持つ暴力の化身なら――
結城のその斬撃は、大気すら両断する程の神速の化身。
直後――
ガキィィン――……!!
と、爆音のような剣戟を響かせ、地面を砕く程の衝撃が二人を吹き飛ばす!
「――くッ!!」
「うおッ!?」
砂塵を巻き上げなあら、結城は手に残る感触に寒気を覚えていた。
絶妙なタイミングでの迎撃。
けれど、ここ一番の威力を乗せた一撃だったはず。
少なくとも、今の結城が知る技の中では最も速く、威力のある技のはずだった。
だが――手が痺れるように痛い。
柄を握りしめた手からは血の雫が零れていた。
ハクアの斬撃を受け止めた時に裂けたのだろう。
手も痺れ、指先の感覚がない。
ハクアの放った二撃目はそれ程までに強力だった。
(間違いねぇ……)
ハクアはこの戦い、全力で結城を倒しに来ている。
それこそ、前の戦いでは使わなかった技まで使って――
けど、それは結城も同じだった。
ここが最後の戦いと定め、死力を振り絞っている。
まだまだ《ルートハザード》の力は引き出していない。
ここからが、本当の戦いだ。
結城は身体の奥底から僅かに残った魔力を捻りだし、血流に魔力を乗せて体の隅々まで循環させる。
その結果、全身に魔力の恩恵を受けた結城は、ハクアと同じようにその身に魔力のオーラを纏ったのだ。
「やっぱり、そうか……」
魔力を纏った結城を見たハクアが呻く。
ハクアは剣呑な視線を結城に向け、けれど、冷静に結城の力を分析していたのだ。
「最初に《紅蓮》を見た時は本当に驚いたよ。けど、《雷閃》を使った時に確信に変わった。君は、武技が使えるようになったんだね」
「……流石に気付くか」
結城は隠す素振りも見せずに肩を竦めた。
「けど、どこで武技を? この世界には無い力のはずだ」
ハクアはもっともな疑問を口にした。
武技――というのは異世界に存在する戦闘技法の一つだ。
《アステリア》の戦士には大きく分けて二つの戦士が存在する。
一つは魔法に特化した戦士と。
そして、スキルに特化した戦士だ。
もちろん、二つの技術を両立する事は可能だが、器用貧乏。
最終的にはどちらかに落ち着くのが一般的だ。
そして、結城の戦い方はどう考えてもスキル――武技に頼った戦い。
魔力を体内で循環させ、肉体を強化し、、強力なスキルを放つ戦い方をしていた。
だが――それは異世界での話。
魔法も武技の存在も知らない結城には使えない力のはず。
その原因は《ルートハザード》にあった。
「このギア……《ルートハザード》は未来の俺の姿だ。未来で手に入れた力も記憶も技も使う事が出来るんだよ」
それこそが異世界の力を結城が使える原理。
数ある平行世界の中から未来の自分を一時的に憑依させる。
平行世界の結末を手繰り寄せる《ルート》を自分自身に撃ち込む事で、初めて可能とする切り札。
今の結城は、最強へと至った未来の結城の姿に他ならない。
「来いよ、一瞬で終わらせてやるッ!!」