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魔導戦記イクスギア  作者: 松秋葉夏
魔導戦記イクスギアRoute
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止まらない歩み

「……んだよ、そのギア……」


 凛音は警戒心を露わにした表情を浮かべ、汗を滲ませた。

 《ルートクロノス》を実践で使うのは、今日が初めてだ。


 だが、結城には微塵の恐れもない。

 一騎を助けた時と同じだ。

 

(俺も助ける。俺を助けてくれた一騎あいつの為に)


 ギアを信じる。

 俺を信じてくれた――仲間を信じる。

 

 脳裏を過ぎったのは、この三か月の修行だった。

 修行の最中、一騎は……結城に懇願したのだ。


『頼む……凛音ちゃんを助けてくれ』


 それは、一騎の口から何度も聞いた言葉。

 だが、あの時の一騎は、焦燥感を滲ませ、そして、絶望の色を見せていたのだ。


 今の凛音は、完全に魔王の手に堕ち、記憶と自我を失っている。

 凛音を助ける事はもう出来ない……

 それこそ、過去に戻り、やり直す事でしか、凛音を助ける事は出来ないのだ。


 そして、それが出来るのは、結城だけ――


 だからこそ、一騎は凛音を、大切な仲間の命運を託した。


(裏切れるわけねぇだろ……!!)


 命を賭けてマシロと結城を救ってくれた一騎の為に。

 何より、一騎を助けたいと思った――己の為に。


 負けるわけにはいかねぇ……ッ!!

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 結城は腹の底から絶叫し、ありったけの魔力をギアへと注ぎ込む。

 右腕のブレスレットが眩い光を放ち、世界を蒼い魔力で染め上げる。


 地面から噴き出す炎すら吹き飛ばし、身を焦がす灼熱の大地は、結城の放った魔力の衝撃ですり鉢に削り取られる。


 ドンッ!! と世界が悲鳴を上げる。

 結城を中心に凛音の世界が文字通り、この世界から消え去った。

 炎も地面も――すべてが削り取られる。


 結城から溢れ出た濃密な魔力の余波は、凛音の髪を激しくなびかせた。

 

「――ちっ!!」


 凛音はその濃密な魔力に表情を凍てつかせ、怯えるように《ロートリヒト》の形状を変化させる。

 身の丈ほどもある二挺の六門ガトリングを両腕で抱きかかえ、計十二門から吐き出される弾丸の嵐が結城に降り注ぐ。


 結城は咄嗟に右腕の盾を構え、弾丸を受け止める。

 盾が削り取られるようにガリガリッ!! と火花を散らせた。

 足元が地面に沈み込む程の衝撃が絶え間なく続く。

 

 結城は歯を食いしばり、衝撃に耐える。

 幸い、凛音の一撃は結城の防御力を突破する程の力は持っていないようだ。

 なら――


「ぐッ……おりゃあああああああッ!!」


 結城は腹に力を込め、全身から体力を捻りだす。

 そして、一歩――

 爆心地から凛音に向かって歩みを進めたのだ!


「なぁ!?」


 凛音の驚愕の声が結城の耳に届く。

 絶え間ない銃撃の嵐の中、結城が盾を構えたまま、前進を試みたからだ。

 一歩、また一歩と着実に凛音との距離を詰める結城。


 その分、弾丸の威力が増し、体を蝕む激痛が結城の意識を刈り取ろうとしてくる。

 結城は歯を食いしばりながら、鉛のように重たい両足を動かし続ける。


 だが、その奮闘をあざ笑うように、凛音のギアから離れた鎧たちが、四方から襲撃を仕掛けてくる。

 深紅の魔力エネルギーが閃光となって駆け、結城の無防備な背後に直撃。


「ぐ……ッ!!」


《ルートクロノス》の魔力障壁を突破する程の威力ではなかったが、その一撃は結城の体制を崩すには十分すぎる威力を伴っていた。


 体勢を崩し、つんのめる結城。

 盾での防御がおろそかになる。

 その間隙を突き――


「その隙は逃さねぇええッ!!」


 凛音の正確無比な弾丸が結城の顔面に直撃――!


「ぐあッ!!」


 未曾有の衝撃が、脳を揺らす。

 一瞬で意識を刈り取るほどの衝撃。


 仮面の装備が砕け散り、露わになった結城の素顔――

 脳を揺らされた事で、意識が飛び、白目を剥いていた。

 完全な無防備――


 その隙を凛音は逃さないッ!!


「これで――どうだッ!!」


 いかに強大な魔力を持っていようが、意識がない間は全くの無意味。

 死に体の人間を屠るには、十分すぎる程の魔力を凛音は込める。


 それは――一人の人間に向けて放つ技ではない。


 かつて、三千の戦乙女たちを消滅させた凛音の切り札(とっておき)


 ギアのパーツの一部が凛音へと戻り、背中の装備へと装着。

 背中の翼を模した鎧が地面にアンカーのように打ち込まれ、凛音の体を固定する。


 さらに二挺の拳銃はその姿を一変。


 二つの拳銃を合体させた巨大な砲身へと姿を変え、凛音と砲身を一つの砲台へと見たてた兵器へと一変させた。


 魔力のチャージが進むにつれ、砲身から深紅の魔力光が溢れ出す。

 さらに、結城を迎撃していた鎧が凛音に集まり、砲身へと合体。


 その姿はさらに異様で禍々しい姿へと変貌し、ギアを形成する魔力すらその一撃へと変換される。


「喰らいやがれッ!! 《フレイム・ブレイカーァァアアアアアッ》!!」


 臨界へと達した《ロートリヒト》から深紅を超えた白炎の魔力エネルギーが撃ちだされる!


 その一撃は無防備な結城の体を飲み込むばかりか、世界の半分を消し飛ばす。


 だが――その渾身の一撃が結城を飲み込む直前――


 辛うじて意識を取り戻した結城は咄嗟に盾を構え、その一撃に身を晒すのだった。


「げ……がッ……!!」


 視界を白が埋め尽くす。

 後、コンマ数秒でも意識を取り戻すのが遅れていれば、結城はこの光景すら見る事なく、蒸発していただろう。

 だが、それも数秒、寿命が延びたに過ぎない。

 咄嗟に構えた盾が溶解し、死に物狂いで捻りだした魔力障壁で、何とか一命を繋ぐ。

 だが――


(げ……ぎっ)


 脳を激しく揺らされたことで、魔力操作に必要な集中力が完全に欠けている。

 しかも打ちどころが悪かったのか、意識が戻った今でも、思考に靄がかかっている。

 

「ぐ、げ……こ……あ」


 言葉にならないうめき声。

 銃弾の一撃は一時的に結城から言語を奪っただけに留まらず――

 

(俺……は、俺は……誰……だ?)


 思考能力を根こそぎ奪い取っていたのだ。

 何の為にここにいるのか……

 なぜ、光の中で苦しんでいるのか――

 


 まず、死にかけている現状に驚き、そして――意識はなくても理解する。

 自分が、まだ抗っている事を。

 

 ここにいる理由も死にそうな理由も、何もわからない。

 けど――無意識に体が抗っている。


 負けるわけにはいかない――と。

 

 ボロボロになった体が竦む魂を奮い立たせる。


 俺を信じてくれた――アイツの為に、と。


「げ……ぎッ!!」


 結城は身体を脈動させる熱い鼓動を空っぽになった魂の炉にくべる。

 心と記憶が忘れても――

 体が導いてくれる。

 なら、信じるだけだ。

 

 砕けかけた心を支えてくれるこの熱を!!


『マ……す、ター……《る……ト――クロノ、す》を実行……――』


 途切れ途切れの声が何処からともなく聞こえてくる。


 結城は千切れてしまいそうな思考の糸を繋ぎ止め――


「おああああああああああああああッ!!」


 大きく息を吸い、魂が震えあがるほどの咆哮を轟かせる。


 その直後、結城の体から蒼い魔力が立ち上がった。

 白い光を遮る障壁となって展開された魔力障壁――その輝きが結城を鼓舞する。


 ――突き進めッ!!

 ――後の事は考えるなッ!!


 力尽きるまで抗え、運命を覆せ!!

 

(俺を信じて、くれた者の為に!!)


 思考を、言葉を失っても尚、脳裏に焼き付く二人の面影。

 優しい笑みを浮かべる白髪の少女。

 そして――

 ぶっきらぼうで、愛想がないが、誰よりも仲間想いな――


(マシロと……一騎の為に!!)


 全身の痛みすら消え去り、結城はゆっくりと、ふらつきながら歩みを再開した。


 そして、永劫とも思える、気が狂いそうな激痛と光に包まれながら、結城の渾身が、ついに――凛音の《フレイム・ブレイカー》を突破した!


「なぁ……!? う、嘘だろッ!?」


 光の中からボロボロの手が伸び、砲身を力強く掴んだ。

 その光景に凛音は青ざめた顔を浮かべ、片足を後退させる。

 だが、退く事は出来ない。

 凛音は《フレイム・ブレイカー》を放つ為に地面に体を固定しているからだ。


 出来るのは僅かな身じろぎ程度。

 

 光の中からゆっくりと這い出るシルエットに凛音は固唾を飲み込んだ。

 

「て、てめぇ……なんで、生きて……ッ!?」


 生きていられるはずがない。

 一瞬で蒸発するほどの一撃が、間違いなく結城を飲み込んだはずだ。

 それなのに、何故――!?


「なんで、まだ戦えんだよッ!! どうして、まだ拳を握ってる!? 何がお前をそこまで奮い立たせんだ!? お前は、いったい、誰の為に、何の為に戦ってんだよ!?」


 《ロートリヒト》から手を離し、狼狽える凛音に向かって、満身創痍の結城はゆっくりと拳を凛音の胸へと押し当てる。

 そして――


『《ルート……クロノス》を、発動します』


 結城の信念に応じて、ギアが能力を発動させる。

 凛音と結城を魔力の光が包み込む。

 そして――

 その光は、凛音の過去を否定し、別世界の凛音へと造り変えるのだった――

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