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魔導戦記イクスギア  作者: 松秋葉夏
魔導戦記イクスギアRoute
151/166

最悪で最凶の仲間

「――なッ!?」


 愕然とした表情を浮かべ、結城が狼狽する。

 それも当然と言えた。


 一騎も少なからず、目の前の景色に目を奪われていたからだ。


 樹海が突如として消え去り、モノクロの世界が視界を埋め尽くす。

 空も、大地も全てが白黒の世界。


 だが、一騎はこの世界に見覚えがあり、

 そして、同時にありえない事態に直面している事を悟る。


「これは、別次元の……!?」

「な、なんだよ、別次元って!!」


 狼狽える結城を無視して、一騎は周囲に目を配らせる。

 

(間違いない。ここは、あの時――)


 総司が《ゲート》の力を使って移動した現実世界と異世界の狭間だ。

 

 だが、どうして?

 

 《ゲート》のイクシードは異世界へと戻ったはず。

 もうこの世界にはないイクシードだ。


 この狭間に来られるはずがない。

 

 思案に耽る一騎の背後から不意を突くように声が届く。


「いつまで呆けている? 私を呼んだのは君じゃないか」

「――ッ!!」


 その声が聞こえた直後、一騎の心臓がドクンッ!! と跳ね上がる。

 慌てて振り返り、その男の姿を視線の先に捉える。


「久しぶりだね、一ノ瀬一騎」


 視線が交錯した直後、その男――芳乃総司は舐めるような視線を一騎に向け、濃密な殺気を放ちながら、再会の言葉を口にした。


「総司……さん」


 一騎は奥歯をギリッと噛みしめながら、彼の名前を口にする。

 総司は黒いジャケットを羽織り、この闇の世界に紛れこむようにして、黒い眼差しを向けていた。


 一騎は警戒心をより一層高めながら、最悪の敵と再び対峙する。


 だが――


「――ん?」


 なんだろうか……?

 一騎は言葉に言い表せない違和感を抱く。

 総司の表情が以前と比べ、幾分か柔らかくなっているような気がするのだ。

 もちろん、彼が一騎に向ける殺気は本物だ。

 

 だが、彼と戦った時程の威圧感はまるでなく、まるで、今の一騎を試すような、見定めるような視線に動揺を抱く。


(もしかして――)


 総司の殺気を肌で感じ取っていた結城がギアに魔力を宿していた。


「少し、待ってくれ」


 一騎は小声で結城に語り掛ける。

 結城は不満そうに口を尖らせながらも――


「いいのかよ? あいつ、間違いなくヤベーぞ?」

「わかってるよ、結城よりもな」


 釈然としない表情を浮かべながら、警戒心を剥き出しに、ギアをゆっくりと下ろす。

 一騎は額に汗を滲ませながら改めて総司と向き直った。


「久しぶりですね、総司さん」

「ふ……君とこうして話すのは初めてだったな」


 戦いではなく、対話を選んだ一騎の行動に総司は肩を竦めると、まるでそれまでの殺気が嘘のように霧散した。


 やはり、一騎たちを試していたのだろう。

 

 ここでもし、戦う事を選んでいれば、恐らく総司は本気で一騎たちを殺しにかかって来ていたはずだ。

 だが、今の総司にその様子は見られない。


 油断は出来ないが、対話のテーブルに着くことは可能だ。


「そう、ですね。僕もあなたがこうして生きているなんて想像もしてなかった」

「……それにしては、私の存在に確信を抱いていたようだが?」

「それは……秘密です」


 探るような総司の視線を避け、一騎は口を濁す。


 平行世界の記憶です。と説明したところで信じてもらえないからだ。

 それよりも、今、重要なのは他にある。


「総司さん、あなたは本物ですか?」

「……さぁてね。私を構成するこの肉体は、確かに借り物だ。命すらね」


 総司は語った。

 三か月前、消滅を悟った総司は、最後の魔力を振り絞って《複製体》を一体造り上げた。

 その体に記憶と経験を全て刻み込み、完璧なコピー人間を創り上げたのだ。


 それが今の総司だった。


 そして、総司の消滅と共にこの世界から消滅するはずだった《複製体》の総司は、《複製トレース》のイクシードを核とすることで魔力を供給。この世界に留まる事に成功したのだ。


「あなたは知っているんですよね、今、現実世界で起こっている戦いを」

「もちろんだとも。私の世界を不当に荒し、破壊を目論む《魔王》だろ? 当然知っているさ」

「なら、どうして、戦わないんですか? あなたの性格なら黙っていられるはずがない」

「そうさ。この状況を俯瞰している事を、私は決して私を許さない。総司が世界を壊される風景を黙って見過ごすはずがない――

 だが、残念だが、私は総司であって総司ではないんだよ。

 身を焦がす程の怒りを抱こうとも、彼らに手出しはしない。現実世界に手を出す気はさらさらないよ」

「しない……じゃなくて、出来ないんでしょ?」


 一騎の一言に総司の眉がピクリと動く。

 それを一騎は見逃さなかった。


「やっぱり、あなたは僕の知る総司さんそのものだ」

「どういう意味だい?」

「あなたは決して弱みを見せない。手を出さないんじゃなくて、出来ないと思ったのは、あなたが僕との対話を選んだからだ」

「興味本位、とは思わないのか?」

「まさか。もしそうなら、あなたはもっと有利な立場で会話を進めていたでしょ? 少なくとも、僕たちを試す様な事はしなかったはずだ」


 狡猾で、残酷、悪辣な性格の総司の事だ。

 決して不利な立場に立たず、常に強者であり続けようとする、その矜持こそが今、総司と一騎の立場を対等にしている。


「僕は知っている。あなたの非道さを、残酷さを。リッカさんや凛音ちゃん、召喚者のみんなにした事を僕が忘れるはずないだろ?」

「それが?」

「あなたは誰も信じていない。仲間を信じていない。だからこそ、素直に僕と話しをする貴方は不自然さしかないんだ。そして、かつてのあなたと今のあなたで決定的に異なること――

 それは、今のあなたの体がイクシードだって事です」


 考えてみれば当然の事だった。

 イクシードは現実の世界では否定され、拒絶される力だ。

 その力を核として生き永らえている以上、今の総司だって現実世界での活動に制限がつくはず。


 恐らく、長時間の活動は出来ないのだろう。

 だから、この狭間に居座り、唯一、《魔王》と対峙出来る一騎たちとの会話に応じているのだ。


「あなたは、この次元の狭間から出る事が出来ない。だから、僕たちをこの世界に招き、対話に応じたんだ。僕らを《魔王》と戦えるだけの戦力にする為に」

「ふむ……面白い推察だね。けど、私が君たちとの対話に応じるメリットがあるのかな? さっきも言ったように私は本来の総司とは異なる総司だ。

 神ですらなく、人ですらなく、ただの能力だよ」


 そう言って、自嘲するように総司は笑った。

 けど、一騎は確信していた。

 人じゃなくても……

 イクシードが総司という人格を宿しただけの存在だとしても、彼は――


 紛れもなく芳乃総司だ。


「メリットはありますよ。あなたは償う事が出来る」

「償う?」

「えぇ。二つの世界を巻き込み、大勢の人の命を奪った罪をきちんと償って下さい」

「君たちに協力してか?」

「はい」


 総司は不愉快そうに眉を寄せると、


「まるで話にならない」


 と、鋭い眼光を覗かせ、吐き捨てる。


「君たちに協力しても何も変わらないだろ?」

「そうかもしれない。けど、そうじゃないかもしれない……

 けど、ここで逃げる事を僕は許さない」


 一騎の一言に総司の眉がピクリと動く。


「逃げる? 私が?」

「えぇ。現実世界に干渉しない? それが償いですか?

 さっき、言いましたよね。『私の世界を壊すの許さない』って――

 なら、逃げずに戦って下さい。

 あなたは背負わなきゃいけない罪がある。

 けど――それ以上に、貴方は憂いていたはずだ。この世界の行く末を――」


 総司との最後の戦い。

 彼は言った。

 二つの世界を導く神が必要だと。

 平和な世界を総司もまた望んでいたのだ。


 ただ、その方法が間違っていただけで。

 なら、今度こそ――


「僕もあなたと同じだ。

 この世界を壊させたくない。

 みんなと守ったこの世界を、奪われたくないんだ。

 総司さん、あなただって同じでしょ?

 なら、答えは簡単だ」


 言いながら、一騎は総司に向かって手を差し出す。

 総司はマジマジと一騎の手を見つめながら、「何の真似だ」と視線で語った。


「目的は違っても、戦う理由は同じ。なら、今の僕たちなら手を取り合えるはずだ。その為に僕はあなたに会いに来たんです」

「手を取れと? この私に?」

「えぇ、この世界を守る為に、一緒に戦って下さい。それが、あなたの、この世界に対する償いだ」

「……ふッ」


 総司は呆れたように乾いた笑みを浮かべると、ゆっくりとした歩調で一騎に歩み寄る。

 

 そして――


「……私に償うような罪はない。

 だが――総司が手に入れようとこの世界が破壊されるのを黙って見過ごす事は、私も許せなくてね」


 一騎の差し出した手を握る。


「いいだろう。君たちを私の最強の兵士に育て上げようじゃないか」


 一騎と総司は、かつての因縁を乗り越え、手を組むのだった――

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