究極の力
なぜ――
どうして――
アリスは頬に涙を伝わせながら、慟哭交じりに吠えた。
「私を……造ったんだすかッ!!」
物言わぬ肉の塊のまま……
ただの材料として、培養液に沈む運命だってあったはずだ。
こんな残酷な生を与えずとも、興味交じりで人の命を弄ばなくともよかったはずだ。
彼の計画にアリスの存在は必要ではないのだから……
「決まっているだろう」
だが、トワイライトはアリスの悲鳴を聞きながらも眉を僅かに歪めるだけで、冷淡に告げた。
「リアを守る為だ」
「ま、マシロを?」
「あぁ。行方の分からないリアを捜索する為の手が欲しかった。己の意思で動ける人形が欲しかった」
「もっとも、すぐに戦乙女を拾う事が出来たがな」とトワイライトは愚痴を零す。
だが、それが最初、トワイライトがアリスを目覚めさせた目的なのだ。
この研究所はマナフィールドが設置されている為、魔力の暴走が起こりにくい。
だが、マシロの捜索の為に外へ出れば魔力が暴走し《魔人》と堕ちる危険性があった。
特派による《魔人》の封印が望めない以上、理性無き怪物へとなり下がるわけには行かなかったのだ。
その為に、己の手足となる存在を欲した。
リアを研究所から連れ出した何者からリアを助け、守る騎士となる存在が欲しかったのだ。
そして――
「もう一つ……」
トワイライトは躊躇いがちに口を開く。
「お前が必要だったからだ」
「私が?」
意外な言葉にアリスは思わず面食らう。
だが、直後ゾクリ……と思考にノイズをかけるような悪寒に襲われる。
トワイライトの言葉に騙されるな、と消えかけの体が警鐘を鳴らしたのだ。
(そうだ……)
自身の出自に我を忘れかけたが、今、アリスは存在を消されようとしている。
アリスが必要というなら、その存在を消すのは矛盾しているはずだ。
「信じられませんね、ならどうして貴方は私を消し去ろうとしているんですか!」
「……」
「私の力が必要なら、私を消すのはおかしい。その言葉が嘘である証拠です!」
アリスは捲し立てながら、消滅しかけた四肢に力を入れる。
全身から光が溢れ、その光がトワイライトのブレスレットに吸われ続けているが、それでもまだ体は残っている。
(この体が……トワイライトの力で出来ているというなら……ッ!!)
今までの話が全て真実と仮定し、アリスは今まで頼ってきた疑似魔力炉の存在を解き明かす。
刻印として魔力を体に刻む疑似魔力炉。
今までアリスはその工程を感覚で行ってきた。
出来て当たり前――という生まれながらの感覚に従ってきたのだ。
だが、その原理は? なぜ、魔力を外部に保持する事が出来る?
(恐らく、《錬成》の力で能力を魔力に変換……そして、私に使われた《束縛》の力で魔力を一つに纏め保持していた……)
恐らくそんなところだろう。
戦乙女やイクシードは魔力の塊だが、一度能力として発動した戦乙女やイクシードそのものを魔力に変換できる能力は《束縛》にはない。
あるとすれば物質変換の力を持つ疑似イクシード《錬成》だ。
魔力粒子まで物質を分解し、魔力として《束縛》で再び体に宿す――それが疑似魔力炉の正体。
ならば――
(この身を維持する彼の力を魔力と変えて……戦う事が出来ればッ!!)
アリスに使われた《束縛》の力を魔力へと変換――戦う力に変える事が出来れば、まだ生き残れる可能性が僅かにもあるかもしれない。
このまま、黙って消されるよりは分のある賭けだろう。
己の命を賭ける事に目を瞑れば……
(言っても仕方ありませんね……)
体を繋げる《束縛》の力に手を出せば――恐らく自壊するだろう。
だが、黙っていても消されるのは変わらない。
なら――
決死の覚悟で逃げるまでだ。
「いきますッ!!」
アリスは初めて自身の体を魔力へと変換する為に《錬成》を起動させた。
バチリッ……と体から魔力の光が弾け、直後――
「あぐッ……」
片腕が消滅した。
噴き出した血すら魔力へと変換出来たのか、消滅した腕の激痛に晒されながらも、アリスは絞り出した魔力で《錬成》を行い、黄金の剣を錬成した。
かつて一騎を倒す為に錬成した無名の剣。
アリスの造形美をふんだんに取り入れた豪奢な剣だ。
消滅しかけた手で柄を力強く握りしめる。
荒い呼吸を整え、肩で支えるように剣を担ぐと、アリスは地面を踏みしめ、力強い一歩を踏み出した。
「あぁッ!!」
裂帛の気合と共に、アリスの体が爆ぜる。
剣を上段から打ち下ろし、無防備なトワイライトの脳天を狙った。
だが――
「それでいい」
クスリ……とトワイライトの口元が吊り上がる。
そして、黄金の剣が脳天を捉える直前、その現象は起こった。
「え……?」
呆然とアリスはその現象に目を奪われる。
砕けた剣が魔力の粒子となり、トワイライトのブレスレットへと吸収される。
それだけじゃない。
今までとは比べ物にならない勢いでアリスから魔力の光が溢れ出し、トワイライトに吸われていくのだ。
一瞬で片腕が消滅。
その痛みに悶える暇もなく、アリスは地面を蹴り上げ、距離をとった。
だが、片足すらも消え去り、体勢を崩したアリスはろくな受け身も取れずに無様に転げ回った。
その瞳は恐怖よりも動揺の方が色濃い。
なぜ、急に消滅する速度が速まったのか……
なぜ、目の前の魔王は不敵に嗤うのか……
「ようやく完成だ」
トワイライトはそう呟きながら、ゆっくりと玉座から立ち上がり、倒れ伏すアリスへと近づく。
「か、完成……?」
「あぁ、話しただろう。お前の力が必要だと。あれは真実だ。だが必要なのはアリスじゃない。その疑似イクシードだ」
「あ……ぐッ」
トワイライトが一歩、一歩と近づく度にアリスの口から苦悶の声が漏れだす。
体の消滅が速まり、下半身が完全に消滅したのだ。
死――という恐怖に体が竦み、血の気が失せ、青ざめる。
ガタガタと体が否応なく震える。
もし下半身が残っていれば失禁すらしていただろう。
「感謝しよう。これでようやく《アルティメットギア》の完成だ」
「完成……すでに完成していたのでは……? そのブレスレットがそうではないのですか?」
トワイライトの腕に装着されたブレスレット。
見た目はただのイクスギアのようにも見える。だが、彼が豪語するギアが完成しているならば、そのブレスレットこそが《アルティメットギア》のはずだ。
だが、アリスの目論見は外れていた。
「違うな。《アルティメットギア》はイクシードの力だ。だが、ただのイクシードじゃない。全てのイクシードの力を内包したイクシードの事なんだよ」
「そんなの……出来るわけが……」
イクシードの破壊は不可能に近い。加えて、イクシード同士を合体させる……ような芸当も出来るとは思えない。
二つの力を掛け合わせ、相乗効果を生み出すギアの本来の運用こそが、最大の武器のはずだ。
もし、トワイライトの目論見通り、全てのイクシードを同時に使うなら、ギアに全てのイクシードを装備できるように細工をした方がまだマシだ。
最も、その強大なエネルギーにギアが耐えられるかは別として……だが。
だが、トワイライトは破顔した表情を崩さず、断言した。
「出来るんだよ。君はその為の器だ」
「……」
「わかっているんだろ? 君は《剣》のイクシードを魔力に変換し、吸収した。それが出来るなら全てのイクシードを取り込むことが可能だ」
その力こそが《錬成》の力。
物質を変換し、構築する錬成の秘奥たる能力だ。
「……ならオリジナルの《錬成》を使えばいいじゃないですか。能力も魔力もオリジナルの方が強い……」
「ダメなんだよ、それじゃあ。その方法ではイクシードを魔力に変換出来ても一つに纏める事が出来ない……俺の《束縛》と《錬成》を掛け合わせても、器となる《錬成》が他のイクシードを拒絶するんだ。だからこそ、疑似イクシードなんだよ。あの力は《複製》で創られたただの幻想――『無』の力だ。いくらでもエネルギーを蓄える事が出来る」
トワイライトはそう言いながらアリスに向かって光り輝く結晶を投げて渡した。
それの輝きがイクシードの輝きだと知ると同時に、アリスの体が勝手にイクシードを取り込んだのだ。
「あ……くぅ……」
突然の濃密な魔力に全身が強張る。
《剣》を吸収した時もそうだったが、全身を突き抜ける魔力の本流が快楽となってアリスの体を蝕む。
だが――
(嘘……どうして……ッ!?)
強大な魔力を取り込んだというのに、体に力が満ち溢れない。
依然として虚脱感だけが体を襲い、消滅は止まらない。
「当然だ。今のお前は本来の役割を取り戻している。《錬成》はとうにその能力を終え、ただのイクシードの器となっているんだよ」
「い、いや……まだ……死にたくない……」
「……すまない」
トワイライトの表情が一瞬、陰る。
だが、決意を込めた眼差しをすぐに浮かべると、トワイライトは次々とアリスに向かってイクシードを投げ渡した。
次々とイクシードがアリスの中へと取り込まれる。
その度に意識が弾け、理性と記憶が忘却する。
十のイクシードを強引に埋め込まれる頃にはすでにアリスとしての人格すら消え去っていた。
残ったのは虚ろなる肉の塊。
それすらもトワイライトが装備したイクスギアに吸収され、アリスという一人の少女の短い人生は唐突に終わりを迎えた。
その場に残ったのは一つのイクシード。
元は疑似イクシード《錬成》だったそのイクシードは、トワイライトが凛音から奪った全てのイクシードを取り込み、《束縛》の力で纏め上げられた事によって、完全なイクシードして新たな目覚めを迎えた。
その名も《アルティメットギア》
全てのイクシードを司どり、膨大な魔力を宿す最強のイクシードだ。
今までのような結晶とは違う。
究極の名を関するそのイクシードはまるで鎧。
手甲に装備する鎧のような堅牢な結晶となっていたのだ。
そのイクシードは、アリスの涙のように蒼い輝きを放っている。
トワイライトはそれを拾いあげ、ブレスレットの上にかぶせるように装備した。
そして鎧纏う。
究極の力を。
「《アルティメットギア》――」
トワイライトの体が魔力の光によって包まれ、装いを一変させた。
濃密な魔力で編まれたギアは漆黒に輝き、魔力の光を放つ外套を羽織っていた。
濃密な魔力で形作った鎧はそれだけで堅牢。
漆黒に輝く胸当ても着飾るイクスジャケットすら全てのイクスギアを上回る強度を誇っているだろう。
その風貌はまさに《魔王》と呼ぶにふさわしいだろう。
「それが君の求めた究極の力かい?」
「ち――」
アリスとトワイライトのやり取りを黙って眺めていた二人が異なる眼差しを向けていた。
ハクアは血が滲む程拳を握りしめ、勝手なエゴで生み出され、そして消滅した少女に憐憫の感情を。そして、その力を纏う主に、明確な怒りを滲ませていた。
だが、ハクアはトワイライトを責めはしない。
この計画に協力すると決めた時、多くの屍を、死を踏みにじる覚悟はとうに済ました。
けれど、覚悟とは別に抑えきれない感情というものはある。
ハクアの騎士としてのプライド。
そして、彼が持つ本来の優しい気質がこの残酷を許さなかったのだ。
そして、もう一人――
アリスをこの研究所に運んだ少女――メアは舌を鳴らし不快な眼差しを《魔王》のギアへと向けていた。
だが、明確な敵意を向ける事はなかった。
爆発しそうな怒りを圧し殺し、額に汗を滲ませながら、その場に踏みとどまる。
(……んだよ、このバケモンは……)
理解しているのだ。
どう抗っても今のメアに勝機はない。
そればかりか逆らえばメアですら、あのギアに取り込まれかねないのだ……
アリスと似た出自を持つメアだからこそ、逆らってはいけない相手だと本能が警鐘を鳴らす。
「いや……」
トワイライトはギアの調子を確かめるように手を開いたり閉じたりしながら首を横に振った。
ギアはこれまで体感したことがない程のエネルギーを秘めている。
だが、まだ完全とは言い難い。
戦力として数に数えているメアや凛音のイクシードは取り込めないにしても、イクシードはまだ残っているのだ。
「一ノ瀬一騎から全ての力を奪う。それでこのギアはようやく完成する……」
「なら、行くのかい?」
「あぁ、最後の戦いだ。全ての力を使って、俺はこの世界を破壊し――」
漆黒の魔力がトワイライトの意思に応じて溢れ出す。
濃密な魔力の本流が辺りを粉々に吹き飛ばす。
その暴風の中心で、トワイライトは高々と宣言した。
「新世界を創造しよう――」