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魔導戦記イクスギア  作者: 松秋葉夏
魔導戦記イクスギアRoute
145/166

黒い《シルバリオン》

「ふんふんふ~ん……」


 その日、アリスは上機嫌でテーブルに並ぶ食材へと視線を注いでいた。


「アリス? 何しているの?」

「見てわかりませんか?」


 様々な食材を一つ一つ手に取りながら、小躍りしそうな笑みを浮かべ、マシロに尋ねる。


「ご飯、作るんでしょ? お腹空いたんだけど……」


 マシロはマシロでくぅ~……と鳴るお腹を押さえながら、目の前の食材――主に肉に対し、涎を垂れ流していた。

 結城の前では絶対に見せないであろうはしたない姿を見せながら、マシロは上目遣いでアリスを見つめた。


「で? 何作るの?」

「いつもの創作料理ですよ?」

「……私、インスタントでいい」


 マシロの瞳から輝きが消える。

 虚ろとなった視線の先には段ボールに積まれた大量のインスタント食材が眠っていた。

 

 いかにアリスの料理が壊滅的か、二人のこのやり取りでうかがい知れるだろう。


 だが、アリスはマシロのやんわりとした否定の言葉を耳にしながら、その上機嫌さを少しも崩していない。


「何言ってるんですか。インスタントばかりじゃ栄養が偏るって言ったじゃないですか」

「アリスの創作料理は栄養どころか命が危ないよ……」

「いいじゃないですか、創作料理。無限の可能性が広がって。それに栄養満点ですよ?」

「……そうかもしれないけど……」


 アリスの創作とつく料理の数々を思い出し、思わず口元を抑えるマシロ。

 

 アリスの手料理は別に食べられないわけではないのだ。

 ただ、独創性に富んでいるというだけで、毒が使われているわけでもない。

 栄養満点と口にした通り、アリスの創作料理はどれも栄養豊富だ。


 だが……

 だが、味が壊滅的だ!!


 かつて、アリスの創作料理を口にした一騎と結城は真っ青な顔を浮かべながら、次の日には寝込んでいた。

 マシロは食べた瞬間、絶句し、意識を失った。

 

 そんな阿鼻叫喚な地獄絵図を生み出したにも関わらず、アリスは特に気にした様子がなかったのだ。

 

「……普通の料理にしようよ。普通の料理なら美味しいんだから……」

「む……それだと独創性に欠けるんですよね……新たな料理を開発したい――可能性があるなら試さずにはいられない……それが万物を理解し、錬成する錬成師の性なんですよ」


 どんな性だ……と思わずマシロは嘆息した。


 こんな時、一騎や結城がいれば、間違いなくアリスの暴挙を止めていただろう。

 だが、今、この二人は寮にいない。

 

 特訓のため、そしてある人の協力を得る為にと、昨日からずっと出かけたきりなのだ。

 マシロもアリスも最初は二人について行こうとしたが、一騎の剣幕に当てられ、断念していた。


 しかも、アリスに渡した《剣》のイクシードまで装備していくという警戒ぶり。

 

 二人が会おうとしている人物がいかに危険な人物であるか――

 そして、その人を前にして、マシロとアリスがいかに足手まといであるかを、一騎は物言わぬ瞳で語っていた。


 いったい誰なのだろう……マシロは目の前で繰り広げられる独創料理の悲劇から目を逸らしながら、空虚な物思いに耽っていた。


 その時だ――


 

 けたたましい爆音と共に寮の玄関が粉々に粉砕されたのは。


 ドォォォンッ――……


 『周防』全体が激しい揺れに襲われる。

 突然の衝撃にアリスとマシロは弾かれたように臨戦態勢を整えた。


「な、何!? 何なの……?」

「敵襲……」


 アリスは戦乙女ワルキューレから奪い取った魔力を巡らせ、空気中の塵から鉄剣を錬成。

 身の丈ほどもある巨大な剣を構え、破壊された玄関を見つめた。

 粉塵が立ち込める寮の玄関に人影は一つ。


 だが、敵が一人とは限らない。


(問題は、敵がハクアたちの場合、ですか……)


 トワイライトの率いる軍勢の中で、アリスにとって脅威となりえる存在は三名。


 トワイライト、ハクア、凛音の三人だ。

 芳乃総司から奪い取った大量の戦乙女ワルキューレは問題にならない。

 アリスにとって、彼女たちは貴重な魔力源だ。

 

 だが、アリスとマシロの前に姿を現した少女は、アリスの予想もしない人物だった。


「あ、あなた……は?」 


 アリスの表情が凍てつき、あり得ない……と口ごもる。


「だ、誰なの? あの人?」


 マシロは初めての対面なのか、なぜ、アリスが動揺しているのかわからい様子だ。

 アリスはわが目を疑う。

 けれど、目の前の少女は、何度も資料で見た少女と同じ顔つき。

 銀色の長髪、そしてミルクのように白い肌も背丈もどれも資料通りの姿だ。

 違うのは瞳の色だろうか。

 アリスの知る彼女の瞳は、碧眼。

 だが、今の彼女の瞳の色は、血の色を連想させる深紅に色づいている。


 服装は夏だというのに、全身を覆う黒いロングコート。

 口元を隠すようにマフラーを巻いているが、それでも彼女が好戦的な笑みを浮かべているのは容易に想像が出来た。


「い、イノリ……ヴァレンリ……?」


 アリスは、その深紅の双眸に我を忘れながらも、その名を口にする。


 イノリ=ヴァレンリ――その少女は、今から十年前にこの世界に召喚され、そして、三か月前、《ゲート》の力を持つ芳乃総司を倒した時、異世界へと戻った少女の名前だ。


 この世界にもういない筈の召喚者。


 アリスが我を忘れる程の衝撃を受けたのも当然だった。


 だが、イノリはその名を耳にした途端、眉間に皺をよせ、苛立ったような表情を見せ、険のある声音で低く唸る。


「ちげーよ、オレはイノリじゃねぇ……」


 マフラーで遮られ、聞こえづらかったが、彼女はイノリである事を否定し、右腕に装着していた漆黒のイクスブレスを構える。

 そして、彼女はギアを起動させた。


「《換装シフト》――《ダークネス》」


 イノリと全く同じ起動認証コードを唱え、ギアを起動させた少女。

 イクスギアから漆黒の光が溢れ出し、少女の体を包み込む。

 

 黒い光から現れた少女の装いは一変していた。

 水着のようなアンダースーツを覆うように堅牢な鎧を着飾った姿だ。

 

 両腕を覆う禍々しい形状のガントレットに、レザーブーツ。

 さらに、腰の後ろにはブースト機能を備えた装備が装着されていた。

 

 そのギアの名前をアリスは知っている。

 漆黒のギア《ダークネス》という名前でなく、白銀のギア《シルバリオン》という名前で、だ。


「さぁて、さっさと終わらせるか」


 黒いギアを纏った少女は腕を回しながら舐めるようにマシロとアリスを流し見した。

 

 ゾクリ……とアリスとマシロの全身が粟立つ。


 全身を襲う濃密な魔力の圧力に身動きがとれない……

 マシロも同じなのか、蒼白な表情を浮かべ、カタカタと全身を震えさせていた。


(嘘……?)


 構えた鉄剣がまるで木の枝に見えてしまう程の実力の差を彼女から感じる。

 どう抗っても勝てる存在ではない――と本能が警鐘を鳴らしていた。


「さて、準備はいいか?」

「――くッ!!」


 彼女が何者なのか、そして、何が目的なのか――すべてが謎だ。

 だが、一騎や結城がいないこのタイミングを狙ってきたことだけは間違いないだろう。


「マシロ――逃げ――」


 アリスは気力を奮い立たせ、鉄剣を構え直す。

 だが、漆黒のギアへとその刃を振う直前、少女のガントレットがアリスの腹部へと押し当てられる。


「オーバーロード……フィスト、ブレイク」


 その技の名は一騎の切り札。

 白銀のイクスギア――《シルバリオン》が有する最強の一撃だ。


 両腕のガントレットから漆黒の魔力が噴出。

 魔力の力を拳の一撃へと変換、威力を増した漆黒のギアの一撃がアリスの体を貫く!


「あ……ぐッ!!」


 全身を襲う未曾有の衝撃にアリスの意識が一瞬で吹き飛ぶ。

 全身をぐちゃぐちゃに掻きまわされるような激痛に鉄剣が零れ落ちた。


「か……ひゅ……」


 びちゃり……とアリスの口から肉塊交じりの吐しゃ物が溢れ出し、少女の白い肌を鮮血で染める。


「あ、アリスぅぅうぅぅッ!!」


 マシロの悲痛な叫びが木霊する。

 アリスは耳をつんざくような悲鳴のおかげで途絶えかけた意識を辛うじて繋ぎ止めた。


「……はや、く、にげ……なさいッ!!」


 震える手で貫かれた腹部に手を押し当てる。

 ありったけの魔力で《錬成》を起動。

 破壊された腹部を無事だった細胞でつなぎ合わせ、応急処置を終わらせると鉄剣を拾い上げた。


「おッ? まだ動けんのかよ?」


 漆黒のギアを纏った少女は驚いたように目を丸くさせながら感嘆の声を上げ、アリスに賞賛の言葉を贈る。


「あ、あなたは……一体……」


 アリスは今にも痛みで泣き出しそうに顔を歪めながらも、敵の正体を探るべく言葉を連ねる。


 彼女はいったい何者なのか……


 イノリの体を持ち、一騎のギアを纏う少女――


「オレか? オレはメア」

「メ、ア?」

「あぁ、悪夢ナイトメアのメアだ。イノリじゃねぇ……間違ってもオレをイノリって呼ぶな」


 鬼気迫るメアの表情にアリスは竦む。

 イノリに対する強烈な敵意。

 それが真に迫る迫力だった為、アリスは呆気にとられ、硬直するしかなかった。


(なぜ、彼女はそこまで……)


 イノリを目の敵にするのか……?


 だが、アリスの意識はすぐに戦闘へと引き戻される。

 

 獰猛な笑みを浮かべ、拳を構えたメアが再びアリスへと襲いかかってきたからだ。

 咄嗟に鉄剣を盾に拳を防ぐ。


 だが、拳を防いだ手応えが微塵も感じられない。

 その代わり――

 金属が吹き飛ぶ甲高い音が響き、粉々に粉砕された鉄剣の破片がアリスの視界を埋め尽くす。

 その金属の破片をまき散らしながら、メアの手刀がアリスの肩に振り落とされる。


「あ……ぐッ!!」


 アリスの表情が一瞬で苦悶に歪む。

 漆黒の魔力を纏わせたメアの手刀はアリスの肩を粉砕し、その衝撃は地上の『周防』を吹き飛ばす程の威力を秘めていた。


 外壁の全てが吹き飛ばされた『周防』の残骸の中で、首を掴まれ、吊し上げられたアリスはピクリとも身じろぎしなかった。


 マシロは残骸に埋もれながら、その絶望的な光景を目に焼き付ける。


「あ、アリス……」

「ま、マシロ……」


 辛うじて意識はあるのか、虚ろ気な瞳がマシロを探すように彷徨う。


(……目が見えない……体が動かない……私は生きてるの?)


 もう痛みすらない。

 痛みを感じない程のダメージを受けてしまったのだ。

 これは……死ぬかもしれない……


 アリスは途切れ途切れの思考で己の最後を悟る。

 先の手刀の一撃を防ぐ為にストックしていた全ての疑似魔力を魔力障壁と回したのだが――それでも……


 肩どころか、半身が粉砕され、無事な内臓など一つもない。

 アリスに息があるのは、魔力で肉体を強化してい他ならないからだ。


(けど、疑似魔力が尽きれば……私は……)


 死んでしまうだろう。

 それが、数秒後のアリスに定められた運命。

 

「さて……」


 メアはアリスの戦意喪失を確認すると《ダークネス》を解除し、瓦礫となった『周防』を見渡す。


「オレの目的は二つだ。一つはイクシードの回収……だったわけだが……」


 メアは盛大にため息を吐き、呆れたように愚痴を零す。


「どうやら、一騎たちがぜんぶ持ってるみてぇだな……まぁ、だからこっちを先に潰しに来たわけだけど」

(どう……して、それを……)


 イクシードの所在を知るのはここにいるメンバーと一騎たちだけだ。

 日本政府にも、結奈にも喋っていない情報。

 この少女はどこから情報を知ったのか……


「まったく、面白れぇ事を考えるよな、あのバカ。あいつに協力を求めるなんて……まぁ、及第点だ」

「ど、どこまで……知っているんですか……?」


 僅かに残った体力を振り絞り、声を張る。

 メアは半眼でアリスを見つめながら、ポツリと零す。


「決まってんだろ、全部だよ。オレは誰よりも一騎の事を知ってんだよ。イノリよりもな」


 メアは気怠げな表情を浮かべながら、二つ目の目的を語る。


「さて、そんじゃ二つ目の目的だ、オレの目的はリア王女と、そしてアリス――お前だよ」

「――ッ!?」


(わ、私!?)


 僅かにアリスの体が動揺で身じろぐ。

 マシロを攫うのが目的ならまだここまで驚く事はなかっただろう……

 何せ、マシロは敵の主将、トワイライトの実の妹だ。

 マシロを奪還しようとするのはまだ頷ける。


 だが、なぜ自分までも? とアリスは思わずにはいられなかった。

 アリスを狙うメリットが何もないからだ。


 一騎や結城のように魔力があるわけでもなければ、イクシードを持っているわけでもない。


「お前、まさか自分の事、何も知らねぇのか? この計画の為に造られた人形だって事も、世界を改変する為の鍵だって事も?」

「わ、私……が?」

「そうだよ。オレも詳しく聞いたわけじゃないが、こうしてお前に触れてわかったよ、確かにお前の力は必要だってな」

「ど、どいう……」

「気づいてねぇのか、お前、本当ならとっくに死んでんだぞ?」

「……ッ」


 言われて気づく。

 戦乙女から奪った魔力がとっくに底をついている事を……

 なら、なぜ自分は生きてるのか……


 アリスは魔力の出所を探り、そして察した。

 目が見えないから気づかなかっただけだ。


 アリスはメアから漆黒の魔力を奪い取って生き繋いでいたのだ。

 メアの全身から黒い魔力が溢れ出し、その魔力がアリスの中へと流れ込む。

 

 その魔力総量は戦乙女の比ではなく、かつて吸収した《剣》の魔力すら超える魔力量だ。

 

「こ、これは……」

「ようやく気付いたか? オレに生かされてるって事を。いい機会だから教えてやるよ、お前はトワイライトたちが研究会を潰した後に造られた人造人間だ。そんで、その目的は世界を改変する為に集めた魔力で、この世界をトワイライトの望む世界に《錬成》する事――それがお前の本来の役割なんだよ」


 メアは一命を取り留めたアリスをずるずると引きずり、マシロの腕を無造作に掴み上げと――


「まぁ、後は直接本人に聞いてくれ」


 瞬間移動を可能とするイクシード《転移ジャンプ》を使って、二人を連れ去るのだった。

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