新世界
「つ、つまり……異世界召喚は仕組まれていたってこと?」
そんな馬鹿な……と否定しながら一騎は口ごもる。
だが、一騎を見つめるマシロやアリスの眼差しは真剣そのものだ。
冗談半分で口にした言葉ではなかったのだろう。
「私はそう思うよ。少なくともお兄ちゃんはそう思ってるはずだし」
「私はマシロの言葉に賛成ですね。いえ、マシロの話を聞くことでようやく違和感が消えた……と言うべきでしょう」
「……そっか」
二人の言葉がすんなりと心の奥底まで入り込む。
反論の言葉が見つからない。
そもそも反論する気力がわかないのだ。
仕組まれた召喚。
そして、マシロやトワイライトの命を狙う異世界の戦い――
(つまり、僕たちは異世界の戦いに巻き込まれたって事なんだ……)
十年前の惨劇も、そしてその後の《魔人》による被害も全てが誰かの意思によって引き起された結果なのだ。
「……あいつは、トワイライトはこれからどうするつもりなんだ?」
一騎はぽつりと零す。
トワイライトは元の世界への帰還を望んでいない。
元の世界へと戻ればまた命が狙われるリスクがあるから。
けれど、この世界に留まっても常に危険がつきまとう。
魔力の暴走。
そして《魔人》化の恐怖。
どちらの世界でも命の危険性は変わらない。
なら、彼らはこの世界で何を成そうとしているのか?
それを知る必要があるだろう。
マシロは黙り込み、顎を手で撫でながら、ぽつりと呟く。
「きっと、世界を変える気……なんだと思う」
「世界を、変える……?」
不吉な物言いに一騎はゴクリと生唾を飲み込む。
すると一騎の不安を察したようにアリスがマシロに質問した。
「世界を変える、ですか……穏やかな話じゃありませんね。それは言葉通りの意味なんですか? 世界そのものを別の存在へと変える、と?」
「うん。お兄ちゃんのイクシードならそれが出来るわ」
「……彼のイクシードの力は? 芳乃凛音を操った力を察するに奴隷や支配などの能力でしょうか?」
「それはお兄ちゃんの能力の一端に過ぎないよ。お兄ちゃんのイクシードは《束縛》――すべてを束ね、纏める力だよ」
「束ね、纏める力? それがなぜ芳乃凛音の支配に繋がるのですが?」
「イクシードには複数の使い方があるよね。私の《時間遡行》だってただ時間を巻き戻すだけじゃない。力を応用すれば記憶を封じたり、魔力の暴走を抑える事だって出来る」
「けど、それは『時間を戻す』という特異な力を使っての方法でしょう? 《束縛》はどのような能力なんですか?」
「簡単に説明すると、拘束する力だよ。人や物の動きを止める――それが基本的な能力なの」
「その応用は?」
「凛音さんに使った《支配》の事でしょ? 意思を拘束し、体の自由を奪う力――」
「それだとただの拘束ですよね? けれど実際、彼女は私たちに銃を向け、戦いを挑んで来ましたよ? 仮初の人格で」
「それは、《無意識の集合》って言って、《束縛》した意識達を集合意識として、凛音さんの中に押し込んだんだと思う。それに必要な手順は踏んでいたから」
「手順ですか?」
アリスの問いかけにマシロの視線が一騎を見定める。
「この世界の人たちがあなたを敵だと思ってる。この世界を破滅に追い込もうとする破壊者――《魔王》だって」
「……あの時の映像ですかッ!」
「あの時の映像って?」
アリスが息を詰まらせて憤る。
そして、キッと一騎を睨み、喉の奥から絞り出すように零した。
「世界中の無意識――一ノ瀬一騎が世界の敵という共通認識を一人の人格として《束縛》した……?」
……は?
一騎はアリスの発した言葉の意味がわからず首を傾げた。
どういう事なんだ?
その疑問の眼差しはマシロへと向けられる。
マシロはコクリと小さく頷き、アリスの言葉を肯定する。
それは、すなわち……
凛音の殺意はこの世界の殺意を一点に凝縮した意識の集合体である事を意味していた。
皮肉にも、一騎や総司――特派の人間を打倒する――その一点の共通認識が、今の凛音を創り上げてしまったのだ。
「うん。それが今の凛音さんの状態。敵意はこの世界の人たちの意思――だから銃を向ける。倒すべき敵として――」
「上手く考えましたね。それが事実でないにしろ、世界は一騎を敵として認識している。いや、一騎だけが世界中の敵となっている……」
「うん。今、この世界にはクロムたちはいない。そして十年前に悲劇を起こした芳乃総司も死んだ。敵は彼しかいなくなった。お兄ちゃんはその意識を《束縛》で束ね、凛音の人格に上書きしたんだよ」
「なんてひどい……」
アリスは悲壮感を滲ませて口元を隠す。
肩は震え、顔が真っ青に青ざめている。
それは一騎も同じだった。
たとえ、世界が敵に回っても、これまで一緒に戦ってきた仲間が、ほんの一握り、真実を知る人たちがいてくれるから、気丈に振舞ってこれた。
けど、その仲間の意識が、世界の意識に取り込まれた今、本当に孤独になってしまったのだと、絶望してしまったのだ。
(イノリだけじゃないのか……凛音ちゃんまで奪うって言うのか……)
一騎は知らずの内に血が滲む程拳を握りしめていた。
怒りに枯れた喉が答えを欲して言葉を震わせた。
「凛音ちゃんは、助けられるのか?」
意思を奪われ、世界の敵意を刷り込まれた凛音を果たして助ける手段があるのだろうか?
別の人格を消し去る方法があるのだろうか?
その答えは――
「……もう、元の凛音の人格はない、わ」
一騎の心を手折る、絶望の一言だった。