過去の世界
「うぉッ!?」
結城は咄嗟に飛んできた剣を盾で弾き飛ばした。
何が何だかわからない。
《ルート》の声に従い、能力を発動させた途端、景色が変わった。
目の前にいたはずの一騎が消え、高速で剣が飛んできたのだ。
咄嗟に盾を構える事が出来なければその剣は結城の体を刺し貫いていた事だろう。
ビリビリと痺れる腕がその投擲された剣の威力を物語っていた。
(一体、どうなってやがる……)
どうやら地下基地というわけでもなさそうだ。
いつの間にか地上に出ていた。
空を覆い隠すような白いビル群の中に結城はいた。
そして、この空間には見覚えがあった。
(これ……あいつの《白世界》じゃねぇか!!)
何度も辛酸をなめさせられた景色。
見間違うはずがない。
剣が飛んできた方へと視線を向ければ、そこには白銀に鎧を纏った青年が驚愕の表情で結城を見上げていた。
白亜の騎士を見定めた結城の心の中に抑えようもない怒りが膨れ上がる。
一騎の腕を奪い、マシロを傷つけた相手だ。
結城が初めて殺意と憎しみを抱くに十分な資格を与えてしまった騎士。
憎悪に駆られ、ミシリ……と握りしめた拳が悲鳴を上げる。
「てめぇ……」
なんでここにアイツがいやがる……
怒りに半ば我を忘れかけた結城が靴底で魔力を爆発させ、突貫する直前。
「君は……」
背後から聞き覚えのある声に、どうにか理性が保たれるのだった。
「え……か、一騎?」
振り返った結城が見たのは、ビルを背に崩れ落ちた一騎だった。
団服のようなギアは所どこが破け、一騎もいたるところに傷を負っていた。
だが、致命傷と呼べるような傷はなく、ふらつく体を起こし、転がっていた槍を拾い上げる。
「僕の事を、知っているのか?」
「え、あ、あぁ……」
一騎の問いかけに結城は曖昧な言葉で濁す。
話など全く耳に入ってこない。
結城の視線はただ一点。
無事な右腕へと注がれていた。
「腕、ある」
「え? あ、うん」
「怪我、してないのか?」
「え? 少しはあるけど、戦えない程じゃ……ってちょっと待って! いきなりなんだよ!?」
結城は一騎の右腕を掴み、何度もその存在を確認するように触る。
肌の感触も、血の脈動も、筋肉の熱も、本物だ。
義手とか氷の腕じゃない。正真正銘の一騎の腕だ。
「よ、よかったぁ~」
結城は脱力するように座り込んだ。
どういうわけか一騎の腕が元に戻っていた。
これはあれか?
過去の世界を上書きした結果だからか?
大怪我をしなかった別の世界の一騎の体を上書き出来たからなのか?
「よかったって君ね……」
へたり込んだ結城を一騎は呆れたように眺め、槍を構える。
そして――
「まだ戦いの最中だろ!!」
一喝するように怒鳴り、結城の背を庇うように前へと飛び出し、槍を横凪に薙ぎ払う。
力任せに振るった一撃は白亜の振り下ろした斬撃と激突。
結城の背後で激しい火花を散らし、両者を吹き飛ばす。
「うおおおおおおおッ!?」
剣戟の火花が背中を焦がし、結城は這いつくばって一騎の元へと後退する。
戸惑う結城を置き去りに一騎と白亜の騎士の戦いがさらに激しさを増した。
白亜の騎士は投擲した剣を拾い上げ、二刀に持ち替えると、一騎へと肉薄。
インファイトでの斬撃が一騎を襲った。
一騎の武器は《流星》の副武装であるメテオランスだ。
その形状は槍の武器で、中距離からの攻撃を得意としている。
剣に接近されれば攻撃の手段が限られてしまうのだ。
一騎は槍をしっかりと握りしめ、白亜の騎士の一撃を受け止める。
ズシン……と内臓までダメージを与える衝撃がギアの防御壁を貫通し、一騎に蓄積していく。
痛みに表情を歪める一騎。
だが、騎士の武器は二振りの魔剣だ。
一太刀を受け止めるのに精一杯な一騎に、白亜の騎士が追撃を仕掛ける。
腕が霞む程の速度で放たれる斬撃に一騎の防御が遅れる。
無防備な胴体を狙った一撃に、一騎の背筋が凍り付く。
未曾有うの衝撃に歯を食いしばる。
だが、その一撃が一騎に届くことはなかった。
「やらせるかぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
剣と一騎の間に滑り込ませるように盾を構えた結城が強引に入り込む。
そして、白亜の騎士の一撃を受け止め、大地を揺るがすほどの激震と共に、一騎と結城がもみくちゃになって吹き飛ばされる。
ろくに受け身も取れず転がる二人。
ビルの一角に激突し、激しく咳き込みながら一騎は結城を睨んだ。
「一体なにを考えているんだ!!」
「あぁでもしなきゃお前死んでたぞ!!」
盾にした時計盤の武装に亀裂が入っていた。
《ルートクロノス》の中で一番の強度を誇る盾で受けてこの様だ。
直撃を受けていたら体が真っ二つになっていただろう。
一騎の《シルバリオン》で耐えられる攻撃じゃない。
「だからって……君を信用できるとでも思っているのか?」
「思ってるよ! 俺たち仲間だろ? 少しは俺を信用して一人で戦うなって言ってんだ! あいつの強さはよく知ってんだろ! また腕を斬り飛ばされるぞ!!」
「はぁ? な、何を……」
「俺だってなんでいきなりアイツが現れてんのかサッパリわかんねぇんだよ! けど、もうアイツに俺の仲間を誰も奪わせたくねぇ! だから、俺を信じてくれよ! ふがいねぇかもしれねぇけど、俺だって戦えるんだ!!」
一騎の怪我が治った事は嬉しい。
けど、また無茶な戦いをしてボロボロになって欲しくない。
一騎の腕を治したのはそんな姿を見たいからじゃねぇ!
「せっかく怪我が治ったっていうのにまた無茶しやがって、少しはてめぇの命の心配をしろよ! お前を心配してんのは俺だけじゃねぇんだ!!」
「だから、ちょっと待てって!」
一騎は結城を引きはがすと戸惑いの表情を浮かべながら、口を開く。
「そもそも、君は誰?」
「はぁ? 俺だよ、俺! 見てわかんねぇのか?」
「いや、わからないし。そのギアは? 君も研究会のメンバーなのか?」
「……本気で言ってんのか?」
問いただす結城に一騎はこくりと頷く。
(なんの冗談だよ……)
いや、一騎はこんな冗談を言うような奴じゃない。
って事は本当にわかんねぇのか?
狼狽える結城の視界の端に二人の人影が映る。
一人は金色の髪の少女――アリスだ。
アリスもまた驚きに目を見張り、一騎と結城を見つめていた。
そして、もう一つの影の正体に気づいた時、結城の呼吸が一瞬止まった。
アリスに守られるようにして蹲る人影。
それは見慣れた姿形をしていた。
見間違えるはずがない。
何百、何千と見てきた男の姿。
誰よりもよく知るはずの男。
今、この場にいない筈の……
いや、居てはいけない男がそこにいた。
「な、なんで……」
思考が停止するほどの衝撃が結城を貫く。
バクバクと心臓が激しく脈打つ。
背筋が凍り付くほどの悪寒に眩暈を覚える。
喉が枯れ、上手く言葉が出ない。
ほとんど聞き取れない程の掠れた声で、結城は目の前の事実を口にしてしまった。
「俺がいるんだよ……」
蹲り、蒼白の表情を浮かべる青年――もう一人の結城透から、結城は目を離す事が出来なかった。