ルートクロノス
「準備はいいですか?」
「うん、大丈夫だよ」
「お……おう」
「結城、緊張するのはわかりますが、落ち着いてください」
「お、おう!!」
さっきから同じセリフばかりだな……
緊張でガチガチになった結城を見ていると不安に駆られる。
これから、《ルートクロノス》の力を使い、過去を書き換えるのだ。
並大抵の覚悟では足りないのだろう。
《クロノス》のイクシードを握りしめた結城の手が小刻みに震えていた。
失敗した時の不安、能力を使う緊張――そして覚悟。
結城の両肩にのしかかるプレッシャーは相当なものだろう。
「失敗してもいいさ」
「か、一騎!? なに言ってんだよ!! 失敗出来るわけねぇだろ!!」
「だったら怯えるなよ。見ているこっちが不安になる。そんなに怖いか? 自分の力が、過去を変えられない事が」
「……あ、当たり前だろ。こんなに怖ぇの初めてなんだよ」
「僕もそうだだった」
「はぁ? どいう事だよ?」
「僕も怖いって事さ。自分の力が誰かを傷つけるのが怖い。どうしようもなくね」
かつてこの手で殺めてしまった二人の召喚者たちの存在が一騎の脳裏に過ぎる。
戦いが終わっても忘れられない記憶だ。
奪った命。
その重さ。そして罪。
押しつぶされそうになった事が何度もある。
眠れない夜を幾度も過ごした。
「怖がってもいい。けど、逃げるな。大切なのは何のために力を使うかって事だけだから」
「一騎……」
「それが結城にとっての戦う理由になるはずだ」
そう。大切なのは逃げない事。
そして、誰の為に、何の為に力に手を伸ばすかだ。
一騎はイノリを笑顔を、みんなの明日を守る為に最後まで戦えた。
結城がギアを纏って戦うというなら、常に意識すべきだ。
戦う理由を。
それさえ見つかれば力に呑まれる事も溺れる事もないだろう。
「わ、わかんねぇよ……俺は、俺の仲間を守る為の力があればそれだけでいい。俺の平和を壊す奴らをぶっ倒せればそれだけでいいんだ」
「自分の為、ね……」
一騎は結城の告白を聞き、ため息を吐く。
力を自分の為だけにしか使えない事に少しばかり落胆したのだ。
けど、それは仕方ないだろう。
まだ、周囲に気を配れるほどの余裕が結城にはない。
一騎の時は支えてくれる人たちが大勢いてくれたから、戦う理由を見つけられた。
けど、今は違う。
ここにいる一騎と結城、アリスや結奈、部屋に閉じこもっているマシロしか信用できる人がいない。
戦える人も守ってくれる人もいない。
こんな状況で他の人達を守れという方が難しいだろう。
「今はそれでいいよ。なら始めようか」
「…………おうッ!」
結城は拳を合わせ、気合を入れる。
アリスが二人から離れ、最後の忠告を告げる。
「いいですか? 未知数の能力です、どんな事態に陥るか――」
「一騎は俺が助けるッ! それ以外の明日なんかいらねぇッ!!」
「ちょ、ゆ、結城!?」
アリスの警告を無視して、声を荒げる結城。
小言を聞いている時間が惜しいのか、イクスギアにクロノスを装填。
蒼い光が結城を包み込む。
「行くぜ! フルドライブッ!!」
ギアの起動認証コードを叫び、結城を包み込んでいた魔力粒子が弾け飛ぶ。
ギアの映像記録で見た蒼いギアを纏った結城が姿を現す。
だが、所々が映像とは異なっていた。
一番の違いは顔を隠すフルフェイスマスクだ。
顔をすっぽりと覆う仮面で、目や口といった装飾はない。
だが、炎をイメージさせるような角が特徴的だ。
仮面の色はギアのスーツと同じで蒼い。
そして、武装だ。
右手の甲に大きな円盤のような盾が装備されていた。
だが、盾――というには少しばかり語弊があるだろうか。
正しく言うなら時計盤のような盾だ。
円盤の中心から伸びる二つの針。
それは時計の長針と短針を彷彿とさせるイメージ。
そして、盾の周りにある記号は数字なのだろう。
文字は読めない。
恐らく異世界の数字だ。
盾の周りを囲むように記号が十二個並んでいた。
なるほど。
確かに時の戦士――《クロノス》の力を連想させる武装だ。
だが、この盾にどんな能力があるのかは今のところまだわからない。
魔力は流石と言うべきだろう。
マナフィールドが施されたこの基地だからこそ変身を可能とさせているが、一騎の肌に突き刺さる圧はかつて《魔人》と堕ちたクロムの威圧感に近い。
ゾクッと背筋が凍るようなプレッシャーだ。
準備を終えた結城が拳を構える。
「行くぜ、一騎」
「あぁ、頼む」
右腕の盾から目がくらむほどの魔力が迸る。
それと同時に、カチリ……――と盾に備わっていた針が逆時計回りで回転を始めた。
結城は右腕を槍のように見たて体を引き絞ると一騎に向かって飛びかかり、魔力の輝きを放つ拳が一騎の体に触れた直後――
二人の耳に機械じみた声が届く。
『マスタ―、《クロノス》の行使を確認。過去の時間へと転移しますか?』
なに? 転移だと?
「おう!」
動揺する一騎の側で結城が力強く頷く。
どうやらこの声と面識があるのだろう。
声は結城の仮面から聞こえてきた。
恐らくだが、ギアのスピーカーを通して、結城や一騎に声を届けているのだろう。
「ちょ、ちょっと待て、転移って……」
アリスの推理と違う。アリスは過去の時間軸を上書きすると推測していたはずだ。
過去に転移なんて、さっそくイレギュラーな事態だ。
だが、結城は気にした素振りも見せず、声の指示に従っていた。
『《クロノス》の能力を行使します。マスターが最も望む時間へと転移します』
その言葉を最後に一騎の意識がプツン……と途切れるのだった。