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魔導戦記イクスギア  作者: 松秋葉夏
魔導戦記イクスギアRoute
134/166

今度は俺が……

 白亜の騎士との戦闘から数日が経った。

 

 あの戦闘は翌日の朝にはニュースの特番となってお茶の間を騒がせた。


 大勢の視線が集まる中で戦ったのだから誰かが動画を撮っていてもおかしくはないだろう。

 ニュースで流れた映像は携帯電話で撮影されたもので、素人動画ではあったが、それでも一騎たちの戦いを鮮明に捉えていた。

 

 白い鎧を纏った騎士に、炎の鎧を纏った少女。

 それに氷の鎧を纏い、黒い異形の怪物と戦っていた一騎の映像。


 そのどれもが現実味からかけ離れた存在で、中にはその存在を疑う人たちも大勢いた。

 

 インタビューに答える人たちが口々に同じような事を喚いていた。


『何かの冗談か、映画の撮影だろう』と。


 顔を青くさせながら答えるその映像に、結城透は何とも言えない気持ちを抱いていた。


 みんな現実を見ようとしてない……


 そんな印象だ。

 あの戦いの被害者は幸いにも出ていない。

 

 だが、戦闘を目の当たりにした人たちは肌で感じたはずだ。

 《魔人》の放つ濃密な死の気配を。

 白亜の騎士がこの世界に向ける身も凍えるような殺気を。


 だからこそ、その現実を見ようとはしていない。

 みんな逃げようとしているのだ。


 そう思えば、この寮の静けさにも納得が出来る。

 粉々に破壊された寮はアリスの錬成の能力で元通りの姿へと戻っている。


 だが、人の来訪は目に見えて減っていた。

 結城がこの寮に訪れた当初は、日に何度か人が訪れては結奈に追い返される――という光景を目撃していたのにも関わらずだ。


 ニュースの動画とあの戦闘がきっかけになったのは間違いない。

 たった一人で街一つを地図から消す事が出来る連中たちだ。

 近づかないのが正解だ。


 《魔人》や召喚者の事を知る日本政府がニュース報道後、一度だけこの寮に訪れた。

 《魔人》の力を知る彼らから、唯一対抗できるイクスギア適合者に事態の鎮静化にあたって欲しいと頭を下げられたのだ。


 結城はふざけるな! と憤慨しかけたが、アリスが冷静に対処し、『最善を尽くす』という形で何とか場を収める事が出来た。


「最善を尽くすねぇ……」


 結城は地下基地に備わった医務室の前で、正座をしながら愚痴る。

 白々しく聞こえてしまうのは、結城の中に日本政府に協力する――という気持ちが微塵もわかないからだ。


 勝手に世界の敵に祭り上げて、召喚者たちの侵略行為を止めろ?

 虫が良すぎるだろッ!!


 身勝手にもほどがある連中だ。


 アリスの話によれば、過去にも一騎たちを裏切り、陥れようとした連中の集まりらしい。

 そんな彼らに頭を下げられても、結城は戦う気になれなかった。


 ただただ怒りが増すだけだ。


「これの出所にしたってそうだ……」


 結城は苛立たしい視線を右腕のブレスレットへと注いだ。


 深紅に輝くブレスレット。

 一騎のイクスギアとは色違いのブレスレットだった。

 日本政府が餞別にと結城に渡した二つのイクスギアの一つ。


 マシロと結城の魔力暴走を抑える為に日本政府が用意したギアらしいのだが、アリスが言うにはこのギアも一騎たちを裏切った時に手に入れたデータを元に作ったギアらしい。


 特派の技術者だったハイエルフの女性――名前はリッカだったか……

 彼女は芳乃総司と日本政府の罠にはまり監禁されたことがあった。


 その時、彼女が残したギアの設計図を元に作り出されたのが、この二つのイクスギアらしい。

 何とも嫌な出自が残るギアだ。

 それにムカつく点はまだある。


 日本政府の一騎と凛音に対する対応だ。

 敵に洗脳された凛音は、この世界の敵として抹殺するように。

 戦闘続行が困難なほどのダメージを受けた一騎にはギアとイクシードの返却を求めてきたのだ。


 一騎を物として扱うこと、そして戦えないと知れば平気で切り捨てる政府に殺意が湧いた。


 殺気を放ちながらも冷静に対処してみせたアリスは流石と言うほかない。


(俺なら間違いなく殴り飛ばしていたからな……)


 今も思い出したらイライラしてきた。

 この怒り……白亜の騎士に向けた時よりも強いのではないだろうか?


「あんた……何してるのよ?」

「あぁ?」


 政府とのやり取りを思い出し、怒りに震える結城に呆れた口調で結奈が話しかけてきた。

 結奈は両手でお盆を支えながら正座で座る結城に侮蔑の視線を向けた。


「……正座なんてしてどうしたのよ?」

「……あれだよ、一騎が目ぇ覚ますの待ってんだよ」


 ぶっきらぼうに言い放つ結城。

 目の前の医務室には先日の戦いで再び意識を失った一騎が眠っている。

 

 激しい戦闘と《魔人》の封印で傷が開き、地下基地に戻るなり、意識を失って倒れたのだ。

 アリスの懸命な治癒錬成のおかげでどうにか峠を越える事は出来たのだが……

 目を覚ますまでは予断を許さない状況が続いている。


「中に入ればいいじゃない。別に面会謝絶ってわけでもないんだから」

「……あいつ、どうなんのかな?」

「どうって?」

「政府の連中は俺にギアを渡したんだ。って事は、俺に戦えって事なんだろ?」

「たぶん、そうでしょうね」


 動画の中には一瞬ではあるが、ギアを纏った結城の姿も撮られていた。

 その映像を見た政府が結城をギア適合者として認めたのだろう。

 だが……


「戦う気が全くおきねぇんだよ……」


 見ず知らずの誰かの為に命を懸ける? 

 そんな御大層な意思は結城の中にない。

 自分の為、マシロの為、一騎や仲間の為に戦う事は出来るが、一騎や仲間をないがしろにする政府の為に戦う――という気持ちは一切わかない。


「で? あんたはどうするの?」

「どうするって?」

「また逃げるの?」

「逃げねぇよ。今の一騎を置いてどっかに行けるか」

「なら、どうするのよ?」

「……今度は俺が一騎を助ける」


 一騎に助けられた命だ。

 今度は俺が一騎を守る番だ。


「けど、政府の奴らみたいにアイツから戦う力を取り上げたくもねぇんだよ……」


 一騎は結城にはない正義の為に戦っている。

 誰かのため。大切な人を守る為に戦っている。


 正直に言って眩しくて仕方ない。

 だがら、その輝きを奪いたくない。

 けど、ボロボロの今の一騎に戦ってほしくなかった。

 

「もうどうすりゃいいのかわかんねぇんだよ……」


 結城は頭を掻きむしって愚痴る。

 結奈は「はぁ……」とため息を零すと、お盆に乗せていたおにぎりを結城に差し出す。


「あんたも少しは食べれば? マシロもあんたもここ数日何も食べてないでしょ?」


 《魔人》化が解け、意識を取り戻したマシロは、ずっとふさぎ込んでいた。

 敵の狙い。

 そしてマシロ自身の事。

 一騎の事。

 一度に考えなきゃいけない事が沢山出来たのだ。

 食事に手が伸びないのも仕方ない。

 結城自身がそうだった。


「いいのかよ?」

「いいわよ。もともと多めに作ってきたから。あんたも食べなさい」

「……ありがとよ」


 おにぎりを受け取った結城はそのままかぶりつく。

 十分に塩が効いた米と梅干の酸味が結城の舌を刺激する。

 ツーン……と鼻を刺すような風味に無条件に唾液が溢れかえる。

 米を頬張る口が止まらない。

 気づけば一瞬で拳ほどの大きさがあるおにぎりを平らげていた。

 指についた米もしゃぶりとると自然と感想が零れる。


「うめぇ……」


 コンビニのおにぎりなら食ったことがあるが、結奈のおにぎりはそれ以上に上手かった。

 思えば手作りで何かを食べるのはこれが初めてかもしれない。


 研究所にいた頃は病院食のような味気のないご飯やゼリー状の栄養剤だったし(たまに甘いおやつやアイス等もありはしたが……)、逃亡生活はまともな食事にありつけた日がほどんどない。

 結城にとって食事はレトルトなどで簡単に済ませるイメージしかなかった。

 正直、手作りがここまで美味しくて、温かいモノだとは思いもしなかった。


「どう? 少しは落ち着いた?」

「あぁ……」


 ムカムカが収まり、満足感が腹を満たしている。

 さっきまでの怒りが嘘みたいだ。


 結奈がぽつりと独り言ちる。


「あんたの言いたい事、わからないでもないわ」

「……結奈?」

「私も正直、今の政府にはいい印象を抱いていないの。イノリ達の事を襲ったこともそうだし、一騎を物みたいに扱うのもどうかと思ってるのよ」

「だろ? やっぱあいつら許せねぇ!」

「けど、私も政府の人間の一人だから、政府の考え? っていうの? そういうのもわかるのよ」

「は? 政府のって……どういう意味だよ?」

「私の両親が政府勤めなのよ。まぁ末端だけどね。けどお父さんもお母さんも頑張ってるの。パニックが広がらないようにって……いざという時の為に備えてシェルターを増設したりね」


 日本政府もただ傍観しているだけじゃない。

 一騎たちが戦いに集中できるように手回しをしているのだ。

 避難指示の強化やシェルターの増設。

 一騎たちのバックアップなど――

 最大限の支援はしてくれている。


 ただ、戦いには参戦できないというだけで、全てを押し付けているわけではないのだ。

 それに――


「今の一騎が戦うの、私は反対なの。もちろんアリスもね。けど止めても無駄だから……」

「……」

「あんたに賭けたいの」

「俺に?」


 政府と同じように戦いを強要しているのだろうか?

 結城は険のある声音で聞き返す。

 だが、結奈の答えは違った。


「えぇ。アリスが教えてくれたの。あんたの力なら、一騎を完全に回復させられるかもしれないって……」

「……は?」


 俺の力が?

 それってどういうことだ?


 結城は思わず首を傾げるのだった――

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