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魔導戦記イクスギア  作者: 松秋葉夏
魔導戦記イクスギアRoute
131/166

歪んだヒーロー

 白銀の魔力に包まれた一騎。

 イクスジャケットを袖に通しながら、アリスの言葉を思い出していた。


(よし、アリスちゃんが言った通り、ギアは纏える!)



 ◆



「――正気ですかッ!?」


 アリスがよろめく一騎を支えながら、剣呑な眼差しを向けてきた。

 

 魔力を察知した基地のアラートが鳴り響く中、一騎は額に汗をびっしりと浮かべながら、呟く。


「あぁ。僕が行かないと……」

「自殺行為ですよ! 死ぬ気ですか!」


 鎮痛剤を打ってもろくに引かない痛み。

 幻肢痛に苛まれ、高熱も引かない。

 傷も完全には塞がっていないのか、腕に巻かれた包帯には血が滲んでいた。


「まだ、傷が塞がっていなんですよ? 戦える身体じゃありません!」


 アリスの治癒錬成であらかたの傷を塞いでもらったが、右腕ばかりはどうしようもなかった。

 腕が残っていれば繋ぎ合わせることも出来たそうだが、一騎の腕は粉々に破壊されていた。

 治癒は絶望的だった。

 今は無事だった皮膚と肉を繋ぎ合わせ、どうにか傷を塞いでいる状態だ。

 だが、一騎が無理に動いたこともあって、切断面が盛り上がった筋肉の接合部からは血が滲んでいた。


 一騎を止めるのはアリスだけじゃなかった。


「お願い一騎、行かないで!!」

「結奈……」


 涙を流し、一騎の腰に抱き着く幼馴染。

 肩が震え、嗚咽を漏らす結奈に一騎は胸が張り裂けそうになる。


 僕を心配してくれる人たちがいる。

 僕の為に涙を流してくれる人がいる。


 けど……


 一騎の意思は変わらない。


「ごめん、僕が行かないと」

「どうして!? どうして一騎が行かなきゃいけないのよ!?」

「僕しかいないからだよ」


 この警報はただ魔力を検知したわけじゃない。

 《魔人》の発生を知らせる警報だ。


 《魔人》の存在はもう世界中の人達が知っている。

 十年前の惨劇の真実もだ。

 惨劇の復讐に燃える人達が《魔人》に戦いを挑むかもしれない。

 

 そうなれば悲劇だ。

 《魔人》の力はたった一人で街一つを簡単に滅ぼせる。

 イクスギアでなければ太刀打ちできない。


 たとえ、世界の敵になっていたとしても。

 憎しみの感情を向けられていたとしても。


 僕が戦わなければ大勢の人が死ぬ――

 イノリ達と守ったこの世界がまた、二つの世界の戦いに巻き込まれてしまう。


 そんなの、見過ごせない。見過ごせるはずがない。


「戦えるのは僕だけだ。なら行くしかないだろ」

「やっぱり、あなたはどこか壊れてる……」


 一騎の独白を聞いて、アリスが細い声を零す。


「アリスちゃん?」

「異常ですよ、その考え。自分の命を大切にしない。死に行くような判断を平気で口に出来る。それは人としての何かが壊れてるとしか言いようがありません」

「僕が、壊れてる?」

「えぇ。しかもその自覚すらない。あなたには自分の命が見えてないんですよ。質が悪い死にたがり野郎ですね」

「……死にたいわけじゃないよ」

「なら、なぜ、涙を流す結奈を無視出来るんですが? なぜ、私の忠告に耳を傾けないんですか?」

「それは……手を伸ば助けられる命が目の前にあるからだ」

「立派な志ですね。けど、それは自分の命を一番にしてこそ、ですよ。自分の命も守れない人が誰かを助けられるわけがない」

「……ッ」


 アリスの言った言葉は正論だ。

 誰かを守るなら、まず自分を守れ――

 その言葉は、結奈の流す涙は、一騎の心に直接訴えてくる。

 

 一騎が死んで悲しむ人がいることを。

 一騎の死を望まない人たちがいる事を。


「かも、しれないね。アリスちゃんの言う事は正しいのかもしれない」

「なら、今は寝てて下さい。《魔人》の相手なら私が……」

「でも――」


 一騎はアリスの言葉を遮って、言い切った。


「僕は戦うよ」


 アリスの瞳が驚愕で見開いた。


「正気、ですか? ここまで言っても、彼女を見ても、戦うと? 阿呆ですか!?」

「それは、今、君が言っただろ? 僕はどこか壊れているって」


 戦いになれば、戦うと覚悟すれば、命を捨てられる――言われてみれば確かに異常だ。

 たぶん、凛音も、そしてイノリも一騎の異常性には気づいていたのだろう。


 だから、彼女たちは一騎を支えようとした。

 自分を守ろうとしない一騎に代わって、一騎を助けようとしてくれていたのだ。

 けど、今、戦場で一騎を助けてくれる仲間はいない。

 

 今度こそ戦えば命を落とすかもしれない。

 怖い気持ちはある。

 戦えば痛いし、怖い。

 誰かを傷つけるのも本当は嫌だ。

 けど、それ以上に――


「だけど、僕は、それでも――戦う。だって、正義のヒーローだから」


 それが一人の少女の為だけのヒーローであっても。

 彼女の為に、彼女が救った世界の為に戦おう。


「みんなの笑顔を守る。その為なら、僕は何度だって立ち上がれるんだ!」


 一騎の言葉を聞き、アリスが「はぁ~」と盛大なため息を零した。


「あなたは、私たち研究会の理想を歪んでいると断言しましたよね。そんなのは間違ってると。私も断言しますよ。あなたは歪んでいる。二つの世界によって一番狂わされたのは、間違いなくあなたですよ」

「……」

「不老不死も人類の革命もあなたの歪さを前にしたら、大したことありませんね。二つの世界に歪められたヒーロー、そんなの存在すべきじゃない」

「僕を、止めるんだね?」


 今、アリスが実力行使に出れば、一騎は手も足も出ないだろう。

 叩き伏せられ、ベッドまで直行だ。


 けど、アリスはそうしなかった。


「止めませんよ。止めても無駄ですからね。もう一度、死にかけた方があなたの為だと判断しました」

「ちょっと、アリス、何言ってるの!? 一騎が死んじゃうのよ?」

「もともと私は彼の敵ですし、そこまで必死に止めるつもりもないんですよ。結奈には悪いですが……」

「私に悪いって思ってるなら、この馬鹿を止めてよ!!」

「無駄だってことは結奈にもわかるでしょ?」

「でも……!!」

「大丈夫だよ」


 泣き叫ぶ結奈の頭を一騎は優しく撫でる。

 こんな場所で死ぬつもりなんてない。

 

「必ず帰ってくるから」


 死にたがり野郎だって言われても否定できない。

 けど、死にたくないって気持ちがあるのは確かで。

 結奈の涙を見たくないから。

 一騎は泣き腫らす結奈の瞳を見つめながら、力強く言葉にした。

 けど、その決意に水を差したのはアリスだった。


「よく言いますね。その体で……ギアもないのに」


 アリスの目つきが怖くなっている。

 激情を覗かせる双眸に一騎の言葉が詰まる。


「そ、それは……」


 確かに、ギアはない。

 ブレスレットは結城が持ち出しており、予備のギアなどという便利な代物もないのだ。

 今、《魔人》の前に出ても一騎には戦う力がなかった。

 

「まぁ、暴走しているのは、その結城透みたいですけど」

「そ、そうなのか!?」

「ギアに位置を特定する機能があるのを忘れたんですか?」

「あ、そう言えば、あったね……そんな機能……」


 ついでに言えば、映像の録音や録画も出来たはずだ。

 アリスはその機能を知っていたのか、結城の現在の状況を詳しく知っていた。


「先ほどギアから送られてきた情報を解析してみたのですが、敵は白亜の騎士と芳乃凛音ですね。結城透がギアを纏い、白亜の騎士を撃退――したところまではよかったんですが……」

「あいつがギアを?」


 信じられない話だった。

 ギアを纏うにはイクシードが必要だからだ。

 結城はイクシードを持っていなかったはず。

 なのに、なぜ?


「暴走しているのは結城透ですね。恐らく貴方と似た境遇なんでしょう」

「僕と、似た?」

「えぇ。彼もイクシードをその身に宿している人間、という事ですね」

「あいつも?」

「えぇ、だから暴走し、《魔人》化している」


 なら、結城の近くには一騎のギアがあるはずだ。

 ギアの回収さえ出来れば、ギアの力で結城を助けられるはず。


「なら、急がないと。被害が出る前に……」

「一ノ瀬一騎、もう止めはしませんが、一つだけ。今のあなたにはギアを纏えるだけの魔力がない――それは理解していますか?」

「……え? でも、この前は纏えたじゃないか」

「それは、特別な力の使い方をしたからですよ」


 アリスはそう言って、一騎に二つのイクシードを手渡した。

 《銀狼ライカン》と《氷雪》のイクシードだ。

 

「いいですか? ギアを纏える力がないなら外部から補えばいいですよ」

「外部から?」

「えぇ。私は魔力の暴走を抑える為に『魔力炉』と呼ばれる外部バッテリーを装備しています」


 アリスは服をたくし上げ、腹部に刻印された紋章を指さした。


「これが『魔力炉』です。使い捨ての魔力。だから暴走する心配もなく能力を使う事が出来るんですよ」

「それがなんだって言うの?」

「あなたも『魔力炉』としてイクシードを使えばギアを纏えるんです。ですが、『魔力炉』として使えるのはあなたの場合、《銀狼ライカン》だけですね」

「どうしてイノリのイクシードだけなんだ?」

「簡単な話ですよ。あなたに残った魔力の波長と合う魔力が《銀狼ライカン》だけなんです。そのイクシードを『魔力炉』として不足した魔力を補えばギアを纏える。けど、それで纏えるのは一つのイクシードだけ。ギア本来の力は使えないと思ってください」


 イクスギアの本来の力。

 それは二つのイクシードを掛け合わせ、力を相乗効果させる事だ。

 かつて、一騎はその力を使い、芳乃総司を倒す事が出来た。


 その力を使えないのは、手痛いが――


「ギアを纏えるなら、それで十分だよ。教えてくれてありがとう、アリスちゃん」

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