世界改変の力
「おりゃああああああああッ!!」
結城の拳が白亜の騎士のガードを崩し、鎧を破壊する。
砕いた鎧の破片が魔力粒子となって掻き消える。
結城は砕いた鎧に確かな手ごたえを感じながら、さらに深く踏み込む。
『マスター、イクシード《ルート》を実行しますか?』
ヘッドホンから事務的な機械音が響く。
結城は一切の思案を介さず、二つ返事だ。
(おう!!)
脳内に投影される九つのイメージ。
その中から結城は望む世界を選び、能力を発動。
直後、手甲の水晶が目もくらむような魔力を放出。
放出した魔力は白亜の騎士の視界を遮る。その僅かな隙を突き結城の拳が再び騎士の甲冑を打ち砕く!
「――ッ!!」
口をきつく引き結んだ白亜の騎士は僅かな動揺を見せながらも地面を蹴り上げ、結城の拳から逃げる。
ありえない――と白亜の騎士の瞳が揺れ動く。
だが、それも一瞬だ。
僅かな動揺を打ち消し、気丈な表情を浮かべる騎士。
白亜の騎士はこのありえない現象を結城の纏うギアによるものだと結論づけたのだ。
騎士は二本の剣のうち、一本を肩で支えるように構え、上段から振り下ろす。
「――ッ!!」
無声の気合と共に放たれた一閃に対し、結城は雄たけびを上げながらアッパーカットで迎撃。
拳と剣が激突し、互いに弾き飛ばされる。
白亜の騎士はすぐさま二本目の剣を右横から振う。
この一撃に対し、結城はガントレットに装備された水晶で受け止め、刃を滑らせ回避。
ギャリィィン――……
と火花が飛び散り、剣が弧を描くように回転。
まるで裏拳のように再度、振われた一撃を全く同じ動作で結城は拳で弾いた。
回転斬りと裏拳の交錯する衝撃が二人を間合いから弾き飛ばす。
地面を削りながら後ずさる結城。
地面を蹴ると同時に足底から魔力を放出。
放された間合いを再び詰め、結城と騎士の武器が火花を散らしてせめぎ合う。
「……マシロをどうする気だ!」
結城は白亜の騎士の剣を全力で押し込みながら、叫んだ。
だが、白亜の騎士は口を引き結んだまま、結城の問いに答えようとはしない。
結城は知ったことか! とさらに問いかける。
「リアってなんだよ! お前はマシロの事を知っているのか!?」
「――ッ!」
騎士の瞳が吊り上がる。
リアという名前が彼の逆鱗に触れたのだ。
冷徹な怒気を孕んだ声音が白亜の騎士から発せられる。
「お前が、その名前を口にするな!」
「ぐおっ!?」
突如、拮抗していた力のバランスが崩れ、結城の体が宙に浮く。
弾き飛ばされた! と理解した時にはすでに手遅れ。
身動きの出来ない空中に投げ出された結城に二振りの凶刃が迫ってきていたのだ。
(うおおおおッ!!)
とっさに能力を発動。
無残に斬り伏せられる死の結末を回避する為に九つの世界にある唯一生存する世界を手繰り寄せる。
『イクシード《ルート》を実行します』
頼りになる機械音に導かれ、体が回転。
二本の凶刃の間を潜るようにアクロバティックな体勢で攻撃を避け、両手両足で着地。
猛然と床を蹴り上げる。
狙いは鎧のない剥き出しの顔面だ。
両手両足で着地した状態で繰り出せる攻撃はただ一つ。
頭突きだ。
「ぐっ!?」
「痛ぇッ!?」
白亜の騎士の魔力障壁を突き破り、喉元に結城の石頭が直撃。
脳を揺らす衝撃に眩暈を覚えるが、霞む視線の端で喉を抑え喘ぐ騎士に僅かな勝機を見出す。
ここで止まるな、俺!
脳震盪を魔力で無理やり回復させ、正常な五感を取り戻す。
結城は倒れるように肩から体当たり。
ショルダーチャージで白亜の騎士に追撃をかける。
「お……らっ!」
叫び、拳へと連撃を繋げる結城。
だが、その刹那。
白亜の騎士から笑みが零れた。
ゾクリ……と全身が粟立つ。
逃げろ! と本能が警鐘を鳴らすが、結城が離脱するよりも早く――
「《領域》――解除」
パチンッと指を弾く乾いた音が白亜の世界に木霊した。
白亜の騎士が紡いだ言葉に導かれるように《白世界》が崩壊。
一瞬の浮遊感に包まれ、次の瞬間、結城達は元の世界へと引き戻されたのだ。
「は……?」
活気づく商店街は結城が《白世界》に召喚される前と全く変わらない。
かき氷を手に駆け回る子供たち。
今晩の献立を考えながら商店街を回る主婦たち。
彼らの視線がギアを纏った結城や白亜の騎士に向けられる。
奇妙な装束に身を包んだ男が突然現れたのだ。
周囲の目を引くのは間違いない。
だが、なぜ、白亜の騎士は現実の世界へと結城達を連れ戻したのか?
どこで戦おうが結城の力は変わらない。
白亜の騎士を倒す世界を選び続ける限り、結城に敗北の二文字はないからだ。
仮に周囲の人間を巻き込もうとしても、《ルート》の力を使えば周りを巻き込まずに戦う世界を引き寄せることも可能だろう。
魔法が使えるというアドバンテージを捨ててまで白亜の騎士が現実の世界へと戻った理由を――
結城はその数秒後に思い知るのだった。