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魔導戦記イクスギア  作者: 松秋葉夏
魔導戦記イクスギアRoute
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受け継がれる力Ⅱ

 半壊した『周防』から飛び出した結城とマシロ。

 行く当てなどなく、匂いに釣られ、商店街の一角へとやってきていた。


 この町には近くに映画館などを複合した巨大なショッピングモールがかつては存在していたのだが、三か月ほど前に倒壊。

 今は再建設中となっており、必然、街中の商店街に人が集まってきていたのだ。


 肉を焼いた香ばしい香りに、クレープの焼ける甘い香り。

 夏休みということもあってか、かき氷を手にした子供たちにマシロの視線は吸い寄せられていた。


「……にしても、あちぃな」

「うん。激しく同意」


 着の身着のままの脱走で、マシロも結城もそれほどお金を持っているわけではなかった。

 無駄に散財できるはずもなく、空腹を促すこの場所に足を向けたのは間違いだったのかもしれない。


 それに、人の熱気だ。

 歩くのも窮屈なほど人でごった返した商店街は容赦なく体力を奪っていく。


 目の前の子供が咥えるかき氷の誘惑に心が折れる二人。


「アイスでも食うか?」

「食べる!!」


 結城の提案にマシロは目を輝かせて頷く。

 二人は『氷』と書かれた暖簾に吸い寄せられるに足を運び、そこで、透はメロン味。マシロはイチゴ味を頼んで、ベンチの一角を占領した。


「うめぇええええ!」


 スプーンを口に運び、メロン味のかき氷を盛大に頬張る結城。

 舌に伝わる氷の冷たさ、そしてメロン風味のシロップが火照った体を体の芯まで冷やしていく。


 そして、当然、それほど一気に頬張れば――


「キタキタ~!!」


 キーン――……とあの独特の痛みに結城は頭を押さえて笑った。


「これだよ、これ! これぞかき氷だな!」


 痛みが引いた途端にすぐにかき氷を頬張り、もう一度、痛みに頭を押さえる結城。

 研究所でも何度か食べた事があるが、青空の下で食べるかき氷は別格だ。


「そいうものなの?」


 同じくかき氷を頬張るマシロ。

 口元をイチゴシロップで真っ赤にしながら、キョトンとした表情を見せていた。


「マシロは痛くねぇの?」

「痛くなったら戻しているから」


 何気なく言ったマシロに結城は落胆の表情を見せた。


「んだよ。また戻したのか?」

「ん。痛いの苦手だから」


 結城も詳しく知っているわけではないが、マシロの不思議な力――


 アリスが言うには、イクシードと呼ばれる力は、マシロの嫌な物をなかったことにする力らしい。


 痛みや苦痛をなかったことにしたり、投薬された劇薬をなかった事にしたり――


 マシロは痛みから逃げる為に、ちょくちょくこの力を使う癖がある。


 だが、かき氷に対して、その力を使うのは無礼だ!


「いいか、マシロ? かき氷っていうのは頭がキーンってするのが醍醐味なんだよ。一回、そのまま食ってみろって。ぜってぇ上手いから!」

「……トールがそう言うなら。けど、美味しくなかったら、次はお肉を奢ってね?」

「お、おう……任せろ!」


 若干、しどろもどろになりながらも胸を叩く結城。

 お金があまりないので、是が非でも、マシロにかき氷の醍醐味を気に入ってもらわなければ!!


 マシロがかき氷を口に入れる瞬間、結城は祈るような眼差しで、マシロの口元を凝視し、


 マシロがかき氷独特の痛みに地団太を踏む姿を見ている時など針の筵に座っている気分だった。


 だが、痛みの引いたマシロが浮かべた表情は笑顔。

 キラキラと目を輝かせ、声を弾ませた。


「お、美味しぃ~」

「お、おう……」


 満面の笑みに目が吸い寄せられる。

 小さい頃からぶすっとした表情ばかり浮かべて、研究所から逃げ出しても笑顔をあまり見せなかったマシロの笑顔だ。

 我を失うな。という方が無理がある。


「トール、これすっごく美味しい!! キーンってなるのすごく楽しいわ!」


 声を弾ませながら、再びかき氷を口に運ぶマシロ。

 

 そんなどこにでもあるようなありふれた日常を噛みしめながら、結城は囁いた。


「こんな日常がいつまでも続けばいいのにな……」


 けれど、そのささやかな願いは届かない。

 それを許さない魔王がこの世界にいるからだ。


 まさにその言葉を合図にしたかのように世界が一変した。


 人の活気で溢れる商店街が霞のように消え去り、一瞬の浮遊感が結城達を襲う。

 次の瞬間、隆起する天を衝くビル群。


 蒼天を覆い隠し、白亜のビルで埋め尽くすその世界を結城は知っていた。


「マジかよ……」


 上ずり、掠れた声が喉を鳴らす。

 全身の細胞が警鐘を鳴らす。

 逃げろ! 一秒でも早くここから逃げろ! と。


「ま、マシロ、逃げるぞ!!」


 だが、結城のその判断はすでに手遅れだ。

 《白世界ヴァイス・ヴェルト》が一度展開されれば、外界との接点が完全に断たれる。

 別次元へと転送するこの結界の中において、主の許可なしに逃げる事は許されないのだ。


 そして、その主――白亜の騎士が結城達の前に現れる。

 深紅のギアを纏った凛音を引き連れて。



 ◆



「本気で思ったのかい? 逃げられると? ――ッ!?」

「……くそ」


 淡々と呟く白亜の騎士を睨みながら結城は吐き捨てる。

 すでに、騎士は鎧を纏い、一度は砕いた二本の剣を構えていた。

 濃密な魔力を放つ二本の魔剣の圧力に結城は後ずさる。


 総毛が粟立つほどのプレッシャーに否応なく本能が警鐘を鳴らしていた。

 球粒の汗が頬を伝い、地面にシミを作る。


(やるしかねぇ!)


 結城は背後にいるマシロを庇うように魔力を放出。

 蒼い魔力を高密度に圧縮した魔力弾を拳に固め、拳闘の構えをとる。


 だが、そこで結城は違和感に気づいた。

 圧倒的に優位な立場にありながら、白亜の騎士の双眸が驚愕に見開かれていたのだ。

 彼の視線は結城の背後――マシロに向けられていた。


 そして、わなわなと震える唇が彼女の真名を呟いた。


「リ……リア?」

「りあ? 誰の名前だよ?」

「謀るのか? 見間違うと思ったのか? 彼女を顔を、俺たちが!!」


 憤怒のオーラ―が白亜の騎士が吹き上がる。

 濃密な殺気となって、結城を飲み込むほどの圧力だ。

 

 蛇に睨まれた蛙の如く、結城は指一本どころか、呼吸さえ忘れてしまった。


「どけええええええええッ!!」


 白亜の咆哮が世界を大震させる。

 その直後、結城の体が砲弾のように弾き飛ばされた。


「あぐううううううッ!?」


 魔力障壁のおかげで直撃こそ避けられたが、白亜の騎士の一撃は結城を数十メートルも吹き飛ばす威力を秘めており、マシロから引き離されてしまった。


「くそおおおおおおおッ!!」


 地面を削りながら着地。

 両足に魔力を籠め、足底で魔力を爆発させる。

 轟、と爆音が鳴り響き、突風を纏って結城が駆ける!


 拳を握りしめ、白亜の騎士に向かって突貫。


「マシロから離れやがれええええええええええッ!!」


《白世界》が激震するほどの威力を持った拳が白亜の騎士に炸裂する。

 だが、その一撃は白亜の騎士に、真の意味で届くことがなかった。

 

 可視化できるほどの濃密な魔力の障壁が楕円のような盾となって展開され、結城の拳を防いでいたのだ。


「な、なんだよ、これ……ッ!?」

「初級魔法――《イージス》だよ」

「ま、魔法……だと?」


 その言葉の意味を結城は知らない。

 

 異世界《アステリア》にはイクシードの能力を大衆向けに改良した魔法と呼ばれる技術が存在している。


 一個体につき、一つのイクシードを持つ異世界の住人達。

 だが、普段はイクシードを使う事は滅多にないのだ。

 本来、イクシードとは魔法を超えた真の切り札。


 上級魔法すら凌駕するイクシードを持つ者はまさに勇者や魔王と恐れられるほどだ。


 この世界で魔法が使えなかったのは元となる魔力そのものが暴走するから。

 けれど、外界との接点を切り離し、独立したこの世界でなら、魔法の行使は可能だ。


 それこそ多種多様の魔法を。


 その知識を持たない結城にはその一撃を防ぐ術はない!


「弾けろ、《インパクト》!」

「ぐああああああッ!!」


 白亜の騎士が指先を向ける。

 その直後、不可視の衝撃が結城の鳩尾を殴り飛ばす。


 歯を食いしばり、意識を繋ぎ止めながら、結城は地面を何度も転がった。

 結城は血反吐を吐きながら、動けずにいるマシロに向かって叫ぶ。


「マシロォォォォォォォッ! 逃げろぉぉぉぉぉぉぉッ!!」


 けれど、その悲痛な叫びは、マシロの縫い付けられた足を動かすには力が足りなかった。


 白亜の騎士の濃密な殺気の余波の直撃を受けたマシロは蒼白の表情を浮かべ、動けずにいたのだ。


 白亜の騎士が悲痛な表情を覗かせながら、マシロを見下ろす。


「マシロ……か。それが君が彼に教えた名前なのかい?」

「ち、違う……トールがつけてくれた……私に、名前なんて……」

「覚えてないのかい? 僕の事も。トワの事も?」


 ふるふると涙を流しながら、マシロは首を横に振った。

 その答えだけで、白亜の騎士の憤怒が抑えきれないほどに上昇していくのをヒリヒリと焼けつく肌で結城は感じ取っていた。


 その怒りの矛先は結城へと向けられる。


「彼女に何をした?」


 怒気を孕んだ声音で、倒れた結城の頭蓋を踏みつけた白亜の騎士。


「ぐぅ……」とくぐもった声と、地面に滲む赤い血痕。

 結城の額を裂き、鼻を砕いた白亜の騎士はそれでは満足しなかったのか、何度も結城の頭を踏みつける。


「答えろッ!!」

「し……知らねぇ……よ」


 結城が苦し気に答えた直後、白亜の騎士は結城を蹴り飛ばす。

 ろくな受け身も取れず、ビル群の一角に叩きつけられた結城は喀血しながら崩れ落ちる。


「トール!!」


 マシロの悲痛な叫びが余計に白亜の騎士の激情を煽る。


「リア、彼は敵だ! 君を苦しめた敵なんだ!!」

「違う! トールは、トールだけは違うの!!」

「リア!」

「私はリアなんて名前じゃない! 私は、マシロ! マシロなの!!」


 泣き叫ぶマシロの姿が朧げに結城の視界に移る。

 割れた額から流れる血が、片目を塞ぎ、何度も踏みつけられ、脳が揺らされたことで、ろくに喋ることも動くことも出来ない。


 それでも――マシロが泣いている。


(俺が……弱いせいで……)


 マシロを泣かせてしまった。

 それだけじゃない。

 一騎の腕だって、結城が弱いから、奪われた。


 全て――


(俺が弱いから……)


 それじゃあ、意味ねぇだろ!?


 ガリッと結城は唇を噛んだ。


 何の為に体を鍛えてきた?

 自由の為に。

 マシロを守る為にだろ?


 それが、この様か?


 マシロを泣かせる為に、その為だけに、外の世界に飛び出したのか?


 違うだろ!!


 マシロがかき氷を食った時の笑顔――

 あの笑顔を見る為に、俺は自由を求めたんだろ!?


 なら、動けよ。

 戦えよ、俺の体!


 マシロを守る為に!

 その為の力なら。

 俺の我儘を貫き通す力を、何度も見て、その資格を今、俺は持っているだろ!?


 結城は震える声音で、万感の想いを込めて、叫ぶ。


 マシロを助ける力を。

 一騎あいつのように戦える力を。


「イクスギア……フル……ドライブ……」


 一騎が起動認証にと設定したスタートアップコードを結城は途切れ途切れに囁くのだった――

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