受け継がれる力Ⅰ
そわそわ――
うろうろ――
地下基地の一室の前で、結城透は部屋の前を行ったり来たりを繰り返していた。
時折、心配そうな顔を浮かべ、部屋のドアノブに手を伸ばすが、すぐに引っ込める。
もう、そんな無駄な時間を一時間近く繰り返しているのだ。
その様子を飽きもせず眺めていた白銀の少女――マシロの心も折れるというもの。
マシロはため息を吐くと、逡巡する結城に助け船を出す。
「そんなに心配なら一緒に看病すればいいのに」
「……バカ、心配とか、そんなんじゃねぇよ」
結城にしては珍しく弱い物言い。
その口ぶりが『全力で心配しています!』と語ってるいるようなものだ。
マシロにしてみれば、一ノ瀬一騎は、どうでもいい存在だった。
どこで死のうが興味がない。
無価値で無意味な存在。
だが、ここまで結城が心を砕いているのだ。
その心情を和らげたくもなる。
「カズキには、あの二人がついているんでしょ? なら、大丈夫じゃない」
「そんな簡単な話じゃねぇんだよ。知ってるだろ? あいつが怪我したの、俺たちを助けようとしたからだって……」
そもそも、一騎がギアを纏い、凛音や白亜の騎士と戦ったのは、本をただせば、結城が後先考えずに無謀な特攻をしたせいでもあるのだ。
魔力の暴走に苦しむ結城を助ける為に、無謀と知りながらも矢面に立った。
それくらいは結城にも理解出来ていた。
だからこそ、片腕を失うという重症を負った一騎に負い目を感じているのだ。
「……何にも出来ねぇのかよ!!」
憤りを拳に乗せ、結城は壁を力強く殴りつける。
痛みも滲む血も、結城の怒りを宥めてはくれない。
そもそも、あの二人は何者なのか?
研究所からマシロと結城を追ってきた研究員とも違う。
あの時、結城達を襲ってきた白銀の戦乙女と同じ姿だから、恐らく、動画で見た異世界の魔王の配下なのだろう。
なら、なぜ、一騎を執拗に狙うのか。
今の結城に一騎が世界の敵――という考えはもう存在しない。
結城やマシロを逃がす為に策を練り、己の命を省みず戦うような男だ。
そんな男が世界の敵であるはずがない。
なら、あの自称異世界の魔王が敵――なのだろうが、正直な話、結城には戦う理由が何一つないのだ。
ただ、平穏な生活。
自由な生活を送りたい。
ただそれだけの為に生きている結城にとって、他人の事情など知ったことではない。
なのに、どうして――
こんなにも無力な自分に怒りを感じているのか!!
「チクショウ……」
「トール……、そんなに辛いなら逃げてもいいんだよ?」
「マシロ、何言ってんだよ。どこに逃げろって?」
アリスが言っていた。
結城やマシロが戦乙女に襲われたのは、魔力があり、何よりマシロが異世界から召喚された召喚者である可能性が高いからだ。
マシロの中に眠るイクシードと呼ばれる力を奪う為に襲ってきたのだと。
魔力を遮断できるここより安全な場所はない。
逃げるにしても逃げる当てがないのだ。
「前みたいな逃亡生活でも私は構わなよ。だってここにはもう私たちを守ってくれる人はいないわけだし」
「そうかもしれねぇけどよ……」
おそらく、マシロが一騎たちと情報交換をしたのは、現状の把握と同時に、一騎たちの庇護下に入るのが狙いだったのだろう。
だが、今の一騎に戦う力はない。
それに、敵にこの場所が知られている以上、少しでも早く逃げた方がいい。
マシロの言いたいことはわかる。
けど、ここで、一騎たちを置いて逃げることに、どうしても躊躇ってしまうのだ。
葛藤する結城の手をマシロが優しく撫でた。
「違うよ、これは彼らのため」
「……あいつらの?」
「うん。ここにいたら、また全員が同時に狙われる。なら、バラバラになって敵の狙いを分散させた方がいい」
「……なるほど、そういう事か!!」
ただ、危険だから逃げるのではないと知った結城の瞳に光が戻る。
このままここに居座って一騎たちの迷惑になるくらいなら、マシロの案に乗ってみる方がいいかもしれない。
「さすが、マシロだな!」
「それほどでないよ。私はトールが元気になってくれるなら、それだけでいいから」
「ん? よくわかんねーけど、そういう事なら善は急げだ!」
「待って」
マシロの手を引いて基地を出ようとする結城の手をマシロが止める。
思わずつんのめる結城。
振り向くとマシロがある一点を指さしていた。
そこにはメンテナンス中のイクスギアのブレスレットが機械に繋がれていた。
白亜の騎士との闘いでダメージを負ったギア。
自動修復だけでは足りずに、基地にあるメンテパックに繋がれていたのだ。
すでに修復は完了しており、あとは主の回復を待つだけの状態。
そのブレスレットを見つめながらマシロが呟く。
「あのブレスレットも借りていこう?」
「いや、流石にそれはまずいだろ? だってあのブレスレット、一騎の物だぞ?」
「けど、一ノ瀬一騎にはもう使えない」
ブレスレットを装着した腕を両断されたのだ。
仮にもう片腕に装着したとしても、戦う事は出来ないだろう。
「いや、でもよ……」
「戦力を分散させるなら、私たちも戦える力は必要でしょ?」
「いや、俺の拳が……」
「戦力は一つでも多い方がいい」
結城の巧みな魔力操作を使えば、素手でも戦う事は出来る。
だが、それも数分が限界。
なら、普段から魔力の制御ができ、必要な時には鎧として武器にもなる、あのイクスギアは、結城の命を守るにはどうしても必要だった。
マシロは透を守る為なら、全てを切り捨てる覚悟を持っている。
名前をくれて、ずっと一緒だった大切な人を守る為なら、他の人間は無価値だ。
それに、透を守る為なら、彼にだって嘘を吐こう。
優しい透を傷つけさせない嘘を。
そして、マシロはその嘘をトールに伝える。
「それに、あのブレスレットがあれば、また一ノ瀬一騎は戦うと思うの。私たちを守る為に、命を張って。トールは彼に戦ってほしいの?」
「そんなわけねぇだろ! あんなボロボロになってまで戦ってほしくねぇよ!」
「なら、彼の代わりにトールがその力を受け継ぐべきだよ」
「……あぁ、もう! 仕方ねぇ!!」
結城は髪をくしゃくしゃと掻くと、強引にブレスレットを機械から引き抜き、右腕に装着した。
非常事態のアラートが基地内に鳴り響くが、アリスや結奈が駆けつける前に、結城とマシロは地下基地から脱走していたのだった。