クリスマス特別編2018『銀狼少女の旅立ち』
クリスマス特別編の後編です!
ぜひ、ご覧になって下さい!!
場所はいつも、ギンと祖父が訓練に使う森の開けた場所。
イノリと祖父は距離をとって、相対していた。
「よいか? ワシに一撃でも入れる事が出来れば、冒険者になることを認めよう。じゃが――」
「負ければ、この集落に留まること。だよね?」
「そうじゃ。ワシ程度に負けるような腕なら諦めた方がいい」
「うん、わかったよ。全力で行くよ、お爺ちゃん」
「ワシもじゃ!」
ふんッと、祖父が全身に力を籠める。
周囲の雪が吹き飛ぶ程の荒々しい魔力がギンの全身に直撃した。
「マジかよ、爺ちゃん、本気だ」
この集落で一番の魔力、そして体力を持つ祖父。
勝敗など明らかなのに、威圧するように放たれた魔力は一切の手加減がない。
ギンが竦み上がるほどの魔力を浴びながらイノリは冷や汗の一つも流さず、高密度の魔力光で輝く《人属性》と呼ばれる疑似イクシードをブレスレットから取り出した。
「《換装》――《銀狼》」
そして、呪い事を呟いたイノリの姿が蒼いの魔力の繭に包まれる。
魔力の障壁が晴れた時、イノリの姿が一変していた。
白銀の耳と尻尾だ。
本来の《銀狼族》の姿を取り戻したイノリは分厚い毛皮のコートを脱いだ。
薄着になったイノリは身体をほぐすように何度もステップを踏んだ。
「うん、軽くなったし、暖かくなった!」
「う、嘘……だろ?」
爺ちゃんは魔力で外気の気温を調節することが出来るらしい。
今、イノリは同じことをしてのけたのだ。
それは誰にでも出来る芸当ではない。
少なくとも、まだギンには無理だ。
魔力制御がそこまでの精度ではないのだ。
気温調整が出来るようになって、ようやく初級の魔法や、イクシードを自在に使える許可がおりる。
イノリはすでにその領域にまで達しているのだ。
「姉ちゃんって凄かったんだな……」
久々に見たイノリの本来の姿。
魔力はほとんど感じられないが、それでも伝わる威圧感は祖父と大差ない。
(なんだろう、これ? 魔力じゃない。この竦み上がるような威圧感は?)
幼いギンはまだ知らない。
魔力による圧力ではなく、剣気や闘志、殺気などの不可視の威圧を。
イノリの溢れる闘志が、圧となって周囲を押しつぶしているのだ。
「ほう、若いのに大したもんじゃ」
祖父は涼し気な顔でイノリの闘志を受け流しながら、構えをとる。
イノリも習うように拳を握り、腰を落とすと――
「お爺ちゃん、気をつけてね、たぶん……手加減出来ないから」
「む?」
イノリがそう呟いた瞬間、イノリの姿が掻き消えた。
地面を踏み砕くほどの爆発力がイノリを一瞬で祖父の懐まで押し飛ばしていたのだ。
祖父の懐で弓を引くように拳を引くイノリ。
祖父はまだ反応しきれていない。
両腕がガードの構えをとるギリギリまで、イノリは力を貯め、貯めに貯めた力を一気に祖父のガードに向かって突き出す!
「むぐぅぅぅぅッ!!」
吹き飛ばされる祖父。
ガードを崩し、イノリの拳の破壊力が祖父の体を貫く。
地面が足から引っこ抜かれ、木に叩きつけられる。
祖父を受け止めた木は半ばからへし折れ、轟音を響かせ、倒木した。
だが、イノリの攻撃力の全てを木に受け流した祖父に大したダメージはない。
それでも――
「ふむ……」
イノリが祖父の防御が整うまでの間、拳を突き出すを待った事実。
全く反応できなかった驚異的なスピード。
間違いなく、イノリの実力は祖父を上回っているだろう。
それどころか上級冒険者に匹敵する力かもしれない。
「ご、合格じゃ……」
祖父はイノリの実力に驚嘆しながら、冒険者になることを認めるのだった。
その夜――
雪が深々と降る中、集落全員でささやかな宴が開催された。
イノリの新たな旅立ちを祝う為に、集落のみんなが祝ってくれたのだ。
その中には、初めてイノリの《銀狼》の姿を見る若い者もおり、《銀狼族》のイノリの姿に目を奪われる者も大勢おり、その場で求婚する蛮勇もいた。
「ごめんね、私、好きな人がいるから」
だが、直球の申し出に対して、イノリは誠実に断っていく。
一ノ瀬一騎との出会いがイノリを変え、今を作ってくれたのだ。
一騎以外の男性なんて考えられない。
生涯愛すると決めたのは一騎ただ一人なのだ。
数々の求婚を断りながら、部族と宴を楽しむイノリ。
「……本当にこれでいいのかい、イノリちゃん?」
とある飾りつけをしていた、男性だった。
祖父を吹き飛ばした時に叩き折った木を運び、それに飾りつけをしていたのだ。
木の頂点には星をあしらった飾り。
さらにはキラキラと輝く魔法のイルミネーション。
その姿はクリスマスツリーを連想させる。
木だけではない。
家の屋根や壁も色とりどりの魔力光で彩られ、村全体が魔力の光で照らされていた。
「うん、大丈夫です。ありがとうございます」
「けど、こんなのに何の意味があるんだい? ただ魔力で照らしただけだろ?」
ライトアップと呼ばれる光を灯す初級魔法でこの魔力は輝いている。
だが、そんな光で照らさずとも、炎を焚けば十分だろう――と銀狼は言った。
けれど、イノリは首を振った。
「ううん、これは意味があるんですよ。私も戻った時に知ったんですけど、アステリアの時間って地球とは異なっているんですよね」
「ち、チキュウ? それってイノリちゃんが召喚された異世界の事かい?」
「はい。今、向こうは夏だろうけど、この世界は冬――それもクリスマスの日なんですよ」
「く、クリス……マス?」
クリスマスなど、彼は知らないだろう。
そもそもそういった行事がないのだ。
この世界でクリスマスを知るのは地球に召喚された召喚者たちだけ。
クリスマスツリーもイルミネーションも知らない彼らにしてみればイノリの発案は奇妙に映っただろう。
けど、イノリはそれでいい。
イノリにとって故郷はここだけじゃない。
アステリアも十年過ごした地球も同じく故郷なのだ。
ならば伝えよう。
地球で知った――一騎と過ごしたかったイベントの数々を。
一騎と一緒に食べたかった料理の数々を。
それが出来るのはイノリだけなのだから。
「本当はケーキがあればよかったんだけどね」
「ケーキってそんな高級な菓子はさすがに用意できないよ」
「わかってますよ。ここまでしてくれただけで充分です」
イノリはイルミネーションに目を向けながら、料理に舌鼓を打つ。
宴を楽しむイノリに祖父がゆっくりと近づいてきた。
「イノリ」
「お爺ちゃん」
「冒険者になること、ワシは止めん。お前が集落一番の強者だからな。じゃが――」
祖父は手に持った一振りの剣をイノリに差し出した。
蒼い鞘に仕舞われた白銀の柄の剣。
イノリは祖父からその剣を受け取り、ゆっくりと鞘から引き抜いた。
魔力の光を弾き、輝く刀身。
それを見たイノリが声を荒げる。
「こ、これって……《銀牙》!?」
イノリはその剣に見覚えがあった。
強く握りしめた柄は手に馴染む。
スラリと剣を引き抜き、二、三度軽く剣を振った。
キィィィン――……
とイノリの舞に共鳴するように剣が甲高い音を鳴らせた。
「ふむ、そこまで一族の宝刀を使いこなすか」
関心するように祖父は頷く。
イノリは驚きを隠せず、祖父に詰め寄った。
「お爺ちゃん、この剣って!?」
「あぁ、一族に伝わる宝刀《銀牙》じゃ。始祖の牙より鍛えられた宝刀での。あまりの重さにワシでは鞘から抜くことすら出来んかった代物じゃ」
「お爺ちゃんでも抜けなかったの?」
「あぁ。代々、集落で最も強き者がこの剣を預かってきたのじゃが、誰も満足に振るうどころか、鞘から抜くことも出来んかった。それをお主は簡単に抜いたばかりか、まるで手足のように振ってみせたのじゃ」
「いや……でも、この剣って……」
イノリがイクシード《銀狼》を纏った時に使っていた武器と同じだ。
重さも長さも同じ。
それが、部族に伝わる宝刀って……
私のイクシードって何なの?
今のイノリは自分のイクシードを使えない。
地球で一騎に封印された時に、強引な封印だったため、能力の要が欠けたのだ。
その力は、今、一騎の元にある。
イノリが自身のイクシードを知るには欠けたイクシードが必要になるわけだが……
(それを知る時って来るのかな?)
《門》のイクシードが王国で厳重管理されている今、異世界へと転移する力はイノリにはない。
そのいつかが来る保障はどこにもないのだ。
だから、イノリは言葉を飲み込み、フルフルと首を振った。
「ううん、何でもないよ。けど、お爺ちゃん、この剣って宝刀なんでしょ? 私が使ってもいいの?」
「いいんじゃ。その剣も社に奉納されるよりはイノリに使ってもらう方が嬉しいじゃろうて」
「そっか、ならありがたく使わせてもらうね」
イノリは銀牙を鞘に納め、腰に吊るすと、宴をゆっくりと楽しむのだった――
翌日。
身支度を整えたイノリは、家族や集落の人たちとの挨拶を済ませ、小高い丘の上に来ていた。
大小様々な岩が置かれた小さな墓場。
イノリは迷いなくその場所へと向かった。
「お姉ちゃん、私行くね」
イノリは墓石にそう告げた。
イノリの姉――ユキノの為に造られた墓石だ。
遺骨などもなく、名前だけの場所だが、それでも、ユキノを愛してくれた人たちが建ててくれた墓石だ。
それだけも意味がある。とイノリは思っている。
「本当に行くのか、姉ちゃん?」
「ギン、来たんですね」
「うん……」
偶然にも姉弟全員が一堂に会する。
イノリは居心地が悪そうにギンから視線を逸らした。
「三か月でかよ」
「すみません、あなたの居場所を奪うようなことをしてしまって……出ていくのが遅すぎましたね」
ギンがイノリを苦手としていた事は知っていた。
突然、姉として家に転がり込んだのだ。
幼いギンには心労を強いただろう。
けれど、ギンは声を荒げて否定した。
「違うよ。俺が言いたいのは、そんな事じゃない!」
「ギン?」
「結局、俺は姉ちゃんに姉らしいこと、何もしてもらってないんだぞ? いつもぐうたら寝てばかりで、仕事もしないで家にこもってばかり。おかしな事だってたまに言うし!」
「そ、それは……何と言うか、すみません」
異世界での生活になれず、軽いホームシックにかかっていたのだ――とは言いづらく、イノリは口ごもる。
そんなイノリに対し、ギンは目を吊り上げて唸る。
「俺、姉ちゃんが出来て、嬉しかったよ!!」
「え……?」
「だって、俺には二人の姉がいるって母ちゃんや父ちゃんに教えてもらってたんだぜ。いつか姉ちゃんたちを守れるくらいに強くなりなさいって! なのに、出ていくのかよ! こんなに早く! 姉らしいこともせずに!!」
「ギン、私は、私には夢があるんです。絶対に会いたい人たちがいる。冒険者になったのもそのためなんですよ。世界を回って、必ず見つける。地球に帰る方法を。一騎君に会う手段を……」
イノリは一騎との最後を思い出せない。
《魔人》と堕ち、意識を失っていたのだ。
一騎の最後の言葉も、表情も、しぐさも何一つ思い出せない。
きっと笑って見送ってくれただろう。
そういう男だ、という事だけは知ってる。
けど、それで諦めがつくのか?
好きな人と別れることが出来るのか?
そんなの出来ない。
「だから、旅に出るのか?」
「えぇ、ギンには悪いですが……」
イノリは優し気に微笑むと、ギンに近づき、そっとその小さな容姿を抱きしめた。
「私が姉らしく出来るのはこれくらいしかありません」
「姉ちゃん!? これって……俺、男だぞ? もう抱きしめてもらうような年じゃ……」
「でも、君は私の弟でしょ? 私、ずっと抱きしめたかったんですよ。弟が生まれたら、抱きしめたいって。その前に転移しちゃいましたけど」
イノリとユキノが十年前、《門》に巻き込まれたのは王都で出産を迎える母親を見舞う為だった。
その道中に、《門》の事件に巻き込まれたのだ。
イノリは弟を抱きしめるのに、十年もの歳月を待ったのだ。
「ずっとこうしたかった。許してください、貴方を一人にしてしまったこと。顔も知らない姉を死なせてしまった私の力のなさを」
「そんなの……」
ギンはどう応えていいのかわからなかった。
異世界での戦いをギンは知らない。
イノリの身を裂くほどの後悔を知らないのだ。
だから何も言えない。
黙ってこの抱擁を受け止める事しかできなかったのだ。
けれど――
「では、すみません。私はもう行きますね」
「姉ちゃん!!」
抱擁が解かれ、遠ざかるイノリの背中に向かってギンは叫んだ。
「俺、強くなるよ。今度会う時には姉ちゃんを守れるくらいに強く!」
イノリはゆっくりと振り返ると、笑みを浮かべて、呟いた。
「期待していますよ、ギン」
こうして、イノリは一騎に再会するために新たな旅へと赴くのだった。
「――さて、冒険者になるには、まず王都のギルドに向かう必要がありますね」
幾万の不可能を可能としてきたイクスギアを携え、イノリは未来へと歩み出していた。