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魔導戦記イクスギア  作者: 松秋葉夏
魔導戦記イクスギアRoute
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クリスマス特別編2018『銀狼族の集落』

クリスマス特別編です!!


本編のストーリーとは異なりますが、懐かしいあの少女が再び登場です!!

 地球とは異なる世界――異世界アステリア


 かつて、このアステリアから大勢の住人が地球へと召喚され、召喚者同士での戦いを余儀なくされた。


 だが、その戦いも今から三か月ほど前に終わり、今、地球に召喚された異世界人たちは元の世界で、平穏な生活を送っている。


 この物語は帰還した召喚者――イノリ=ヴァレンリのその後を描いた物語の一端だ。



 ◆



 異世界アステリアの空は白い雲に覆われていた。

 慣れた狩り場へと向かう白銀の耳としっぽを生やした獣人たちの吐く息は白く、彼らは寒さから体を守る為に獣の毛皮で作った分厚いコートと手袋をはめていた。


 彼ら、《銀狼族ライカン》の戦士の朝は早い。

 一人前の戦士と認められた彼らは、集落に住む同胞たちの為に、朝早くから狩りへと赴くからだ。


 肉食家の《銀狼族》たちにとって、自生している草木や果物だけではとてもじゃないが空腹を満たすことは出来ない。


 小さな小動物も同様で、彼ら戦士が狙うは巨大な動物と相場が決まってくる。

 当然、そうなれば命の危険も高くなり、戦士となった彼らは徒党を組んで、討伐へと向かうのだ。


 そんな一行の中に、若い少年の姿があった。

 短髪で勝気な瞳。

 蒼穹のように蒼い瞳は周囲を警戒するように睨みを効かせ、獣耳は周囲の音を細かく聞き分け、嗅覚はこの雪に覆われた密林の中で必死になって獣の匂いを嗅ぎ分けていた。


 初陣で緊張する少年の肩を初老の男性が叩いた。


「ほれ、もっと肩の力を抜かんか、ギン」

「爺ちゃん、でもよ……俺、これが初めてなんだぜ?」

「なに、心配することはないぞ。この時期の獣たちは、ほとんどが冬眠しておる。凶暴性こそ高まっておるが、奇襲を仕掛ければ問題あるまいよ」

「その、奇襲が無理なんだって……」


 ザクッ、ザクッと分厚い雪の草原を踏み抜く度に、足底で押し固められた雪が音を鳴らす。

 こんなの、奇襲出来るわけないじゃん。と少年は抗議の視線を祖父へと向けていた。


「精進が足りんな、ギン」

 

 饒舌に語った祖父は、雪を踏み砕く足音を立てぬように巧みな重心移動で行軍していた。

 他の連中にしてもそうだ。

 雪道など慣れた様子で、誰もが音を立てずに進軍する。

 そんな中、ただ一人、十代のギンは、観念したようにため息を吐いた。


(俺だけが足を引っ張てる……)


 こんな事なら、家で惰眠を貪る、姉でも連れてこればよかった――ギンはそう思わずにはいられなかった。



 ◆



 朝の狩りはギンが危惧していたような事態が起こるわけでもなく、滞りなく終了した。


 疲れ果てた体を引きずって家へと戻るギン。

 祖父たち他の戦士は、狩ってきた獲物を捌き、戦闘力に乏しい女性の《銀狼族》たちと食事を作っている。


 ギンが一足先に家に戻ったのは、別件があってのことだ。


 雪が積もらないように鋭角の屋根が立ち並ぶ木造の家々の中にギンと祖父、そして、最近集落に帰ってきた姉の住む家がある。


 ギンは家の前で全身をぶるぶると振り、雪を払い、ドアを開ける。

 火がくべられた暖炉の温かな空気がギンを迎え入れる。

 思わず「はぁ~」と安堵の吐息が口をついて出てしまった。


 すっかり冷えてしまった体が奥底から癒される。

 このまま暖炉の前で眠ってしまいたい誘惑を振りほどき、ギンは寝室へと忍び寄った。


 かつて、この家はギンと祖父、そして今は王都で働いている両親が住んでいたのだが、それでも当時から部屋は二部屋ほど空きがあったのだ。

 姉は、その空き部屋だった一つを借りており、今、ギン達と暮らしている。


 そっと部屋のドアを開け、ギンは中を覗き込んだ。


「姉ちゃん、起きてる?」


 だが、返事はない。

 部屋の隅に備え付けられたベッドの上には盛り上がった毛皮の布団が。


 またか……とギンは嘆息しながら、強引に布団を引っぺがした。


「ひ、ひやあぁぁぁぁぁぁッ~」


 途端、上がる黄色い悲鳴。

 体の芯まで凍えるほどの早朝の冷気が彼女を襲ったのだ。

 意識の覚醒と共に、身に起こった悲劇に悲鳴を上げるのも仕方なかった。


「ちょ、いきなり、何するんですか! 人が寝てる時に!!」


 ギンから毛皮布団を奪おうと手を伸ばした少女からするりと逃げながら、ギンは落胆したような視線を向ける。


 目の前の少女は、三か月前、祖父に姉だと告げられ、十年ぶりに家へと戻ってきた少女だ。

 

 正直、ギンには姉だと説明されても、気持ちが飲み込めずにいた。

 今年で十歳になるギンは彼女ともう一人の姉が失踪してから生まれた弟。

 

 両親から姉兄弟がいる話はずっと昔から聞かされていたのだが、未だに目の前の少女が姉だという認識が薄い。


 《銀狼族》の特徴ともいえる、白銀の髪は腰まで伸び、ギンと同じ蒼い瞳。

 やや吊り上がった勝気な瞳はギンと同じく、この家族の遺伝的なものなのだろう。

 肌は新雪のように白く、きめ細かい。

 胸は、貧乳というわけでも、巨乳というわけでもなく、理想的。


 おそらく、この集落にいる同世代の女性の中でもかなりの美少女。

 けれど、誰もが彼女を遠巻きに見つめるばかりで近寄ろうとはしていない。


 それは、彼女の外見故だ。


 ギンの姉――イノリの見た目は人族と瓜二つなのだ。

 獣耳もなければしっぽもない。

 鼻が利くわけでもなければ、暖房の効いた部屋でも寒がるほど気温への耐性もない。


 見た目だけでなく、能力まで人そのもの――それがどしても同じ同胞であるとギンのような彼女より若い住人は認識できずにいたのだ。


 加えて――


「いい加減、起きなよ。もう朝食の時間だよ」

「わかってますけど、寒いんですよ……この村」


 この他人行儀な喋り口調が壁のようなものを生み出すのだ。

 仕事もしなければ、家にこもってばかり――

 こんなダメ姉貴を、本当の姉だと、やはりギンは思うことが出来なかった。



 ◆



 嫌がるイノリを無理やり連れだし、炊き出しへと向かう。

 集落の習わしで、《銀狼族》の朝食は炊き出しだ。


 その日狩ってきた獲物をみんなで分け合い、絆を深める。

 同族同士の絆をどの種族よりも大切にするからこそ、この炊き出しには意味がある。

 今日は、ギンの初陣で狩った巨大熊の炊き出しだ。

 

 全長十メートルを超える巨大な熊を数頭。

 今日一日の食事を集落のみんなで分けるには十分すぎる成果だ。


 肉鍋を見たイノリは渋面な顔を浮かべた。


「また、朝からお肉、ですか……」

「普通だろ?」


 どうやら、イノリにとって朝は肉ではないらしい。

 受け取った炊き出しの中には肉が少しと後は山菜や暖められたスープのみ。


 ギンのように生肉をほうばったり、香辛料を効かせたステーキ肉には手を伸ばそうとしないのだ。


「いつも思うけど、そんなので足りるの?」

「私としては、ギンが胸やけを起こさないのが不思議なくらいですよ……」


 ふぅふぅとスープに白い息を吹きかけながら、イノリはゆっくりとスープに手をつける。


 やっぱり、俺の姉は普通じゃない――ギンは生肉を齧りながら、そう思うのだった。


 朝食の後に、残った肉や山菜を集落で配分する。

 家族の数ごとに配分量が決まっており、ギンと祖父、そしてイノリは両手に吊るした肉や山菜を持ちながら、帰路についていた。


 雪道をゆっくりと歩きながら、祖父がイノリを見る。


「どうじゃ、イノリ。この村の生活は?」

「う~ん、どうだろ? 寒いのは確かだけど……」


 何気ない会話。

 イノリはギンや若い者に向けるような丁寧な口調ではなく、親しい人に向けるような口調で祖父との会話を始めた。


「三か月じゃ。いい加減、そのブレスレットを外す気にはならんのか?」

「ごめん、お爺ちゃん、それは無理だよ。これは私にとって宝物だから」


 ギンはチラリとイノリの右腕で鈍く光るブレスレットを眺めた。

 

 イクスギア――と呼ばれる魔導具らしい。


 

 魔道具は高価な代物で、滅多に見られるものではないのだが、イノリのブレスレットはその中でもとりわけ希少な魔道具らしい。


 地球と呼ばわれる異世界の技術とアステリアの技術を組み合して作られた魔道具。


 その力は、イノリの本来の姿である《銀狼族》の姿を、魔力を封印し、人族へと変化させる能力らしい。


 そのブレスレットを四六時中身に着けているから、ギンは《銀狼族》としてのイノリの姿をほとんど見たことがない。


 祖父も、ブレスレットにはいい感情を持っていないのか、事あるごとにイノリに外す気はないか? と尋ねているのだ。


「宝物か。確か、ハイエルフの作品だと聞いているが……魔力を封印してなんの意味があるんじゃ? 魔法もイクシードも使えんじゃろ?」

「わかってないなぁ、お爺ちゃんは」

「ふむ?」


 イノリがふんすと鼻を鳴らす。

 またか……とギンは祖父がイノリの地雷を踏み抜いたことを察知した。

 

「魔力を封印することで、真の力を隠してるんだよ!」

「……そんな事してなんの意味があるんじゃ?」

「カッコイイでしょ?」


 ギンと祖父はともに首を傾げる。

 イノリの言うカッコイイが全く理解できないからだ。

 時折、イノリは変なことを言う事が多い。

 

 こんなの私が想像していた異世界じゃない! とか。

 特殊な力に目覚めていない! とか。


 もう、何の話なのかさっぱりだ。


「ふむ……」


 と祖父は困ったような表情を浮かべてから、


「では、イノリ、前に話した件は考えてくれたかの?」

「あぁ……うん、それは、ね」


 歯切れの悪いイノリに、ギンは渋面を浮かべる。

 祖父が前に話した件――それは、イノリを戦士に迎え入れることだ。

 祖父は一目見た瞬間にイノリの戦士としての経験と覚悟を見抜いた。

 

 地球での激闘の日々。

 こことは比べ物にならない程の死線をくぐり抜けてきたのだ。


 その経験を生かさないか? と祖父はイノリに持ち掛けていた。


「やっぱり、ごめんなさい。夢があるの」

「夢?」

「うん。いつか、一騎君と再会した時に異世界の話を沢山したいんだ。だから、私は冒険者になって世界を旅したいの」

「ぼ、冒険者じゃと!?」


 祖父が目を見開いて驚く。

 冒険者とは、王国が運営するギルドに所属し、ギルドから回される依頼をこなす職業だ。

 依頼は世界中から集められ、中には命の危険が伴うような依頼もある。

 

 この世界で死亡率の高い職業の一つだ。


 祖父が驚くのも無理はない。


 戦士として、集落に住み、狩りを行う方がよっぽど安全だ。

 女の子に冒険者は荷が重すぎるだろう。


 止めようとする祖父。

 だが、イノリは頑なに冒険者になると言い続けた。


 そんな二人の言い合いに終止符を打ったのは、ギンだった。


「ならさ、この集落で一番の爺ちゃんに勝てば冒険者になってもいいんじゃないの?」

「え?」

「ほう?」


 そのギンの何気ない一言が、のちのイノリの運命を決めるのだった。

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