起死回生の銃弾
ドパンッ!!
白亜の鎧を纏った青年の不意を突いて、一発の銃声音が鳴り響いた。
深紅の軌跡を描き、銃口から放たれた一発の魔弾は、青年が手にしていた銀の盃へと直撃。
パキィィン――……
と、甲高い音を響かせ、青年の手の中で粉々に砕け散った。
「――なっ!?」
青年の目が見開かれる。
「なぜ……君が? 君は、アイツが支配したはず……」
「う、うる……せぇ……だよ」
青年の視線の先。
唇を歪め、深紅の拳銃を向ける少女の姿があった。
涙を流し、真っ赤に染まった凛音の瞳が容赦なく青年を睨んだ。
「よくも、あのバカの腕を、アイツらが必死になって守った世界を……」
「やれやれ、君もその口か、彼の仇だ、彼らが守った世界を壊すのを許せないって」
憤怒に染まる凛音に冷水を浴びせるような冷ややかな声が突き刺さる。
「間違ってたんだよ。君たちのやり方は。それじゃあ世界は救えない。大勢の人はまだこの世界に苦しむ」
「何を……言ってやがんだ」
「君ならわかるだろ? 君はそうして、我が王の支配から逃れたんだからね」
凛音の顔が強張った。
まるで、彼の言葉に何かを察したように。
「そう。僕のこの世界――《白世界》の中でなら魔力の暴走が抑えられる。世界との接点を断ち、独立した世界を構築することで、魔力の暴走から逃れることができるんだよ」
「それが、どうしたよ……」
彼の言うことは事実なのだろう。
魔力の暴走の末にある、肉体の完全消滅。
その心配がないからこそ、凛音は魔力の大半を消費して、体内に流し込まれた『魔王の血』を洗浄したのだ。
だが、そんな能力、所詮は芳乃総司の《門》の劣化能力に過ぎない。
それな力で世界を救えるなどと、夢想することはどうしても出来なかった。
「世界の干渉から逃れる能力……それがどうしたよ。お前の力が親父と同じ力だったとしても、あいつらが残した世界を壊していい理由にはならねぇ!」
「いいや、なるさ!」
白亜の騎士が構える。
凛音は魔力の消費による倦怠感を抑えながら、イクスドライバーから《火神の炎》のイクシードを取り出し、ロートリヒトに装填。
震える両手で、一丁の拳銃――ロートリヒトを構える。
「勝負になると思ってるのかい、限界まで魔力を消費した状態で?」
「うる……せぇんだよ!」
どうにか引き金を引き、一発の弾丸が凛音の拳銃から放たれる。
だが、その一撃は青年の横を掠め、外れてしまったのだ。
「もう、銃を使う力も残ってないみたいだね」
凛音の銃弾がそれた直後、青年が地面を踏み砕くッ!
ドンッと地面が砕け、青年が強く凛音の懐に潜り込み、両の拳を凛音の腹部に突きつける。
「あ……がっ!?」
突き貫かれた衝撃は、そのまま凛音の体を蹂躙し、背後のビル群を崩壊させるほどの衝撃波となった。
内臓を破壊するほどのダメージに凛音の意識が弾き出される。
喀血した血に、潰れた肉片が混じっていた。
膝から崩れ落ちる凛音を、白亜の騎士が抱きしめる。
「また、再調整が必要か。つくづく厄介だね、芳乃凛音」
気を失った凛音を抱き寄せ、青年は血の海に沈む一樹を見やった。
「一ノ瀬一騎――君のその力、まだ預けておくよ。どうか次会う時には、人柱としての力を身につけておいてほしい」
青年はそう捨て置くと、歪み、砕けた世界とともに姿を消したのだった――
現実の世界へと帰還したアリスは、気を失った一樹の応急処置をしながら、焦燥に似た気持ちを抱いた。
(一ノ瀬一騎が手も足も出ない……)
それどころか、片腕を失うほどの重傷を負うほどだ。
一方で、白亜の鎧を纏った騎士にさしたるダメージはなかった。
凛音が意識を取り戻さなければ、おそらく全滅していただろう。
それが、相対する敵との力の差だ。
眩暈がするほどの実力差を前に、アリスはただ唇を噛みしめ、目の前の絶望に悲嘆するのだった――