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魔導戦記イクスギア  作者: 松秋葉夏
魔導戦記イクスギアRoute
117/166

イフリート、強襲

「さて――」


 一度和んだ雰囲気を仕切り直すようにアリスは手を打つ。


「現状を整理しましょう」

「……現状だぁ?」


 食ってかかるように目を吊り上げて威嚇する結城にアリスは鋭い視線を向ける。


「そうでよ」

「いらねぇよ、そんなもん」

「……私はいる」

「マシロ!?」


 ジーッと結城を眺めていたマシロが唐突にアリスに味方した。

 ギョッと目を見開いて結城はアリスとマシロを交互に見て。

 そして、観念したように腕を組んで、ドカッと乱暴に椅子に腰かけた。


「……仕方ねぇ、マシロがいるっていうなら、付き合ってやるよ」

「ありがと、トール」

「で、現状って?」

「まず、一人ひとりの立場の整理と力の理解ですね。今のままだといざという時に連携が取れませんから」

「連携?」

「えぇ、これから行動を共にするのに素性を知らないと困るでしょ?」

「……それは、確かに」

「まぁ、マシロが言うなら聞いてやるよ」


 アリスとマシロ、結城の視線が一騎に向けられる。


(これ、もしかして僕から?)


 ジッと向けられる六つの視線。

 どうにも慣れない視線に居心地の悪さを覚えながら一騎はしどろもどろに口にする。


「僕は……一ノ瀬一騎」

「知ってるよ! 俺が聞きたいのは、お前があの動画の人間で、世界の敵か? って事だよ!」

「それは違うよ。僕は世界の敵じゃない」

「それを証明する人間いんのか?」

「いない……けど」


 かつて一緒に戦った特派のメンバーたちはイノリを含め、全員が異世界へと帰還している。

 凛音の敵に回った今、一騎の三か月前の戦いを知るのは結奈くらいなものだろう。

 

「なら、お前を差し出せば、俺らは世界を救った英雄ってか?」

「それはどうでしょうね」

「あぁ?」

「一ノ瀬一騎は私たちに残された最後の希望かもしれないんですよ」

「最後の希望?」

「えぇ、研究会と戦える戦士は今のところ一ノ瀬一騎しかいないんですよ」

「僕が!?」


 嘘でしょ?

 だって、僕、今まともに変身できないんだよ?


 それを知ってるのは他ならぬアリスだ。

 だが、アリスはふふん。と鼻を鳴らし、結奈を見た。


「えぇ。彼女が面白い情報を持っているんですよ」

「面白い、情報?」

「えぇ、凛音の置き土産なんだけどね」


 一度席を外した結奈は一つのアタッシュケースを持ってきた。


 机の上に置かれたアタッシュケースをゆっくりと開ける。

 そこには、今、この場所にはないはずの宝石が仕舞われていた。


 淡い魔力の燐光を帯びたその宝石は――


「イクシード!?」


 凛音が海外へと持って行ったはずのイクシードだった。

 三か月前、一騎が封印した全て――というわけではないが、今、現状を打破できる力が目の前にあるのは確かだった。


「えっと、凛音は全てのイクシードを封印する気は最初からなかったみたいなの」

「それってどういうこと?」

「芳乃凛音は私たち研究会の存在を知っていたんですよ」

「アリスちゃんたちを?」


 そんな話、一度も凛音から聞いたことがない。

 ポカンと間抜けな表情を浮かべる一騎にアリスは深々とため息を吐く。


「芳乃凛音から話は聞いていなかったのですか?」

「……うん」


 この三か月、凛音は一騎にイクシードにまつわる情報を何一つ話してこなかった。

 理由はだいたい察しがつく。

 

 大切な恋人だったイノリと離れ離れになり、意欲を失っていた一騎に不安を与えないようにしていたのだろう。


「仕方ありませんね。いいですか? 凛音は三か月前の戦い――いいえ、その最中から私たちの存在に感づいていたんですよ」

「そうだったの?」

「恐らく……ですがね。研究会はもともと芳乃総司の発案で生み出された組織ですから」

「芳乃総司が?」

「えぇ、特派から奪った試作型のドライバーを完成させ、総司が独自で奪ったイクシードを研究する組織――それが研究会の発端ですよ。芳乃凛音が知らないはずがないでしょう」


 アリスはアタッシュケースからイクシードを手に取り、転がしながら淡々と告げた。


「海中へのイクシード封印も恐らく、私たちのメンバーをおびき寄せるための餌――だったつもりなんでしょうけど、その結果、敵の手に堕ちるとは、間抜けですね」

「……やめてくれないか?」


 アリスに悪気がないのはわかっている。

 けど、大切な仲間を酷く言われるのは我慢できない。


「凛音ちゃんは一人で背負ってきたんだ。僕の分まで。それを悪く言われるのは気分が悪いよ」

「そう、ですね。今、彼女のことを言っても仕方ありません、ですが、一ノ瀬一騎、あなたは再び凛音と戦えますか? 敵に回った彼女と」

「……戦うよ。そして助ける。凛音ちゃんが彼らに協力するとは思えないからね」

「……そうですか」


 口ごもる凛音の脇を通り抜けて、一騎は凛音が残したイクシードを眺めた。


 クスリと笑みがこぼれる。

 このイクシードを凛音は残してくれたのか。


 イノリの象徴ともいえる《流星ミーティア》のイクシード

 そして、初めて一騎が遭遇した《魔人》のイクシード《ブレイド


 イノリの姉、ユキノの能力《氷雪》


 どれも一騎に縁のあるイクシードだった。


 ありがとう、凛音ちゃん。


 一騎は心の中で、ここにはいない仲間に感謝の言葉を向ける。

 

「アリスちゃん、僕は戦うよ、彼らと。君はどうするの? 僕と戦うの?」

「まさか、あなたと戦ってもこちらの戦力が減るだけ。今さら意味はありません。私は研究会を彼らから取り戻します。あそこは私の居場所ですから」

「そっか。君たちは? どうするの?」

「俺たち?」


 結城はふてぶてしく腕を組みながら眉を寄せる。


「俺たちは安全に住める場所があればそれでいいんだよ」

「安全に?」

「あぁ、あの戦乙女だっけ? あいつらに追われずに安全に暮らせる場所」

「そんな場所はありませんよ」

「あぁ!? なんでそんなことが言えんだよ!!」

「戦乙女があなたを襲った理由、それは、マシロさん、あなたが召喚者だからですよね?」

「……召喚者? 私が?」


 表情の乏しいマシロが僅かに目を見開いてアリスを見つめた。

 アリスは「えぇ」と頷いてから、結城とマシロを交互に見やる。


「結城透、あなたはただの人間――と言っていいのかわかりませんが、恐らくはこの世界の住人でしょう。召喚者にしては魔力量が少ないですしね。けれど、マシロ、あなたからは途轍もない魔力を感じます。この場にいる誰よりも強大な。おそらく召喚者だからでしょうね」

「……知らなかった」

「し、知らなかったって……」


 一騎はマシロの一言に言葉を失う。

 確かに、マシロの見た目は十代くらい。

 この世界に召喚者が来たのが十年ほど前だから、召喚されたときはまだ幼い――イノリよりも幼い少女だったのだろう。

 異世界の記憶がなくても仕方ないのかもしれない――


 そんな一騎の予想を裏切るような一言を結城が漏らした。


「それは絶対にねぇよ」

「結城?」

「俺はガキの頃からマシロと一緒にいるんだ。こいつが召喚者? って奴ならずっとあんな場所にいなかっただろうよ」

「あんな場所?」

「俺らが元いた場所だよ。周りは白い壁だけ。いるのは俺らみたいな不思議な力が使えるガキとマシロと白衣を着た大人」

「どこだよ、そこ……」


 ますます怪しい。

 そんなおかしな場所にいたんなら、結城もマシロもこっちの世界の関係者かもしれない。


「恐らく、研究会の日本支部ですね。三か月前に閉鎖になっていたはずですが」


 ……え?

 今、アリスはなんて言ったんだ?


「……ねぇ、アリスちゃん、話についていけなんだけど、研究会って日本にもあったの?」

「ありましたよ、ですが三か月前の戦いで廃墟になっていたはずです。あなた達の戦いに巻き込まれてね」

「そう、だったの?」

「恐らく、彼らはその時の混乱に乗じて研究会を脱走したのでしょうね……なるほどだから彼らから魔力を感じたわけですか。結城も研究会に集められた孤児の一人だったんでしょうね」

「孤児?」


 一騎は二人に聞こえないように小声でアリスに聞いた。

 アリスは淡々とした様子で答える。


「えぇ、イクシードの被験者にするなら、肉体が完成した大人より、未発達の子供の方が魔力が馴染みやすいですからね。私のいた研究会でも大勢の孤児が魔力実験に参加させられていましたよ」

「なんてことを……」


 一騎は経験がないのだが、魔力が肉体に宿るのはそれ相応の痛みを伴うらしい。

 凛音も暴れ狂う魔力を宥めるのに、七年も昏睡していたのだ。


 そんな危険な実験を平然とやってのけるなんて……


(なんなんだよ……その研究会って!! ふざける!!)


「そんな怖い顔、しないでください。もう過去の話ですよ」

「……それでも、研究会が彼らにした仕打ちは許せないよ。僕は……」

「一ノ瀬一騎、私たちとの決着は全てが終わった後でも構わないはずですよね?」

「……」

「今は研究会との闘いよりも、あの仮面の男たちの決着が先です。彼らはどう考えても世界の敵になりますよ」

「……」


 研究会もあの仮面の男もどっちも放っておけない。

 なら……


 研究会を彼らが乗っ取ってる今が絶好のチャンスかもしれない。

 研究会と彼ら――二つの組織を同時に倒せるまたとないチャンスだ。


 なら、今はあれこれ考えずに敵に集中すべきだろう。


「……わかったよ。アリスちゃんとの決着はその後にしよう」

「えぇ、休戦協定が結べたところでさっそくですが、一ノ瀬一騎、あなたには特訓してもらいますよ?」

「特訓?」


 その言葉、嫌な思い出しかないんだけど……


 脳裏に過ぎったのはイノリとの特訓やクロムとの訓練……

 どれも血反吐を吐く思いをした経験しかない。

 一騎にとって、特訓とは一つのトラウマになりかけていたのだ。


「僕、特訓はちょっと……」

「何を言っているんですか? 芳乃凛音が残したイクシードを扱えるようになる為にも、あなたには新しい戦闘方法が必要――」


 アリスがすべてを言い終える直前。


 それは唐突に訪れた。


 ズドオオオオオオオンッ!!



 地下基地全体を揺らす巨大な振動が一騎たちを襲う。

 立っていられないほどの衝撃に一騎たちは近くにあった椅子や机に縋りつく。


「な、なんだ!? この揺れ!?」

「トール!!」

「マシロ、近くに!!」

「……うん!」


「結奈も僕の側に!!」

「う、うん!」

「それより、早くこの基地から脱出しますよ! 潰されたいんですか!!」


 それもそうだ!

 この基地の安全とは言えない。

 未だに衝撃が収まらない基地から全員が脱出する。

 そして、地上にあった『周防』を見て、誰もが言葉を失った。


「な、なに……これ!?」


 崩壊した『周防』

 見慣れた寮が跡形もなく吹き飛んでいた。

 そして、鳴り響く避難警報の音。


 その音をかき消すようにガシャンと場違いな金属を叩きつける音が一騎の鼓膜を刺激する。


「――久しぶりだな、一騎ぃ!」

「……凛音、ちゃん」


 声のした方へとゆっくりと振り返る。

 硝煙が燻る銃口を『周防』へと向けていた凛音が、深紅のギアを纏い、一騎へと歪んだ笑みを浮かべる。


「要件は言わなくてもわかるよな? お前に預けたイクシード、頂きにきたぜ!!」


 その言葉と共に煌々と輝く深紅の銃口が向けられるのはほぼ同時だった。

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