敵意の向く先
「な、なんだよ……これ!?」
一騎は地下基地に設置されたメインモニターに投影された映像を目にし、絶句していた。
モニターには三日前の映像――戦乙女との戦闘を終えた直後に全国に向けて放送された動画が映し出されいたのだ。
ネット上に放流されたその映像はすぐに削除されたそうだが、人づてに動画は出回り、今では世界中の人たちが知ることとなっている。
『私は、異世界より召喚された魔王だ』
動画に映し出された映像には王座と思われる豪華な椅子に腰かける一人の青年を映し出していた。
外見は二十歳ほど。
やや痩身な体つきではあるものの、聡明さを彷彿させる雰囲気やカリスマ性を纏っている。
黒を基調とした衣服やマントはなるほど、彼が口にしたように『魔王』を連想させる佇まいだ。
加えて、素顔を隠す仮面はよりミステリアスなイメージを一騎に連想させる。
彼が仮面をつけながら男だと判断できたのは起伏のない胸元やくぐもった声音によるものだが、それよりも釘付けにされたのは彼の発する言葉にこそあった。
告げられた真実は一騎の知る情報と同じ。
三か月前の総司との戦闘シーンや空に穿たれた巨大な黒い穴の映像など――
極秘裏に扱われてきた情報すら全世界に晒し、彼は言った。
『これは全て真実だ。一部の人間たちはこの情報を隠蔽し、彼らによる被害を握り潰してきたのだ!!』
拳を握り、声高々に叫ぶその男の姿に一騎は足元から力が喪失するような感覚を抱く。
彼の言葉は確かに真実だ。
十年前の厄災が一人の人間の欲望によって引き起こされたこと。
そして、この十年大勢の人たちの生活を脅かしてきた《魔人》の存在。
だが、真実ばかりを彼は口にしているわけではなかった。
『全ては異世界の力を我が物にしようとした彼らにこそある!!』
そして映し出された映像にはギアを纏った一騎とイノリ、そして、芳乃総司やかつての特派のメンバーたちだ。
『イクシードと呼ばれる異世界の力を欲した彼らは世界が破滅しようとも強欲にその力を欲した。大勢の人たちの命すら捨て、己の欲だけを欲したのだ! この蛮行を許せるか? いいや、断じて否だ!』
故に――
その掛け声と共に、彼の背後に幾人もの人影が現れる。
純白のギアを纏った青年を先頭に、数多くの戦乙女たち。
そして、深紅のギアを纏った見慣れた少女――芳乃凛音。
『私は許さない。彼らの蛮行を。彼らの存在を。彼らから力を奪い、この世界から駆逐する。その為の白騎士――その為の王国――その為の魔王が今、ここに誕生したことを諸君らに宣言しよう!!』
映像はそこで中断される。
だが、一騎はノイズの走る映像からしばらく目を離すことが出来ずにいた。
汗が頬を伝い、目はこれでもかと見開かれたままで。
アリスの冷淡な声音が響く。
「これが三日前の映像です。そして、今、世界はこの映像の真意を問いただしているんですよ。ですが、三か月前の戦いも芳乃総司の欲望も真実。たった一つの嘘を覆すだけの根拠がない。
一ノ瀬一騎、あなたは今、世界中の敵なんですよ」
その声すら耳に届いた様子はない。
ただ、ぽつりと一言。
「どうして、凛音ちゃんが……」
あの映像には凛音の姿もあった。
深紅のギア――《スターチス》の姿は見違えはしない。
それに、たった数日前に別れたばかりだ。彼女の声も笑顔も鮮明に思い出せる。
嘘だ――と一騎は信じたかった。
けれど――
「ど、どうしよう、一騎……この三日間、ずっと学校のみんなだけじゃない大勢の人が一騎のことを探しているの。イノリこともそうよ。今どこにいるのか? ってずっとつめ寄られてるのよ」
「みんなが?」
「えぇ。この動画の翌日にね、クラスメイトだけじゃない。テレビの人達がこの寮に押し掛けたのよ。アリスのおかげで何とかなったけど……」
アリスは肩をすくめて吐息を吐く。
表情こそ変わらないが、よく見れば、疲労が滲み出ていた。
異世界に戻ったイノリはすでに学校を転校扱いになっていた。
特派のメンバーも今はこの世界にはいない。
芳乃総司は三か月前の戦いの戦いで消滅していた。
動画に映し出された主要人物が姿を消しているのだ。
ますます信憑性を与える結果になっただろう。
「どうして、こんなことに……」
誰に向けたわけでもない独白。
その言葉をアリスが拾い、一つの推論を立てた。
「一つは彼らの立場を確実なものにするためでしょうね。あの映像の発信元は異端技術研究会からのものでした。自分たちを正義とする事で、これからする行いの正当化を図ったんでしょうね」
「アリスちゃんの組織の人達なの?」
「違いますよ。研究会にはあんな男もそして《ヴァイスリッター》と呼ばれた騎士たちもいませんでした。おそらく研究会を乗っ取り、異世界の技術をすべて奪ったのでしょうね。だからこそ、彼らにもイクスギアの力がある」
研究会でもギアの研究はしてましたから。とアリスはつづけた。
「そして、あなたを世界からはじき出したのは、もっとも危険なあなたを孤立させるためでしょうね。
こんな映像が出回ってしまった以上、日本政府は現特派を見限るでしょう。たった一人、孤立したあなたを倒すなら難しくない――」
「けど、その先は? 僕を倒してどうするのさ?」
一騎一人の力は大きなものではない。
拳の届く範囲。手の伸ばせる範囲でしか誰も助けられない一騎の力などたかが知れているだろう。
彼らの本当の目的は?
それにどうして、凛音が彼らについているのか――
その全ての疑問をアリスは――
「知りませんよ、そんなこと」
その一言で一蹴した。
「……」
確かにその通りなんだけど……
もっとこう、憶測でもいいから考え的なものはないのだろうか?
首を傾げる一騎にアリスは冷淡な視線を向ける。
「まさか、私一人で考えろ? あなたも少しは頭を使ったらどうですか? 飾りじゃないんでしょ、それ」
あまりもあんまりな言い方に一騎は思わず顔を顰めた。
そして、同時に確信する。
彼女とは絶対に馬が合わない。
一騎はふつふつと沸騰する怒りを必死に宥めながら。
「ま、まぁ、そうだね……僕も考えてみるよ」
短慮な行動に出ないように必死になって取り繕う。
だが、そんな一騎の努力をあざ笑うように――
「どっしゃあああああああああああ!!」
場違いな叫び声が鳴り響く。
「な、なんだよ!?」
思わず悲鳴のした方へと視線を向けると……
そこには蒸気した半裸の男が、滴る汗をそのままに腕立てをしていたのだ。
え? い、いつから?
今まで、映像にばかり気をとられていた一騎。当然、彼の存在に気付くはずもなく。
「九九九――……せぇぇぇぇんッ!!」
男は掛け声と共に、腕を勢いよく上げる。
一騎は、無言で汗を流す男に近づき――
アリスに対する怒りも含め。
スパーンッと勢いよく男の頭をはたく。
「いってぇぇ!! んだよ、突然!?」
「それはこっちのセリフだ! 君、誰!?」
「あぁ? 俺は結城透だ! お前こそ誰だよ?」
「いや、どうして君がここにいるんだよ?」
「この部屋に集合って言ったのはそのアリスだろ? なのに俺たちそっちのけでつまんねぇ動画を何回も見やがって……仕方ねぇから筋肉育ててんだよ」
そういった結城の横には色白な白髪の少女がジーッと結城の体を座って眺めていた。
この二人……見覚えがあった。
三日前、戦乙女に追われていた二人だ。
けど、なぜ彼らがここに?
「これ、どういうこと?」
一騎は二人を指してアリスに視線を向けた。
アリスは渋々といった様子で。
「仕方なかったんですよ。彼らは戦大乙女に追われていた。つまり、彼らには追われる理由があるはずなんです。それが現状の突破口になる可能性もある――追い出すわけにはいかないでしょう?」
「……はぁ」
確かにアリスの言い分には一理ある。
それに結城は三日前、確かに魔力を纏っていた。
その辺りの事も知りたいが……
「……結城? だっけ?」
「おう。お前は?」
「僕は一騎。一ノ瀬一騎。質問だけど、戦乙女に追われていた理由に心当たりは?」
「あるわけねぇだろ? あんなバケモン見るのも初めてだっての」
嘘……じゃなさそうだ。
ふてぶてしく、胡坐をかく結城を見ながら、一騎は続けて質問した。
「なら、あの魔力は? どうしてギアもなく魔力を操作できるんだ?」
「ギアってなんだよ?」
「これだよ、このブレスレット。このブレスレットは魔力を制御する力があるんだよ。暴走を抑えたり、武器を纏ったりな」
「……あの時の黒い剣、そういや魔力で出来てたよな?」
「そう。このギアがなければ魔力は暴走してろくな制御もできない。魔力を武器に変えることもできないはずだ」
「……ねぇよ、そんな便利な機械。魔力の制御? そんなもん、根性だ、根性!」
「はぁ?」
根性でどうにかなる代物じゃないだろ?
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる一騎に白髪の少女が言った。
「トールの言ってることは本当」
「えっと、君は?」
「マシロ」
「マシロちゃん?」
マシロはこくんと頷く。
タオルを握りしめた少女は幼く、ビスクドールのように可愛らしい外見の少女。
裸ワイシャツ――などという際どい恰好でなければ、一騎は目を合わせて話をしていただろう。
そっぽを向きながら一騎はマシロを視界に入れないように囁いた。
「どうして裸ワイシャツ?」
一瞬視界に入った彼女はボタンをつけていなかった。
慎ましやかな乳房が一瞬見えた時には心臓が止まるかと思った。
マシロは頬を赤らめ、淡々と答えた。
「誘惑。トールの」
「ならねぇってそんな貧相な胸じゃ」
「トールはロリコンに目覚めるべき。……さぁ、カモン」
腕を広げ、結城に抱きつこうとするマシロを結城は片手で制する。
「や め ろ! バカマシロ!!」
「欲情しないトールが悪い。もっと彼を見習うべき」
マシロは半裸を見て頬を赤く染めた一騎を指さしながら、結城の耳元で囁く。
「ちょっと一騎、なに赤くなってるのよ!!」
そんな一騎を見て、結奈が腕をまくるような素振りをしながらつめ寄ってくる。
途端に先ほどの緊迫感が消え去った基地内にアリスの疲れ果てた吐息が漏れるのだった。