銀狼の欠片
二つの影が交錯する。
激しい火花が散り、ガシャン――……と一騎たちの目の前に折れた黄金の剣が突き刺さる。
アリスは折れた剣を戦乙女に投げつけ、即座に別の剣を錬成した。
空気中の塵に含まれる僅かな鉄を錬成し、武器とするアリスの《空中錬成》はまさに無限の武器庫だ。
だが、欠点が二つほどある。
一つは、《空中錬成》はアリスの魔力量に応じて錬成できる武器の種類が制限される点だ。
魔力が十分にある状態でなら、大型の武器も作ることが出来ただろうが、
もともと、魔力量に制限のあるアリスには大それた錬成が出来ない。
そして、最大とも言える欠点が――錬成された武器は何の能力もない鉄の塊、ということだ。
精錬された剣であろうとその材質は空気中の僅かな鉄や塵。
その材料では、いかに攻撃を当てようとギアを纏った戦乙女に傷をつけることが出来ない。
先ほどの剣戟――アリスの一撃は戦乙女の体に直撃していたが、剣の方が堅牢なギアの強度に負け、折れてしまったのだ。
「話になりませんよ」
「それはどうですかね」
アリスは再び二本の剣を錬成し、戦乙女に飛びかかる。
左右から連続で放たれる二連撃。
だが、戦乙女は逃げる素振りも防御の構えもなしに、その二連撃の直撃を受ける。
「その程度の攻撃が通じるとでも?」
直後、アリスが飛びのいた。
戦乙女が無造作に振るった一撃がアリスの頬を撫でる。
鮮血が飛び散り、アリスの頬から血が流れる。
「……確かにただの錬成では敵いそうにありませんね」
「ようやく理解しましたか? 圧倒的な力の差に」
「いいえ、むしろ感謝してますよ」
「感謝?」
「ええ。私の存在理由を証明するには申し分ない敵だということに。情報ではたった一人の少女に三千もの戦乙女が倒されたとありましたからね。もっと弱いと思っていましたよ」
「……」
アリスの言葉に戦乙女は口をきつく閉じ、剣呑な眼差しを向けた。
その一言が戦乙女の逆鱗に触れたのは間違いなかった。
ボンッと闇色の魔力が爆ぜ、戦乙女の怒りを体現するかの如く、周囲を闇で覆い隠す。
アリスは無手で構え、じりじりと後退した。
「そうですか。あなたは知っているのですね。あの敗北を」
「えぇ、知っていますよ。三か月前の戦いのその最後を。だから嬉しいんです。私があなたの力を勘違いしていたことに」
「……私を倒せると?」
「はい。全力を出してもいい相手だと」
「勘違いも甚だしい。全力を出したところで、人間風情が私に敵うとでも?」
「ただの人間じゃありませんよ。私は錬金術師ですから」
アリスは叫ぶと再び地面を蹴るのだった。
◆
「まぁ、そうなるよね」
一騎は深々とため息を吐きながら拳を構えていた。
敵は二体の戦乙女だ。
一体はアリスが足止めしているが、その一体が限界なのだろう。
残ったもう一体が一騎と透、マシロの前に立ち塞がっていたのだ。
戦乙女の腕が光り、ガントレットが鋭いかぎ爪の武器へと変貌していた。
イクシード《爪》の能力を使ったのだろう。
三つの爪は鋼鉄をも軽く引き裂くほどの切れ味だ。
イクスギアの防御なくして受け止められる攻撃じゃない。
一撃でも当たれば致命傷だ。
「イクスギア――フルドライブッ!!」
ありったけの魔力を込め、再びギアの起動認証コードを叫んでみたが、結果は変わらず。
ギアを形成するための魔力が足りず、白銀の魔力が薄っすらと一騎の体を覆うに留まる。
「やっぱ、ダメか……」
原因はわからない。
なぜ、ギアを纏えないのか、急に魔力がなくなったのか……
その理由がわからなければ、再びギアを纏うことは出来ないだろう。
だが、その考える時間すら今はない。
一騎の一瞬の硬直を狙って戦乙女が《爪》を振ってきたのだ。
間一髪でその一撃を戦乙女の股を掻い潜って避ける。
一騎のは背後にあったコンクリートの塀がバターのように軽々と引き裂かれる。
ゾクリと背筋が凍り、血の気が引いていく。
粟立つ全身の恐怖を叱咤しながら一騎は素早く身を起こし、魔力を足先の一点に収束。
圧縮された魔力が白銀の輝きを迸らせる。
圧縮された魔力の宿った足を地面に叩きつける。
その瞬間、ドンッと地面が大きく陥没し、一騎の体が衝撃によって跳ね上げられる。
戦乙女の頭上を軽々と跳躍しながら一騎は魔力を宿らせた足先を戦乙女へと向ける。
落下の勢いと一騎の魔力を加えた強烈な一撃が戦乙女の頭上を捉え――
「喰らえッ!!」
一騎の飛び蹴りが戦乙女に直撃した直後、未曾有の衝撃が一騎を襲う。
まるで、足先から剣を突き刺されたような痛みが全身を駆け巡り、一騎は痛みに顔をしかめる。
だが、一騎は攻撃の手を弛めなかった。
今、攻撃を止めれば、殺されるのは一騎だ。
幸い、蹴りを繰り出した足先は貫通されていない。
迎え撃った《爪》とぶつかり合い、しのぎを削っているだけで、足の貫通には至っていない。
ならばと、一騎は足先を起点に体の軸を動かし、地面に倒れこむように体勢をワザとずらす。
その瞬間、拮抗を失った《爪》の斬撃が一騎を襲う。
だが、その一撃は一騎の上着を掠め、鼻先を撫でるだけにとどまり、落下した一騎は両手で地面を押し上げ、無防備な戦乙女の顎に向かって魔力を宿らせた蹴りを再び放った。
ドンッと戦乙女の体が吹き飛ばされる。
魔力を宿した一撃はそれなりの威力があったようで、山なりに吹き飛ぶ戦乙女を見上げながら、一騎は警戒心を一切弛めることはなかった。
当然だ。
戦乙女は凛音と同じギアを纏っている。
つまり、弾くだけの威力は出せても、ダメージを与えるには程遠いのだ。
吹き飛ばされた戦乙女は《爪》のイクシードを解除し、白銀の銃口を一騎へと突き付けた。
「――ッ!?」
驚き、慄く暇もない。
体が無意識に動き、射線から体を逃がしていた。
その直後、鉛の雨が降り注ぐ。
地面を穿ち、一騎を追う散弾に一騎は全力で逃げた。
魔力の壁を銃口に向けて展開するが、一点に集めるよりも強度に劣る魔力の壁では全ての弾丸を防ぐ事が出来ず、無数の銃弾によって銃痕を刻まれる。
そして、終に――
流れた血に意識を奪われ、体勢を崩す。
前のめりに地面に転がり、一騎は痛みに悶絶する。
その致命的な隙を狙い、戦乙女は引き金を引いた。
ドパンッと放たれる一発の弾丸。
死を覚悟したその一撃を。
「ぼさっとしてんじゃねぇ!!」
蒼い魔力を宿らせた少年――結城透が拳で吹き飛ばしたのだ。
「え……? き、君は……」
「助けに来たやつが助けられてんじゃねえよ!」
ごもっともで。
一騎は自分の体を見て、苦笑を浮かべた。
彼らを庇って戦乙女と戦ったはずなのに、助けられるなんてな。
全身は銃痕で夥しい量の血を流しているが、致命的な傷はない。
痛みを噛み殺し、一騎はゆっくりと傷ついた体を起こす。
そして、蒼い魔力を放つ少年と並び立つと不敵な笑みを浮かべた。
「うるさいよ」
「な!? てめぇ、人が心配してやってるのに!!」
「いらないよ、そんな心配。君は君と彼女の心配でもしてるんだ。もう、体力も魔力も限界だろ?」
「お互い様だろうが」
「それはどうかな?」
確かに体のダメージは無視できない。
魔力も少なすぎて、ギアを纏えない。
状況は絶望的だろう。
だが、まだ、戦えないわけじゃない。
裂けた上着の胸元で光る白銀の輝きが一騎を支えてくれる。
大切な少女が残してくれた、彼女の輝きが一騎に戦う力をくれる。
(僕はなんて馬鹿なんだ……)
一騎は最初から一人で戦えた事など一度もない。
いつも誰かに助けられて、戦ってこれた。
だからだ。
別に一人の力で戦う必要など最初もなかった。
(僕の力だけで戦おうとしていたのがそもそもの間違いだったんだ)
一騎は胸元に輝くペンダントを外した。
ペンダントに加工したそれは、白銀の光を放つ宝石だった。
歪で小さな形の宝石。
それがただの宝石でないのは誰の目でも明らかだった。
イクシード《銀狼》
三か月前の戦いで一騎の恋人――イノリがこの世界に残した彼女の能力の一部。
イクシードとしては弱すぎて、イノリ以外の誰もギアとして纏えないから、戦いが終わった後、一騎がペンダントとして所持していたのだ。
特派の封印指定にもされる事無く、一騎の手元に残った絆だ。
本来なら、イノリしか纏えないイクシードだが、今、《銀狼》のイクシードは一騎の魔力に反応して、かつての輝きを取り戻していた。
一騎の中に宿るイノリの魔力の残滓に反応したのか、はたまた別の要因が作用したのか――
(まぁ、どっちでもいいか)
理由なんて考えてる時間もない。
今はみんなを守る力さえあればそれでいいのだ。
「お、お前、何だよ、それ……」
一騎の手元で輝くイクシードを見た透が慄いた声音で囁いた。
一騎は片手で透の追求を制しながら、「まぁ、見てろって」と不敵な笑みを浮かべて見せる。
イクスギアをスライドさせ、イクシード装填状態へとギアの形態を変える。
そして、装填口に《銀狼》を装填。
スライドを閉じ、イクシードをギアに装填すると、さらに輝きを増した魔力が一騎の総身を覆い隠した。
白銀の繭に包まれながら、一騎は万感の想いを込めて叫ぶ。
「イクスギア――フルドライブッ!!」