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魔導戦記イクスギア  作者: 松秋葉夏
魔導戦記イクスギアRoute
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白銀の追跡者Ⅱ

 周防の周りの住宅街はシン――……と静まり返っていた。

 避難警報が発令されてから十分近くが経過している。すでに住人の避難は完了しているのだろう。

 一騎たちはひっそりとした住宅街の只中に構えた『周防』の前にたどり着く。


「ここが、特派の秘密基地……」


 アリスが驚きの表情で口ごもる。

 

「本当にただの家なんですね」

「そうだよ」


 アリスの声音には驚きと落胆のニュアンスが含まれている。

 

 秘密基地と聞けば誰もがもっと厳かなイメージを抱くだろう。

 巨大なビルの中すべてが研究施設だったり訓練施設だったりするイメージだ。


 だが、『周防』はそのイメージから逸脱している。

 見た目は三階建ての一軒家。

 他の家とほとんど大差ない造りになっているのだから。


 一騎は手早く玄関の鍵を開け、室内へと駆け込む。

 遅れて『周防』に入ったアリスはまた驚嘆の吐息を漏らした。


 あまりにも普通すぎる部屋の間取りに言葉を失った感じだ。

 玄関から入ってすぐに二階へと続く階段とリビングへと続く階段がある。

 階段横の壁には収納スペースだろうか小さな扉があり、一騎は迷わずその扉を開ける。

 アリスが予想した通り、中は収納スペースとなっており,掃除機などの道具が置かれていた。

 一騎は手前に置かれた道具を無造作に取り出し、人が入れるスペースを作るとアリスに中に入るように手招きする。

 首を傾げたアリスが中を覗き見ると、収納スペースの床に隠し扉があり、地下へと続く階段があったのだ。


 その階段を降りると直ぐに、一軒家には似つかわしくない鉄製の壁や床。

 そして大きなエレベーターが姿を現したのだ。

 一騎はエレベーター横のスライドキーに懐から取り出したカードをスライドさせる。

 程なくして、エレベーターの扉が開き、アリスと一騎は地下に建設された巨大な秘密基地へと足を踏み入れるのだった。



 ◆



 三か月ぶりに訪れた地下基地に一騎は胸が締め付けられるような痛みを覚えていた。

 イクスギアの訓練の為に使ったトレーニングルームもイノリと一緒に遊んだ娯楽施設も当時のままだ。


 三か月前の思い出が色濃く残ったこの場所に当時の面影を見た一騎は何とも言えない表情を浮かべたが、頭を振ると巨大なコンソールへと駆け寄る。


 モニターは魔力を察知して自動で起動したのか、この町の地図を表示していた。

 不慣れな手つきで埃が被ったコンソールを弄り、魔力反応を探す。


 程なくして地図の上に赤い表示が浮かび上がる。

 その表示は四つ。

 それが一か所に集まっていた。


「やっぱりおかしい……」


 一騎はそう口ごもる。

 

 魔力反応は検知されたが、それが一か所に集まるなんて――


 しかも反応が四つもあるなんてどう考えても不自然だ。

 これがもし反応が一つだけなら、一騎は本当にただの偶然で《魔人》が取り残されていたのだと勘違いしていただろう。


 だが、この反応を見る限り、偶然取り残されていたとは考えづらい。

 集団の《魔人》発生――これには何か人為的な意思があるように思えてならないのだ。

 

「偶然とは思えませんね」


 横で同じモニターを見つめていたアリスも一騎と同じ意見をつぶやく。

 すぐにでも状況を確認したいが、『周防』からは距離が離れすぎている。

 

 『周防』はかつての《空中艦アステリア》と同規模の設備を誇っているが、アステリアにあった転送装置などの装置はない。


 転移能力のイクシードも今は手元にないのだ。

 すぐに駆けつける事は出来ないだろう。

 そう思い、渋面を浮かべた一騎にアリスは飄々とした様子で予想外の言葉を口にした。


「何をしているんですか? 早く行きますよ?」

「――は?」


 思わず間抜けな言葉が口をついて出る。

 アリスは用は済んだとばかりに部屋を出ていこうとする。

 慌ててその背中を追いながら一騎は現状を説明した。


「あの、行くって言ってもこの場所には転送装置はないんだよ? あの魔力反応があった場所はここから離れているんだ。魔力で強化して走っても二十分以上はかかる距離だよ?」

「魔力をそんな無駄なことに使ってられませんよ。一ノ瀬が提唱するその方法だと走ってる間はずっと魔力を放出し続けることになりますよね? 今から敵陣に行くんですよ? 無駄な魔力は抑えた方がいい」

「ならどうやって行くんだ? まさか車でも盗むつもり?」


 ここが住宅街の一角ということもあり、周りにはガレージに止められた車やバイクなどがあることにはある。

 この『周防』にも二台ほど車を停めるスペースがあるにはあるが、悲しいことに今は一台も停まっていない状態だ。


「まさか。ただの車に魔力で強化した人間を超えられる速度は出せないでしょう?」

「まぁ、そうだと思うけど」


 イクスギアを纏った状態であれば、断言出来ただろうが、ただの魔力強化で車とかけっこしたことは一度もないので何とも言えない表情を浮かべる一騎。


 玄関を素早く出たアリスは虚空に手をかざす。

 何回も目にしたアリスが武器を創り出す工程だ。

 だが、創り出したのは武器じゃなかった。


 一騎は目を見開き、目の前に鎮座する黒い鉄塊の機馬――バイクを見つめた。


「これ、バイクだよね?」

「そうですが?」


 慄く一騎に淡々とアリスは答えた。

 いや、バイクって……


 今しがた車での移動を却下したばかりなのに……


 呆れた視線をアリスに向ける。

 アリスはコホンと咳払いした後、ない胸を張って自慢げに言ったのだ。


「これをただのバイクと思わないでください。見た目こそただのバイクですが、魔力によって稼働するこの子は魔力量に比例して速度を上げるんですよ? つまり、魔力を込めれば込めるだけ速度が上がります。この子があればすぐにでも《魔人》のいる場所に到達できるでしょう」

「……その魔力、だれが注ぐのさ」


 魔力は節約したいと言ったのはこのアリス様だ。

 無駄に魔力を使うこのバイク……正直、どうかと思うのだが……


 困惑する一騎にアリスは無言でバイクのハンドルから伸びたコードを差し出してきたのだ。

 コードの先には腕に巻くようなブレスがあり、それが嫌な想像を植え付ける。

 まさかと思うが……これで魔力を吸い上げるのでは?


 一騎のその予想はアリスの笑顔によって肯定された。


「そんなのあなたしかいないでしょ?」

「待て待て!!」

「どこに待つ必要が? あなたには戦えるだけの力はない。なら、大人しくバイクの電池になることをお勧めしますよ?」

「……た、確かにそうかもしれないけど」


 ギアを纏えない一騎に戦う力はほとんどないだろう。

 魔力で体を強化しても限界はある。

 《魔人》との闘いになればお荷物になるのは明らかだが……


「君の剣を壊したのは僕なのに……」


 ぶつぶつと負け惜しみで小言を口にする一騎。

 そんな一騎に対し、アリスのとった行動は実にシンプルだ。


 一騎の眼前に突き付けられる黄金の剣。

 それだけでない。

 空中にはナイフや大剣、槍や鎌など、凶悪な武器が浮遊している。


 さぁーと血の気が引いていく。

 及び腰になった一騎にアリスの満面の笑みが花咲いた。


「状況は理解出来ましたか?」

「……はい」


 その数分後。


 バイクを操縦するアリスの腰に腕を回して一騎は人気のなくなった街中を疾走した。

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