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魔導戦記イクスギア  作者: 松秋葉夏
魔導戦記イクスギアRoute
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白銀の追跡者Ⅰ

「そう――ですか……」


 アリスは張り詰めた様子でそう口ごもると一騎に剣呑な眼差しを向けてきた。

 そのある種の決意のような眼差しに一騎はゴクリと生唾を嚥下する。


「話せばわかってくれると、理解してくれると思っていました」

「……理解できないよ。僕には」

「不老の夢も人類の変革もあなたには理解できないですね?」

「あぁ……異世界の力をそんなことに使うのは間違っているよ。二つの世界は交わるべきじゃないって教えてくれた人たちがいたんだ。僕もそう思うから」

「……交わってしまった結果は変えられない。だからこそ有効活用しようと思うのはいけない事ですか?」

「その力がまた新たな争いを生む。この世界に《魔人》を産み落とす。そんな歪みは見逃せないよ」


 一騎の決意もアリスの意思も交わることはないだろう。

 説得は出来ない。

 なら――互いに手にするのは己の武器だろう。

 アリスの左手に魔力の光が収束する。

 集まった光が黄金の剣となりアリスの手に収まる。


 一騎は冷や汗を滲ませながらアリスから距離をとる。


「なら、やはりあなたはここで倒します。たとえギアを纏えなくても」

「――ッ!?」


 その一言に一騎は心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受けた。

 なぜバレた!?


 一騎の動揺を見抜いたアリスが視線を細め一騎を見やる。


「気づかないとでも? 気づきますよ。あれほど近くにいたんですよ? 今のあなたからは微弱な魔力しか感じられない。そんな魔力ではイクシードをギアとして纏うことは出来ませんよ」

「……そんなことまでわかるんだね」

「仮にも研究会の一人ですよ? イクスギアもイクシードももしかしたらあなた達より詳しいかもしれませんね」


 一騎は奥歯を嚙みしめる。

 おそらくアリスの言葉は真実だ。

 一騎はイクスギアを纏う戦士ではあってもイクシードを調べる研究はしていない。

 イクシードに関しては未だに知識不足だった。


 現に一騎はギアを纏えない理由を察することは出来なかった。

 だが、アリスはそれを側に寄っただけで見破ったのだ。

 その事実だけで一騎とアリスの知識の差には大きな隔たりがあるのは確実だ。


「だろうね……」

 

 一騎は皮肉めいた笑みを浮かべ魔力を振り絞る。

 たとえギアを纏えなくても戦えないわけじゃない。


 三か月前の戦いの日々を思い出せ。

 戦うための記憶はそこにある。


 一騎はゆっくりと拳を握りしめる。

 一騎の構えを見据えたアリスはひどく言いにくそうに表情を陰らせた。


「本気ですか? 戦う力もないのに戦うと?」

「本気だよ。君たちは止める。みんなが紡いだこの世界を壊させやしない」


 バクバクと心臓が早鐘のように脈打つ。

 勝算があるわけじゃない。

 この程度の魔力ではギアを纏えないのだろう。

 実際、ブレスレットに魔力をつぎ込んでもギアは形成されていない。

 ギアを形成するはずだった魔力エネルギーは薄っすらと一騎を包みこむように展開されるだけでそれ以上の効果を発揮する様子はなかった。


 だが、密度を増した魔力エネルギーは防御壁として役に立つはずだ。

 魔力障壁――というべきエネルギー膜が一騎の命を繋ぐ唯一の装備だろう。


「その程度の防御壁に意味はありませんよ。一撃で切り伏せます」


 ゆっくりと黄金の切っ先が持ち上がる。

 両刃の直剣だ。

 今まで彼女が見せてきた武器の中で一番しっくりくる。

 鍔本はバラのように煌びやかで刀身には刃こぼれ一つない。

 その造形美はイノリがかつて握っていた刀――《銀牙》にも匹敵する美しさだった。

 

(確かに、切れ味は良さそうだ……)


 ただの魔力の壁など容易く切り裂くだろう――そんなビジョンを安易に想像させるほどの威圧を兼ね備えた剣に一騎は緊張を強いられる。


 アリスが一歩、一騎ににじり寄る。

 それが戦いの合図となったのだろう。

 次の瞬間、アリスは爆ぜるように地面を蹴り上げ、剣を唐竹に振ってきたのだ。


(はやっ!?)


 間合いは数メートルはあったはずだ。

 一息でその距離を詰めるアリスの運動能力は一騎と引けをとらないだろう。

 先ほど、動きが緩慢だったのはあの身の丈を超える大剣を振っていたからか。


 とっさに体を捻り、剣の直撃を躱す。

 だが打ち下ろされた直剣は蛇のようにその軌道を変え、避けた一騎を追随してくる。


(おまけに上手いっ)


 本当にさっきの間抜けぶりは何だったのか!

 思わず愚痴りそうになる気持ちを抑え、体を屈めその一撃をやり過ごす。

 

「このっ!!」


 一騎を見下げたアリスの瞳が憤怒に彩られる。

 アリスの手にした剣は一騎の脳天を穿たんと垂直に振り下ろされるが、それよりも早く一騎の体が動く。


「オォッ!!」


 屈んだ状態から屈伸に要領で体のバネを使い、勢いよく飛びあがる。

 魔力を足先の一点に収束し、白銀に輝く右足で強烈な回し蹴りを直剣の腹に喰らわせる。


 魔力と金属の衝突により激しい魔力光が視界を埋める。

 だが、どうやら一点に集めた魔力にはそれなりの強度があったらしく、一騎の足先は切り落とされることなく、そのまま剣をはじき返す事に成功していた。


 一騎はふぅっと安堵の吐息を吐く。

 純粋な魔力による攻撃は凛音も使っていた技術だ。


 凛音が使う深紅の拳銃から放たれる弾丸はおそらく魔力を圧縮させた銃弾だろう。

 かつてその戦闘を見ていたからこそ、とっさに足先の一点に集める攻撃手段を思いついたわけだが、実際に通用するかは大博打だったのだ。


 剣を弾かされたアリスは目を見開いて大きく欠けた刀身を見つめていた。


「どうやらただの魔力にも使い道はあるみたいだね」


 一騎のこの一言にどう思ったのか、みるみる頬を真っ赤にさせるアリス。


「まったく、贅沢な使い方を……」


 悔しそうに呟くアリスに一騎は小首を傾げた。

 贅沢? どういう意味だ?


 一騎に言わせれば多種多様な武器を使うアリスの方が贅沢な使い方をしているとしか思えない。

 そして今も使い捨てのように欠けた剣を放り投げ、まったく同じ剣をどこからともなく創り出しているのだ。


 アリスの方がよっぽど贅沢だろう……


 一騎はその一言を飲み込み、今度は拳に魔力を集中させる。

 白銀の光が集まった拳を握りしめ、拳闘の構えをとった――


 その瞬間。



 ウウウウウウウウウ……――


 

 町中からサイレンが響き渡る。

 それはこの町の人なら聞きなれた――けれど、もう二度と聞くことはないと思っていた警報――


 《魔人》の発生を知らせる避難警報だ。


「う、嘘だろ……」


 戦闘のことなど思わず頭から抜け落ちるほどのショックにアリスが怪訝な表情を浮かべた。


「この警報が何ですか?」

「知らないのか?」

「えぇ」


 キョトンとした表情を見せるアリス。

 どうやら本当に知らないようだ。

 この日本では、《魔人》の存在をカモフラージュするために地震警報としてこのサイレンを鳴らしていたはずだが、その事を知らないとなるとアリスは……いやアリスの所属する研究会とやらは海外に拠点を置くのか?


 それとも……アリスには意図的に情報が伏せられていたかのどちらかだろう。

 どちらにせよ、この警報は見過ごすわけにはいかない。


 すぐにでも『周防』に戻り、地下の基地で魔力の出所を調べたいが、果たして目の前の少女が見逃してくれるかどうか――



 考えても仕方ないか……


「……これは《魔人》が現れた時になる警報だよ」

「《魔人》が?」


 到底信じられない。とでも言うかのように目を見開いてアリスは一騎を見つめた。


「《魔人》はもうこの世界にはいないはずでは?」

「そのはずだ。けど、こうして警報が鳴ってることはもしかしたらあの時、還り損ねた召喚者がいるのかもしれない」

「待ってください! そんなことが? 召喚者が帰還してから三か月も経っているんですよ? いくら何でも……」


 そうだ。いくら何でも遅すぎる。

 暴走する魔力を制御する術を持たない召喚者はすぐに魔力暴走に飲み込まれ《魔人》と堕ち、誰かを襲うはずだ。

 三か月もの間、一度も警報がなかったのはおかしい。

 誤報かもしれない。

 けど、それを確かめる為にも……


「僕は町に現れた《魔人》を止める。君との決着はその後でも構わないかな?」

「……」


 アリスは渋面を浮かべ押し黙る。

 だが、事の重大さは理解しているらしく、しぶしぶと言った様子で武器を片付けた。


「いいですよ。ですが、その代わり――」


 だが、次にアリスが発した言葉に一騎は再び驚かされることになるのだった。


「私も一緒に行きます」

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