錬金術師
「……あれ?」
《シルバリオン》を纏う為に起動認証コードを叫んだ一騎は、その不可解な現象に首を傾げた。
(嘘……だろ? ギアが纏えない!?)
魔力は確かにイクスギアに流し込んだはずだ。
それなのに《シルバリオン》が纏えない。
イクスギアは一騎の魔力に反応して、白銀の光を放つだけでいつまでたっても鎧を形成する気配がなかった。
こんな事、初めてだ。
動揺する一騎に金髪少女が怪訝な視線を向けていた。
「どうしたのですか?」
「えっ……と」
素直にギアを纏えない事を報告するわけにもいかず、一騎は言葉に詰まる。
一騎の煮え切れない態度をどうとったのか、少女の手から黒塗りのナイフが淡い光となって消え去った。
そして、険が削がれたような表情を覗かせ――
「もういいですよ」
やる気のない声音でそう呟くのだった。
「え? それって……」
「本気でないあなたと戦っても意味ないんです」
「本気の僕?」
少女は少し迷ったように視線を彷徨わせると、ぷくっと頬を膨らませ、すねた口調で言った。
「えぇ。私はあなた達異能者と戦う為に創り出された存在なんですよ。だから本気のあなたに勝たないと私の存在価値がないじゃないですか」
「創り出された? 誰に? それより君は一体……?」
少女に戦う意思がないことを感じ取った一騎はこれを機にと気になっていた質問をいくつか問いかける。
その一騎の問いかけに対し、金髪の少女は無言で片手を差し出した。
「えっと……これは?」
一騎は怪訝な視線を向け、少女に問いかける。
少女はさも当然といった様子で――
「情報を得るには相応の対価が必要ですよ? 一ノ瀬一騎」
その直後、少女のお腹がクルルっと可愛らしい主張を一騎に告げてくる。
「つまり、何か奢れと?」
「まぁ、そんなところですね」
そんな彼女の様子に一騎は困り果てた様子で「はぁ~」と項垂れるのであった。
◆
両手にコンビニで買った大量のフランクフルトや焼き鶏で両手を塞ぎながら手ごろなベンチに腰掛ける二人。
先ほど命のやり取りをした間柄とは到底思えない光景に一騎が辟易していると、少女がぽつりと呟いた。
「アリス」
「え?」
「私の名前です。殺し屋さんと呼ばれるのは不愉快なので」
アリスは言葉を濁し、プイッと視線を逸らす。
一騎は口の中でアリスという名前を反芻しながら、ゆっくりと頷く。
「うん、わかった」
「それで? 私に聞きたいことは何ですか? 食事のお代程度なら教えてあげなくもないですよ?」
「なら――」
一騎は問う。
「誰が君に僕たちの話をしたの?」
アリスは一騎たちがイクシードを独占して、異能の力で誰かを傷つけると思い込んでいる。
だが、その情報は嘘だ。
一騎たちはイクシードの封印を第一に考えている。
この世界に存在してはならない異世界の力。
本来存在することのない異能の力は、常に大きな危険を孕んでいる。
それが十年前、芳乃総司が引き起こした大災害であり、そして十年にも及んだ《魔人》との闘い。
そして、三か月前の異世界とこの世界を巻き込んだ戦いなのだ。
二度とあんな悲劇を繰り返さないために、この世界に残されたイクシードの破壊、または封印は一騎たちに残された最後の使命だった。
(けど、破壊は出来ないんだよな……)
この世界に存在する兵器ではイクシードを傷つけることはできない。
そして、イクスギアの力は本来、そのイクシードを封印するための兵器。
イクシードを破壊するほどの出力を出すことはできなかったのだ。
だからこそ、一騎たちはすべてのイクシードを海底に沈めることに決めたのだ。
だが、アリスの背後にいる組織はその情報を意図的に伏せている。
それは、なぜか?
答えは簡単だ。
イクシードを狙っている。
それ以外に考えられない。
また、イクシードが、みんなと守ったこの平和が脅かされるなら――
(僕は戦う。もう一度、みんなの笑顔を守るために)
だからこそ知りたい。
敵の情報を。
そしてアリスは告げた。
一騎が戦うべき敵の名を。
「異端能力研究会のメンバーの一人ですよ。まぁ、もっとも私もそのメンバーの一人ですが」
「異端、能力研究会?」
「えぇ。異世界の力――イクシードを人為的に生み出すための組織。私は彼らの研究成果の一つですね」
「え……? それって……」
急すぎる話に一騎の理解が追い付かない。
イクシードを人為的に作る?
アリスがその研究成果?
嫌な予感が脳裏をよぎる。
その考えを振り払おうとしたが、アリスは淡々とその予感を現実へと変えた。
「私は人為的に異能の力を発現させた能力者――錬金術師と呼ばれる存在なんですよ」
「れ、錬金術師?」
「えぇ。人をより高位の存在に近づけるために研究会は存在します。その最たる目的はイクシードの実用化。そして、その先にある不老不死へと至ることです」
「不老不死ってそんなのあるわけが……」
「ないとは言い切れませんよ? イクシードにはその可能性がある。だから、その力を研究するために、イクシードが必要なんですよ」
「……悪いけど、そんな研究に協力はできない」
「なぜ? あなた達は異世界の力を武力として使っている。それがイクスギアなのでしょう? 武力として使うより、人類の革命の為にこそその力を使うべきでは?」
「違う!!」
気づけば一騎は声を大にして叫んでいた。
それは明確な拒絶だ。
アリスが口にしたイクスギアを一騎は否定していた。
「イクスギアは守るための力だ。誰かを守るための……みんなの笑顔を守るための力なんだ。誰かを傷つけるためにある力じゃない!!」
「一ノ瀬一騎?」
「それに君もだ! なんでそんな研究会にいるんだ? イクシードを人為的に? 君がその成果? 人の命を何だと……イノリたちが守ろうとした世界を何だと思っているんだ!!」
より高位の存在とか。
錬金術師とか、不老不死だとか。
そんなの関係ない。
あぁ……ようやく理解した。
一騎はここに来てようやく理解できたのだ。
この世界は歪んでいる。
異世界とこの世界が交わってしまったことで、均衡を保っていた世界が崩壊してしまった。
特派のみんなが、イノリが危惧していた事が今、現実となって一騎に突き付けられたのだ。
「みんなが守ろうとした世界を……イノリのいた世界を壊すっていうなら、僕はその研究会を……世界を歪めるその理想を止めてみせるッ!!」
それがこの世界に残された一騎の存在理由になるのだった――