口撃
鼻先に迫った大振りの一太刀を辛うじて避ける。
肌をピリピリと撫でる風圧に肝を冷やしながら、一騎は慌てて距離をとった。
(命を狙われる理由なんてないんだけどッ!?)
金髪少女の冷やな視線に晒されて、ゾクリと背筋が凍える。
あの視線、本気だ。
本気で一騎を殺すつもりだろう。
なぜ?
疑問が尽きない。
彼女は言った。
一騎が世界の敵だと。
それはどういう意味だ?
情報が不足している今、頼れるのは拳ではなく、相手から情報を引き出す口撃だろう。
「突然、命を狙われる理由はないんだけど? 君って誰?」
「その問答に答える必要はありません」
「だよね!!」
再び、大振りの一撃。
一騎はかがんでその一撃を避けると少女の懐に潜り込む。
「でもさ、理由もわからずに殺されるこっちの身にもなってよ。あの世で死んだ家族にどう説明すればいいのさ? 三途の川だってこのままじゃ渡れないよ」
「あなたは私をバカにしてるんですか?」
懐に潜り込んで、なおも軽口をたたく一騎に少女の瞳が吊り上がる。
先ほどよりも速度を増した一撃が一騎を襲う。
だが、その一撃を一騎は難なく避けた。
半年前の戦いの最中、異世界最強と呼ばれた男との猛特訓のおかげで、一騎の戦闘経験はかなりのレベルに達していた。
加えて、《氷雪》の封印によって制限されていた身体能力の解放もあり、一騎の身体機能は並みの人間の水準を超えている。
大振りの一撃などそう簡単に当たることはないだろう。
「この……ッ! ちょこまかと!!」
「だから、殺す理由を教えてよ? 戦うに戦えないだろ?」
まるで相手にしてない風に言い張る一騎。
軽口で相手の心情を逆なでし、口を軽くして情報を吐かせる――
その一騎の目論見は、早くも結果を見せる。
「そんなの、あなた達がイクシードを占領してるからに決まってるでしょ!?」
「イクシードを?」
「日本政府が他国に威圧をかけるのは、その異世界の力を振りかざすから! だから、私はイクシードの纏い手であるあなたを殺すんですよ」
「日本政府が? それって何かの間違いじゃないの?」
「間違いなはずないでしょ? なら、なぜ、日本政府は力の譲渡をしないで独占してるんですか? それこそが証拠じゃないですか!」
躍起になって大剣を振り回す少女の攻撃を避けながら一騎は情報を整理する。
どうも話が噛み合わない。
日本政府はイクシードの封印を決めたはず。
それは他国も知っているはずだ。
その為に凛音は海外へと旅立ったのだから。
彼女に一騎を殺すように指示を出した存在はその事を彼女に伝えていないのか?
「誤解は早い目に解いておかないとね。いい? イクシードは今、ここにはないんだ。海の底に封印することに決まったんだよ?」
「そんな見え透いた嘘を」
「ほら見てよ? 僕ギアを纏ってないだろ? それが証拠。纏えるイクシードがないの!」
「知ってますよ、イクスギア《シルバリオン》はイクシードがなくても纏えると。というかなぜ、あなたは避けるだけでギアを纏わないんですか!?」
その情報をどこで知ったのだろうか?
一騎たちギア装着者の情報は厳重に管理されているはずだ。
日本政府でも特派の存在は知っていても、一騎たちギア装着者の存在までは知らない人も多いだろう。
それだけの情報を知れる存在が彼女のバックにいるのは確かだ。
「戦う理由もないのに纏うわけないだろ? それに、君……剣が下手だね」
残念そうな眼差しで一騎は少女を見つめた。
最初こそ、背丈を超えるほどの大剣を軽々と扱える姿に戦慄したが、何度も彼女の攻撃を避ける内に、彼女が剣の扱いに不慣れなことに気づいた。
まず、背丈を超えるほどの大剣だ。
剣の振り方は自然と限定される。大振りの振り下ろしや薙ぎ払いくらいだ。
それに剣の重量に振り回されて、彼女の動作もかなり大きい。
予備動作が大きすぎるから、次の攻撃が簡単に予測できる。
見た目だけが巨大な大剣を御しきるだけの技量が彼女にはないのだ。
一騎に指摘された少女の顔が真っ赤に染まる。
わなわなと体を震わせ、ジロリと一騎を睨んだ。
「う、うるさいですね!!」
「いや、ほんとのことだって。武器の変更をお勧めするよ?」
「その上から目線本当にうざいですね!」
ぶんぶんと大剣を振り回してブーメランのように少女は一騎に向って大剣を投げ飛ばした。
無軌道なその一撃を難なく避け、地面に突き刺さった大剣へと視線を向けた。
「危ないだろ? もし誰かがいたらどうするんだよ」
「知りませんよ、他人なんて。それより、いつまで私をバカにするつもりですか? コケにするつもりですか? 相手にしないつもりですか?」
「相手にしてないわけじゃないんだけどな……」
歯切れが悪そうに一騎は言いよどむ。
一騎が言葉を濁したのは戦う意思がないからだ。
襲われる理由は大体の見当がついた。
おそらく、イクシードの独占を嫌う何者かが、彼女に嘘の情報を流し、襲わせるように仕込んだのだろう。
誤解を解くのも難しそうだし、どうしたものか……
「ギアを纏わないと後悔しますよ?」
「すでにこの状況に後悔してるんだけど? 人の話を聞いてくれるかな? 殺し屋さん?」
「その軽口たたけなくしてやります!」
再び、彼女の手に魔力が収束した。
今度の武器は先ほどの大剣とはがらりと変わり、小さな短刀――ナイフだった。
太陽の日差しを受け、黒く輝く刀身。
ナイフを逆手で握りしめた少女はじりじりと一騎との距離を測る。
一騎との間合いは十歩ほどだろうか。
大剣を振り回していた時は雰囲気が変わっている。
怒りに満ちながらも、一騎の隙を伺うように鋭い視線を向けていた。
これは手を抜けなくなってきたな……
一騎はゆっくりと右腕に装着された白銀のブレスレット――《イクスギア》に魔力を流し込む。
流し込まれた魔力に反応して、ギアが白銀の光を放った。
「ようやく本気になりましたか?」
「君、人の忠告が素直に聞けるんなら、僕の話もちゃんと聞いてよ。まったくの誤解だって信じてくれないかな?」
「それを決めるのは私です」
「なら、ナイフから大剣に戻してよ。そっちの方が戦いやすいからさ」
「それを決めるのも私ですよ」
やはり一騎に指摘されたのが恥ずかしかったのだろう。
彼女は捨てた大剣に一瞥も向けることなく、ナイフを構えていた。
(余計な忠告だったかな?)
結果として不利な状況を招いてしまった。
やはり相手の心情を逆なでする口撃はまだまだ不慣れだ。
慣れていく必要があるだろう。
それ今後の課題と置いておくとして――
今はこの状況をはねのけるのが先決だろう。
一騎は半年ぶりにイクスギアの起動認証コードを叫んだ。
「イクスギア――フルドライブッ!!」