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魔導戦記イクスギア  作者: 松秋葉夏
魔導戦記イクスギアRoute
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物語はRouteへと

 トールと出会って数年。

 私の生活は劇的に変わったと言っていいだろう。

 静寂とさえ言えた孤独の夜は終わり。


 絶えず、彼の息づかいが私の耳に届く。

 それは今晩も変わらない。


 研究者達が出払ったのを見計らって、トールが私の部屋に侵入。

 そして、二、三と言葉を交してから、彼はいつもの日課をこなしていた。


「ふっ、ふっ、ふっ――!!」


 今日も絶えず聞こえる荒い呼吸。

 彼の額から流れ落ちる大量の汗が床に小さな水溜まりを作っていた。


 私はげんなりした表情でトールに愚痴を零した。


『……あの時の私の感動を返してよ……』


 魔力に念を乗せてトールへと感情を吐露する。

 『念話』と呼ばれる技術で、水槽の中で喋ることが出来ない私にトールが教えてくれたのだ。

 突然、頭の中で言葉が響くような感覚は馴れるまでに時間がかかる。

 今だって、突然話しかけられたトールは逆立ちを崩しかけ、「おわっ」っと短い悲鳴を上げていた。


 どうにか体勢を立て直し、そのまま腕立てを再開。

 逆立ちしての腕立てに一体なんの意味があるのだろう。


 私は半眼で見つめると、トールと目が合った。


「突然なんだよ、マシロ」


 トールが私の名前を呼んだ。

『マシロ』それが私の名前。

 名付け親はトールだ。


 髪が白いから――そんな理由でマシロと名付けたそうだ。

 実にトールらしいネーミングセンス。

 

『あの時のピュアなトールはどこに行ったのよ……』


 初めてトールと出会った時、それは私にとって言葉に言い表せない程の衝撃を与えた。

 女の子とも男の子にも見える中性的な顔立ち。

 そして神秘的な雰囲気。


 それはこの狭い私の世界にとって革命とも呼べる出会い。

 でも、今となってはその淡い幻想も泡となって消えた。



 年月が経ち、青年と呼べる体躯にまで成長したトール。

 歳は十七くらいだと本人が言っていた。

 

 男らしい顔つきは私でも時折頬を赤らめる程。

 けれど、残念なのはその性格だろう。


 目の前に真っ裸の私が妖艶な体を見せつけているというのに、まったく欲情しない。

 けしからん。私のぺたんこは至高なのに。

 なぜ、トールはロリコンじゃないのだろう。


 不全? 思わず勘ぐってしまう程、トールは私に微塵の興味も持っていないのだ。


 さらに拍車をかけるのは、トールの趣味である筋トレだ。

 夜な夜なこの部屋に忍び込み、上半身を剥き出しに筋トレをしているトール。

 鍛え抜かれた肉体は惚れ惚れするが、それを私の目の前で、私を無視してまでする意味がわからない。


 せっかく『念話』を教えてくれたのだから、私としてはもっとお喋りをしたいのだけど……


 トールしか話相手がいない私にしてみれば、この時間はひどく退屈だ。


「ピュアな俺って……出会った頃から大して変わってないだろ?」

『変わってる。変わってるよ!! 幼い顔立ちも神秘的な雰囲気もない!! 筋肉馬鹿のむさい男じゃない!』

「筋肉馬鹿って褒めるなよ、照れるだろ?」

『……褒めてないから。馬鹿にしてるから』

「てか、変わる変わらないでいえばマシロなんてまったく変わってないだろ? 見た目なんてまるで昔のままだし」

『それは……どうしてだろ?』


 それは私も常々不思議に思っていた。

 私の見た目は、少女――トールと同い年くらいの美少女だ。

 だけど、この容姿はこの数年まったく成長していない。

 背丈もトールに追い越され、最初こそお姉ちゃんと呼ばれていたけれど、今では呼び捨て。

 むしろ私の方が幼く見えるだろう。

 重ねてきた年月は私の方が上だというのに、なんたる屈辱。

 これがいわゆるロリバ――……


 あ、危ない!! これは言ってはいけない一言だ。



 私は小さく頭を振ると自分の事を棚に上げてトールに詰め寄る。

 目下の問題はトールが私に欲情しない件についてだ。


 私にメロメロにしてやりたい。

 これは数年、付き合ってきた私の矜恃。

 譲れない一線だ。


『と、トールは私の事、どう思ってるの?』

「どう?」


 トールは腕立てを続けながら、私を見る。

 足先から頭のてっぺんまで見つめられる。



 は、恥ずかしいッ!!

 

 思わず頬を染める。

 けれど、その期待を裏切るのがトールだ。


「別に?」

『……は?』

「何とも思っちゃいねぇよ」

『……』


 ぷちんと私の中で何かが切れた。

 こ、コイツ……!!


『は、裸の女の子を目の前にして、その反応って何!?』

「はぁ? そんなもん見慣れたよ。最初からだろ? マシロが裸なのって」

『み、見慣れた!?』


 な、なんたる不覚! これではトールが私に欲情してくれない!?

 けど、ちょっと待って! 落ち着くのよ、マシロ!


 トールは毎晩と言っていいほど私に会いに来てくれる。

 それは少なからず私に好意らしき物を抱いているからじゃ?


『な、なら、どうしてトールは私に会いに来てくれるの?』

「……別にマシロに会いに来てるわけじゃねえよ。ここくらいしかゆっくり筋トレ出来ないだけ」

『はぁ?』


 そ、そんな下らない理由で私の部屋に押しかけて来たのか……!?


 もし、今、私が自由に動けるなら、躊躇わずトールを殴っていただろう。


 くぅ! 不自由な体が忌々しい!!


「俺からも聞いていいか?」

『……どうぞ』


 げんなりした気分で私は曖昧な返事を返す。


「前にも一度聞いたけど、マシロは外の世界に出たくないのか?」

『外の?』

「あぁ、自由ってヤツだよ。俺の筋トレもその為だし。いつかここを出た時、誰にも負けない強さが必要だって言われたからな」


 言われた? 誰にだろう?


 けど、自由か……


 今、私の中にあるのはトールの鈍感さに対する怒り。

 トールを殴りたいッ。


 その為に自由に動ける環境が欲しいッ!


 だから、私はその言葉を口にした。


 私とトールの未来を決定づけた一言。

 運命の一言だ。


『私も……外の世界……自由が欲しいかな?』


 その時は何の気もなく囁いた一言。


 けれど、その言葉は現実となった。


 あの日――


 再び、異世界とこの世界を繋ぐ門が開かれ、研究所がパニックと陥った隙に、トールが私を外の世界に連れ出してくれたのだ。


 被験体00と呼ばれた私と。

 被験体10と呼ばれたトール。


 異能の力を実現させる為の被験体と集められた私達は、その日を境に大いなる運命の流れに身を委ねる事になったのだ――

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