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魔導戦記イクスギア  作者: 松秋葉夏
第二章『イクシード争奪編』
103/166

エピローグ『二つの世界が交わって――』

 一ノ瀬一騎はその光景に息を呑んだ。

 二つの世界を繋ぐ黒い渦。

 その渦の直下に佇む異形の怪物。


 その怪物が、一騎の恋人――イノリ=ヴァレンリの成れの果てであるという事実を理性が、感情が、本能が――

 一騎を構成する全ての細胞が拒否していたのだ。


 信じたくない。

 信じられない。

 

 あの、《魔人》がイノリだなんて……


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 呼吸が乱れる。

 心臓が暴れる。

 視界が真っ暗になる。


 嫌だ。

 嫌だ、嫌だ。

 

 感情が真っ黒に塗りつぶされる。

 折れかけた一騎の心は、


『大丈夫だ!!』


 ギアが聞こえた野太い男性の声によって辛うじて繋ぎ止められたのだった。


 ◆


「ク、クロム……さん?」


 藁にも縋るような気持ちで、一騎はギアの無線に耳を傾けた。

 ふらついた一騎の体を凛音が支え、一緒になってクロムの話を聞きに入る。


「何とかなるのかよ、おっさん?」

『あぁ!』


 確信に満ちたクロムの声に、一騎の心に一筋の光が射した。

 一騎は体の疲れも忘れて、右手のブレスレットに顔を近づけた。


「どうすれば!! どうすればイノリを助けられるんですか!?」

『落ち着け、一騎君』

「落ち着けるわけないでしょ!?」

「落ち着け、この馬鹿ッ!! お前がそんな様だと話しも出来ないだろ!?」


 ポカン! と凛音の小さな拳が一騎を小突く。

 小さな痛みに、ようやく一騎の心が落ち着く。


「ご、ごめん……」

「別にいいさ。それよりおっさん」

『あぁ。イノリ君を助ける方法だな。一つだけある。それは――』


 クロムから告げられた解決法に一騎は決別の覚悟を決めるのだった――


 ◆


 大穴で佇む《魔人》を前に、一騎は小さく嘆息した。

 ごめん、イノリ。

 情けない姿を見せて。

 けど、もう大丈夫だから。


 変わり果てたイノリを前にして、一騎の心情は今までにないほど落ち着いていた。


「この状況でよく笑える……」


 一騎を支えていた凛音が呆れた様子で一騎を諫めた。

 クロムの解決策を聞いて、凛音の表情は心なしか強張っている。

 それも仕方ないだろう。

 どちらにせよ、この作戦が成功しても、失敗してももうイノリには、特派のみんなには会えないからだ。


 それに、もう特派の援護もない。

 作戦に先駆け、特派の空中艦アステリアはイノリの維持する大穴を通じて元の世界に帰還している。


 今、この場にいるのは一騎と凛音――そして、イノリだけだ。

 

 確かに、この状況で笑っているのはどうかしているだろう。

 でも……


「こんな状況だから、だよ」


 一騎にとっては違う。

 イノリを助けられる。

 その可能性があるだけで、一騎にとっては希望に満ち溢れているからだ。


 そんな一騎を横で見ていた凛音がため息交じりにぼやく。


「その顔、まだ諦めてねぇって顔だな」

「あたり前だろ。僕は絶対に諦めない。これが最高のハッピーエンドだなんて認めない。認められるものか!」

「なら、やる事は一つだ」

「うん、そうだね……」


 一騎と凛音が互いに少しばかり距離を離した。

 立っているのもやっとの状態だが、それでもありったけの闘志を一騎達は滾らせる。


 結奈が言っていた。誰かを助けたいのは義務や正義感なんかじゃない。助けたいと思ったから助けたいのだと。

 なら、僕は助ける。

 自分の胸の気持ちを信じて、ただ一直線に突っ走だけだ。


 だから戦える。

 自分の気持ちを信じて。

 助けたいと思った僕自身を。

 イノリを守りたいと思ったこの気持ちをこの拳に込めろ!



 一騎の横では凛音がイノリに向かって拳を突き出していた。


「そーいや、お前との決着は結局着かずじまいだったんだよな。どこかの馬鹿がいつも戦場を引っかき回すせいでお前との決着が有耶無耶になったままだった」

「馬鹿とはひどいな……」

「十分、馬鹿だろ。殺し合いをしてるど真ん中に割って入ってきて、戦いをやめろ! なんて正気の沙汰じゃねぇ。それどころか、コイツと恋仲にまで発展してるんだ。お前、本物の馬鹿だ」

「……話してみると実は面白い子だって事は凛音ちゃんだってわかってるくせに」

「バッ! お、お前っ……なに言って……」


 ボンと顔を赤くさせる凛音に一騎はクスクスと笑う。

 最初こそ刃を交える敵同士だったかもしれない。

 だが、今は確かな絆がある。


 凛音は恥ずかしさが頂点に達したのか、プイッとそっぽを向いて唇を尖らせた。


「……まぁ、悪いヤツじゃなかったよ。あいつもあいつの仲間にも誰も悪いヤツなんていねぇ。だからこそ苦しいんだ。この胸の鬱憤のはけ口が戦いしかなくて。あたしは戦う事でしか誰ともわかり合える気がしないんだよ」

「そんなのわからないよ。未来はいつだって変えられる。凛音ちゃんもこれから変わればいいだけの話さ」

「今さらあたしにどう変われって言うんだよ」


 変れ。か……

 なら、口にしよう。

 ありえない未来を。

 望んだ結末を。


「そうだな……まずはこの戦いが終わったら皆で一緒の学校に行こう。そして一緒のクラスで一緒に授業受けて、一緒に笑う――なんてどうかな?」


 一騎の提案に凛音はキョトンとした表情を見せた。

 何を馬鹿な事を――と言いたげな苦虫を噛み潰したような顔色を浮かべながらも、「ふぅ……」と小さく息を吐き出し全身の力を抜く。


「悪くねぇかもな、それ……」

「だろ? なら決まりだ」

「ああ。もう一人の大馬鹿を助け出して、皆仲良く学校に登校。それがあたしらのハッピーエンドだ! いくぜ、セット! イクスドライバー《スターチス》!」


 次の瞬間、凛音の体が赤く輝く光の繭に包まれる。その繭が消えた時には凛音の装いが一変していた。

 赤を基調としたアンダースーツの上にゴテゴテとした鎧のような重厚感のある装甲を身に纏った姿。


 その基本形態を凛音は残る魔力を使って形成してみせたのだ。


 だが、その代償は大きい。

 凛音はすでに魔力を限界まで消費していた。

 今のギアも、命にまで手をかけて、寿命を削ってまで纏ったのだ。


 その影響だろうか。

 凛音の体から赤い粒子が立ち上る。

 体の消滅を目前に、それでも凛音は気丈な顔色を浮かべていた。


 凛音の後に一騎も続く。

 一騎は腕を突き出し、その腕に輝くブレスに魔力を籠める。

 残る魔力は少ない。だが、負ける気はしなかった。


 これが本当の最後の戦いだ。

 万感の思いを込め一騎は叫ぶ。

 幾万の不可能を覆してきた言霊を!


「イクスギア――フルドライブ!」


 一騎の起動認証により、起動したブレスレット型の魔導装甲――イクスギア《シルバリオン》が白銀の光を放ち、一騎の体を包み込む。


 繭に満ちる光の粒子が一騎の身に纏う衣服を粒子に分解。分解された服の代りに白いジャケット――《イクスジャケット》を形成した。

 凛音の水着のようなアンダースーツとは異なり、袖のない白のジャケットが形成され、さらに禍々しい形状のロングブーツが両足を覆う。腰にはブースト機能を兼ね備えたパーツが装着された。

 両手には肘まであるグローブを覆うようにパイルバンカー式ガントレットが金属音を響かせ一騎の腕を守る。


 優しげな面影がなりを潜め、どこか好戦的でニヒルな笑みを浮かべている。

 髪も日本人特有の黒からかけ離れた白銀と深紅の瞳へと変わり、一騎を覆っていた光の粒子が消えた。


 《イクスギア》を身に纏った一騎は太陽を覆い隠す黒い渦を一睨みした後、それを生みだした黒い異形――《魔人》へと拳を構えた。


「どんな不幸な結末だろうと、未知数イクスの力で変えてやるッ!」


 ◆


 一騎は両手のパイルバンカーを機動させる。

 残された魔力で一騎が出来るのはこの一撃だけ。


 体に奔る激痛を無視して、一騎は弓なりに拳を構え、イノリに向けた。


「イノリ、今、たす……けるから」


 言葉が途切れ途切れになる。

 一騎の言葉を遮ったのは、魔力欠乏による意識の混濁に加え、無理矢理にギアを纏ったせいで体を蝕む激痛のせいだ。


 だが、俺はまだマシな方だろう……


 痛みがある。

 それは生きてるって事。


 けれど、凛音は違う。

 今にも消滅しそうな体で、双銃ロートヒリトを構えていた。

 いつ、体が完全に消滅するかわからない。

 凛音は残されたリミットで――


「あたしが道を切り開く。お前があの馬鹿を助けだせ!!」

「……あぁ!!」


 ゆっくりとロートリヒトを構えた凛音の銃口に深紅の光が収束していく。

 今の凛音に出来る最大の一撃。


 周囲に満ちる残留した魔力を掻き集め、収束した一撃を放つ大技。

 空に満ちる戦乙女を一撃で一蹴したその技の名は――《インフィニット・ブレイカー》


 凛音は深紅に輝く銃口をイノリに定め、ゆっくりと引き金を引く。


「《インフィニット・ブレイカー》!!」


 白熱の閃光が視界を焦がす。

 熱線が大気を焦がし、跡形も残さず灰へと変える。

 その閃光がイノリに直撃する直前。


 黒い穴がイノリと閃光を隔てる。

 《ゲート》の力で凛音の砲撃を別の次元へと転送したのだろう。

 だが、それでいい。


 白熱の閃光はイノリの視界を遮り、一騎の姿を眩ませるには十分な役割を果たした。


 凛音の砲撃が止む。 

 魔力の欠乏により、ギアが強制解除された凛音は、その場に崩れ堕ちる。

 だが、混濁する意識の中、凛音は確かに見た。

 

 拳を構え、イノリに迫った一騎の姿を。

 堪らず凛音は叫ぶ。


「行けええええええッ! 一騎ィッ!!」



 ◆


「おおおおおおおッ!!」


 その時、一騎は吠えた。

 激情に駆られ、涙を流しながら。


 拳をイノリの体に押し当てる。


 これで、最後だ。

 

 一騎は上空の大穴を睨む。

 

 脳裏に過ぎったのはクロムの提示した解決策。

 それは――


 暴走したイノリを、暴走した状態のままで、異世界に帰還させる――という埒外の方法だ。

 元々、召喚者の魔力が暴走するのは、この世界との相性が悪いからにある。


 ならば、元の世界に帰還すれば暴走も治まり、元の姿に戻る――とクロムは一騎達に説明していた。

 それしか方法はない。

 

 例え、最後に別れの言葉が交わせずとも。

 これが永久の別れになろうとも。


 気持ちは繋がっている。

 この思い出があれば離れていても笑っていられる。

 だから、笑え。

 泣くな。


 涙は見せるな。


 別れの時くらい……笑顔で見送れ。


 それが……


「俺の決断だろおおおおおおおおおおおッ!!」


 一騎は両腕のパイルバンカーを作動。

 途轍もない衝撃が大地を駆け抜け、イノリの体を大穴に向かって吹き飛ばす。

 そして、

 一騎の叫びとイノリの咆吼が交わった直後――


 最後の《魔人》が大穴の中へと消え去り、異世界とこの世界を繋いでいた《門》が閉じる。


 この時、この瞬間、十年にも及んだ《魔人》との戦いが幕を下ろしたのだった――



 ◆



 イノリはまどろみの中にある意識をゆっくり浮上させていく。


(あれ……私、どうなって……みんなは……?)


 穏やかな風が頬を撫でる。

 懐かしい香りが鼻孔をくすぐる。


 イノリは導かれるようにしてゆっくりと瞳を開けた。


「ここ……は?」


 慣れ親しんだ世界じゃない。

 十年過ごした世界じゃない。

 

 澄み渡る大空を巨大な飛竜が駆け。

 緑生い茂る草木をかき分けて、ゼリーの状の生き物――スライムを呼ばれるモンスターが異世界に似つかわしくない巨大な鉄の船――墜落した空中艦アステリアを遠巻きに見てた。


 そして、艦内から飛び降りる無数の人影。

 みんな、魔力を封印していたブレスレットを外し、元の姿を取り戻して、ある人は笑い、そしてある人は泣き、抱き合い、歓喜に満ち溢れていた。


 イノリはゆっくりと自身の頭に手を伸ばす。

 触り馴れない獣耳の感触。

 そしてお尻からは銀狼族の尻尾。

 

 馴れない姿に戸惑いを隠す事が出来ず、イノリは慣れ親しんだ右腕のブレスレットに視線を移した。

 完全に壊れたブレスレット。


 けれど、イノリはどうしても外す気にはなれなかった。

 イクスギアには思い出が沢山詰まっている。

 

 戦いの思い出も。

 けど、それ以上に、一騎との思い出。

 

 イノリが一騎の世界にいたという証だ。

 これを捨てる事なんて出来ない。

 だって、イクスギアは可能性の塊だ。


 交わっていた世界は再び閉ざされた。


 けれど、繋がっている。

 一騎との気持ちも。

 思い出も。

 

 そして未来さえも……


 だから、笑おう。

 きっと送り出してくれた最愛の人も同じように笑っていたはずだから。


 イノリは感慨深い気持ちを抱きながら、そっと呟く。


「ただいま。異世界」

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