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魔導戦記イクスギア  作者: 松秋葉夏
第二章『イクシード争奪編』
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最善最悪の決断

「ば、馬鹿な……この、私が、負けるなど……」


 《イクスゴット》の要であるブレスレットを破壊された総司は己の敗北に驚きを隠せないでいた。

 総司のブレスレットから吐き出された《ゲート》のイクシードを拾いながら、変身を解いた一騎は倒れ伏す総司を見つめる。


「……あなたの負けです。あなたに僕たちの世界をもう好きにはさせない」

「ふ、ふざけるなッ! なら、誰がこの二つの世界を統べる? 誰がこの世界を導く? 私以外の誰が!?」

「誰もそんな事、望んでいませんよ」

「な……?」

「僕も、他のみんなも、誰かの導きなんて必要としていない。僕達は僕たちの意思で未来を選びます」

「神の導きなくして未来の平和を選べるとでも? 一ノ瀬一騎、君は十年前の惨劇を、《魔人》の脅威を知りながら、それでも己の意思で選ぶのか? 不可能だ!! 絶対的な叡智を持った神が導かなければ、再び惨劇は繰り返すだろう! それでもいいのか!?」

「それでも、僕たちは未知数イクスの未来を選びたい。誰かに強要された世界は嫌なんだ」

「君はそれで……」


 剣呑な眼差しを浮かべ、総司は一騎を睨んだ。

 最善の選択を捨てる一騎の思考がまるで理解出来ない。

 常に最善の選択を出来る絶対叡智の神こそ、この世界には必要だ。

 あらゆる絶望から人々を救い、希望を与える存在――神。


 それを否定する一騎を理解する事を感情が拒んでいた。

 

 だが、その問答も長くは続かなかった。


 総司の体が突如、光の粒子となって霧散し始めたからだ。


「な、だんだ!? これは……!?」


 光の粒子となった体が紐解けていく。

 霧散する体を抱き寄せ、総司は狼狽した。

 それはこの場に集った一騎と凛音も同じだった。


 突然の現象。

 体が光の粒子となって霧散する。

 これは、まるで……


「ま、魔力の封印?」


 かつて、イノリの姉ユキノを封印した時と同じ現象だ。

 だが、あの時と違うのは、誰も総司の魔力――イクシードを封印していない。

 そもそも総司には固有のイクシードがない。

 封印するイクシードがない以上、総司の体が消滅するはずがないのだ。


 だが、この中で一人、その理由を知っていた人間がいる。

 寂びそうな表情を浮かべ、イノリが呟いた。


「一騎君、違うよ。これは魔力の消滅。封印とはまったく別物だよ」

「魔力の消滅? イノリは何か知っているの?」

「うん。私達召喚者が《魔人》に堕ちるのは体内のイクシードが暴走するから。けど、この世界の人達は違うの。イクシードを持たない人達。本来なら暴走なんて起こる事はない」

「それは、そうだけど……でも僕たちは違うでしょ? 魔力を持っている人間だ」

「うん。だからこそなの。一騎君や凛音、そして彼は魔力の暴走に打ち勝ち、魔力を力と変えた異能者。魔力の暴走に打ち勝った代わりに、生命エネルギーを魔力と変えた特異体質なの」

「それってつまり?」

「……限界まで魔力を――命を燃やせば、体が消滅してしまうんだ」

「え……?」


 それじゃあ、総司は……?


「三千の戦乙女、そして四人の分身体。異世界を繋ぐ《ゲート》の維持。その全てを一人でしていたんだよ? 魔力の限界なんてとっくに超えて、自分の命まで燃やして力を使っていたんだよ」

「馬鹿な!! あり得ない!! 私が消滅するなど!!」


 イノリの話を聞いていた総司が叫んだ。

 そして、血走った瞳で一騎を指指す。


「なら、なぜ、彼は消滅しない? 彼も限界を超えて力を振るったはずだ!」


 そうだ。

 僕も限界をとっくに超えている。

 魔力なんてほとんど残っていない。

 最後のギアだって纏えたのは命を燃やしてまで限界を絞り出したからだ。

 それなのに。


(どうして、僕は消滅しないんだ?)


「それは――」


 そしてイノリは告げた。

 一騎の最大の秘密を。


「一騎君の中には私のイクシードの欠片が眠っているからだよ」

「え……?」

「な……?」


 イノリは目を伏せながら、一騎に瞳を向けた。


「私は十年前、暴走して一騎君を襲ったの。その時、私のイクシードの欠片が一騎君に流れ込んだの。だから一騎には《魔人》の力があるの」

「……だから、僕は消滅しないの?」

「うん。司令はそう言ってた。一騎君の中にある私のイクシードが破壊されない限り、一騎君は消滅しないわ。でもその変り……」

「《魔人》の力に支配されるかもしれないって事?」

「うん。本当にごめんなさい」


 イノリはそう言いながら一騎に頭を下げる。

 だが。

 一騎が口を開く直前、総司が再び叫んだ。


「嘘だ! 嘘だ! 私が消滅するなど、あり得ない!!」


 見れば、体の半分がすでに光の粒子となって消滅した総司が一騎達を睨んでいたのだ。

 消えゆく父親を見て、凛音が薄らと涙を浮かべていた。


「親父……」

「……凛音」

 

 裏切られたとはいえ、凛音にとって総司はもう一つの家族だ。

 去来する感情は百の言葉を使っても言い尽くせない。

 だから、一言。


「あたしは今でもアンタのことはクソ親父だって思ってる。これからもそれは変らない。アンタの十字架はあたしが背負うよ」


 総司の時間が終わる。

 総司は消えゆく体を手放し、《ゲート》で生みだした異世界を繋ぐ大穴へと手を伸ばし――



「私は……、私は――」


 一騎はその光景を忘れないだろう。

 夢に届かず、消えゆく男の姿を。


 そして、その姿を最後に、世界を統べる夢を抱いた男は完全にこの世界から消滅したのだった――



 ◆



「親父……」

「凛音ちゃん……」


 涙を流す凛音の肩をそっと一騎が支える。

 大切な家族を失ったのだ。

 その悲しみは誰にも計り知れないだろう。


「あたしは、大丈夫だ。覚悟はとっくに、決めて、いたから……」


 家族を失う覚悟。

 この手で総司を止める覚悟。

 そして、父親の十字架を背負う覚悟。

 その全ての覚悟を持っていても。


「泣きたい時は泣いていいんだよ。今は僕たちしかいないから」

「そいつは嬉しい提案だ。お前の胸を借りてもいいのかよ?」

「僕のでよければいくらでも」

「彼女に怒られるぞ?」

「イノリはそんな事じゃ怒らないよ」

「……だろうな、けど、今は泣いてる場合じゃねぇ。あの穴をどうにかしねぇと」


 涙を流した瞳で、凛音は空に穿たれた大穴を見つめる。

 総司が消滅したせいか、大穴は不安定で、今にも暴走しそうだ。


 あの大穴は今、イノリ達特派の世界と繋がっている。

 なら、特派のみんなが元の世界に戻るまで、あの大穴は維持しないといけない。


「なら、僕が……」


 一騎の手には《ゲート》のイクシードが握られている。

 イノリのイクスドライバーでは大穴の維持は出来ないだろう。


 イノリのギアも壊れている。

 なら、大穴を制御出来るのは一騎しかいない。


「イクスギア――フル……あ……」


 イクスギアに《門》を装填。

 機動認証コードを叫び、ギアを纏おうとした直後。


「あがああああああああああああッ!!」


 未曾有の衝撃が一騎の体を突き抜ける。

 神経を焼き、脳髄を麻痺させる程の衝撃。

 痛みは苦痛を超え、一瞬で体から五感の全てを奪う程。


 体中が引き裂かれるような激痛に一騎は崩れ堕ちる。


「お、おいッ! 大丈夫か?」


 倒れ伏した一騎に凛音が駆け寄る。

 

 一騎は意識のほとんどを失いながらも、それでもギアを纏う事を諦めない。

 凛音は必死になって止めた。


「止めろ! 死ぬぞ!?」

「そ、それでも……みんなを、みんなの笑顔を……明日を……」

「大丈夫だよ、一騎君」


 そんな一騎のブレスレットから《ゲート》のイクシードをイノリは引き抜いた。

 イノリはゆっくりとした動作で、半壊したブレスレットに《門》を装填。


 イノリの体が蒼い光に包まれる。


「い、イノリ……何を?」


 イノリのブレスレットは壊れて、ギアを纏えないはずだ。

 なのに、イノリはギアを纏おうとしている。


 その理由を一騎と凛音は察した。

 イノリの足元に転がるもう一つのイクシードを見つけたからだ。

 イノリの《魔人》化を抑える為のイクシード――《人属性ヒューマン


 イノリはそのイクシードをギアから外し、《門》のイクシードを使ったのだ。


 けど、それは……


「バカヤロウッ!! お前、《魔人》になるぞ!!」

「やめて、イノリ……それはダメだ!!」


 イノリは何度も《魔人》へと堕ちかけている。

 もし、本当の《魔人》に堕ちたりしたら……

 封印しても、助けられる保証はどこにもない!!


「ダメだ!! イノリ!!」

「一騎君、これが最善の選択なんだよ。私がみんなが元の世界に戻るまで《門》を維持するから……

 一騎君、芳乃、その後に私を倒して、お願い!!」

「ふざけるな!! それはお前を殺すって事だぞ? 恋人のコイツに! 仲間のあたしに何させようとしてるんだよ!!」

「けど、これしかないの!! 私一人の命でみんなが助かる!! なら、私は……」


 イノリは決断した。

 最善で、そして、最悪の決断を。


「《換装シフト》――《ゲート》!!」


 直後、イノリを覆っていた蒼い光が漆黒に染まる。

 そして、その光を突き破り、


『グガアアアアアアアッ!!』


 最後の《魔人》が咆吼を上げた。

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