~”異世界で”冬の行事を”ちょっと”だけ本気出して祝ってみた! 4-2 ~
【 深夜・2: 悪戯のつもりで、だけど上手くいかなくて、独占欲が膨らんで 】
自分の上に、エマが落ちてきた時は何事かと驚いた。
「うわ、ちょっ……エマ!?」
瞼を閉じ、崩れ落ちるように倒れ込んできた彼女を受け止められなかったのは、心の準備が出来ていなかったからだ。
初めから、彼女が眠気の限界で、もう経っていられないぐらいだったと言う事がわかっていれば、抱き留める事は出来たはず。
そう、言い訳がましく考えながら、頭突きを受けた胸部に感じる鈍い痛みと、焦って飲み込んだせいで喉に絡んだ唾に咳き込みに苦しんでいる自分を慰める。
「…………ゲホッ…………こ、こんな事になるなら、ソファーに座ってればよかった……」
不在のエマの部屋で、ベッドに転がる事を選んだのは自分だ。理由も、戻って来たエマを驚かそう、と言う単純で子供っぽいものだ。今はその時の自分を止めたい。
とは言え、仰向けに寝転がっていたリヒトの上に倒れ込み、胸の上に頭を乗せて寝息を立てているエマは、どう見ても電池切れだ。
突然開始された時限式クエストで電池を作った事で相当疲れているのだろう。
無理やり起こすのもなんだか気が引ける。
「…………しょうがないなぁ、もう」
そのままの姿勢で、ひとまず身体をベッドの中へと引き入れ、布団をかけた。力を込めても何をしても、すやすやと気持ちよさそうに眠っている。
「なんかもう、どうしようか」
悪戯するつもりで隠れていたが、まさかこの距離で声を出しても起きる事がない程、瞬時に深く眠るとは……
予想外だ。予定と違う。
とは言え、起こす気にもなれず、仕方なくリヒトは胸を貸したままあれこれと考えていた。
エマの近くは、妙に居心地がいい。その理由は、いまいちわからない。
けれど、なんとなく離れがたく、それと同時にあまり近寄るべきではないと拒否している部分もある。
自分と言うものが塗り替えられるような、そんな気分と言えばいいのだろうか。
元の世界にいた頃とは違う、過剰な程の自由選択。それに、正直戸惑っていないと言えば嘘だ。
何をしてもいい、と言うのは同時に、何をするべきかわからない、と言った感覚を生む。
無尽蔵に与えられた選択肢は、形も状況も言葉も違う。そのため、混乱も生んだ。いい例が今の状態だ。
本来なら、この場を離れるかエマが起きるまで待つかの二択が現れ、どちらかを選択すればいいだけ。
なのに、今自分が置かれている状況は、なんの選択肢もない。何をしてもいいし、何かをする事で問題が起こるかもしれない、と言うものだ。
「………………好きにしていいなら、エマの顔に落書きして帰るけど……」
多分、明日の朝怒られる。それに、錬成で多くの魔力を消費し、疲れ果てたエマ相手にしたい事じゃない。
なら、何がしたい? と自問すれば、わからないと自答する他なく……
「…………………………」
チラリと胸の上を見れば、相変わらず穏やかな顔で規則的な寝息を立てている。
わかったのは、自分に比べると筋肉がなく、腕や肩が細い事だろうか……
そんな事を知ったところで、別に戦闘の役に立つわけじゃないのにと、心の中で悪態をつく。
仕方がないからこの場で寝るかと目を閉じてみるが、眠気が来ない。
甘いとも何とも言えない、心地の良い香りが鼻をくすぐる。
けれども、リヒトは違和感を感じた。いつものエマの香りに交じる、違う匂い。
それは、よく知っていた。一番身近で、一番長い間嗅いだ匂いだ。
「……なんで」
そこで、改めてエマの服装を確かめるように指で触れる。肩のショールは上等なシルクで作られた品で、見覚えがある。
女性ものだが、これを着ていたのは男でも女でもない、まだどちらも選んでいない弟のものだ。
けれども、その下の服は去年のクリスマスに発表されたクジの一つ、確か衣装の名前は……
「スウィート・ノエル・レインディア……だっけ? あれ、でもこのシリーズのサンタ衣装をエマは着ていたような……」
一応、クジで出た品だからと残していたが、露出が高いトナカイ服を着る事をエマは躊躇っていたはずだ。
それなのに、何故……?
気になるが、寝ている相手は答えをくれない。
それにしても、あちこち肌が見えているのもあって寒そうだ。
「……………………ちゃんと、布団に入って寝てもらう方がいいよね」
色々悩んだ末、リヒトは軽くエマの身体を揺する。
「ほら、起きて。エマ、ボクと一緒に寝る気? 明日、ビックリするんじゃない??」
声をかけるも、目を覚ます素振りはない。
ただ、「うー……」と低い声で唸った後、むにゃむにゃと唇が少し動いた程度だ。
「なに? どうしたの?」
夢でも見ているのだろうか……
少し諦めたくなった時、エマの唇から聞き取る事が出来る音が零れた。
「……それ……ル・ティーダ……あの…………」
眉が、ヒクリと動いた。
自分の腕の中で眠るエマが、自分ではない相手の夢を見ている。
その事実が妙にチクリと胸を刺し、その不快感が苛立ちをリヒトの中に広げていく。
「……………………もういいや」
また、すやすやと規則的な寝息を立て始めたエマに向かい、短く呟き、リヒトはエマの身体を抱きしめるようにして腕を回す。
そのまま目と閉じ、眠気が意識を奪うのを待つ。
明日の朝、絶叫と共に起こされるだろうか?
それとも、顔を赤くするかな? でも、あのエマが自分を意識するなんてありえないだろうけど、驚いてベッドから落ちて大きな声を上げたり、部屋を間違えたんじゃないかと狼狽えるぐらいだろうか。
きっと、あれこれ考えた後に、この世の終わりのような顔をするだろう。
それが面白くて、あれこれ疑われるような仕掛けをしたくなると、リヒトの悪戯心をくすぐる。
だけど、もう眠気に抗う気にはならなかった。
訪れた微睡みに身を任せ、リヒトは深く、深く闇の底へと落ちていく。
無意識にエマが伸ばした腕が、リヒトの首の後ろへと巻かれ……二人はまるで抱き合うような形で朝を迎えた。
とは言え、朝日がカーテンから差し込んでも、最高の抱き枕を得た二人は目を覚ますことなく……
翌日、目覚まし代わりに叫び声を上げたのは、開け放たれた扉が不用心だと伝えに来たテネーブルで、その声に驚いて飛び起きたものの、状況がわからないエマの目の前で双子が物騒な喧嘩をおっぱじめた。
と言うのが、クリスマスと年末年始がセットになった、ある日のお話し。