~”異世界で”冬の行事を”ちょっと”だけ本気出して祝ってみた! 4-1 ~
【 深夜・1:サンタクロース、異世界支部誕生! でもって、お正月にはお年玉がありまして 】
除夜の鐘を百八回打った後、全員が部屋に戻るのを確認し、エマはある事のために服を着替えていた。
それは、去年配布されたサンタクロース風のコスチュームで、女性もののため胸元に大きなリボンがついている。
足元も短めのスカートにロングブーツと言う、テネーブルが着たらアルデオが卒倒しそうな衣装だが、残念ながら着用者はエマで、特に可もなく不可もなくと言った評価を自分で下す。
最後の仕上げにと、コスチュームとセットのミニ帽子をピンで頭に付ければ、”千年王国と封印の鍵”仕様のサンタの完成だ。
「さて、いい子たちにプレゼントを配りに行かなきゃ」
即席錬金術で作った、クリスマスカラーの包み紙で綺麗に包んだ箱を手に、エマはニヤリと悪い笑みを浮かべる。
きっと、枕元にアイテムがあったら驚くだろう。中には純粋に、サンタクロースを信じてくれる子もいるかもしれない。
そう思うと、俄然やる気がわく。
抜き足差し足忍び足。
息を殺して窓を開け、部屋の中に入り込んだものの……
双子の部屋で真っ先に捕縛されたのは言うまでもない。
「……………………へ?」
「え!?」
短く呟いた言葉。
それに反応し、目を見開いたテネーブル。
次の瞬間、エマが身にまとっていたサンタ衣装は吹き飛び、かろうじて残った布切れがまるで漫画の一コマのように重要な部分を隠していた。
頭の中を、走馬灯が流れる。音のない映像が、短い時間の間に静止画を組み合わせたようにして過ぎていく。部屋に来る前にテネーブルとリヒトに渡すためのプレゼントを選んだ時の事、窓の外へ息を殺して近づいたこと。そして、窓を開けてよじ登り、隙間から身体を滑り込ませた……次の瞬間、空気のナイフが自分に向かい飛んで来て、飛んで来て……
「ッ~~~~~~!?」
吹き飛ばされた衣類の残骸を抱きかかえ、エマはその場に座り込む。
貧相な身体だ。自分でもわかっている。隠すほど出ても引っ込んでもいない。見た人はきっと残念な気持ちになるだろう。選べるのなら、リアマのような豊満な胸やくびれた腰にするはずだ。。
けど、だからと言って、見られて恥ずかしくないわけじゃないし、見られたいわけじゃない。
人前で、裸にされるなんて以ての外だ!!
「ご、ごめんね! リヒトだと思ったから、ワタシ……!!」
酷く慌てた様子で布団のシーツをはぎ取り、蹲っているエマにシーツをかける。
顔を反らしたまま、謝罪を繰り返すテネーブルの様子を見るに、リヒトなら避けられる魔法を使ったのだろう。
「ほんっとに……ごめんなさい………………あの、悪気はなくって……」
泣きそうな顔をしているテネーブルに、エマの中で悲鳴を上げていた羞恥が吹っ飛ぶ。
勘違いさせるような事をした自分が悪い。こんな可愛らしい子に、一瞬でも貧相な身体を見せた事をむしろ詫びるべきではないだろうか。どちらかと言えば、見てくれる人のいない身体なのだから、見ていただいて感謝すべきか。などといった内容が代わりに浮かぶ。どうやら、エマはかなり混乱しているようだ。
「大丈夫、えっと、女性ものの服はまだあるから。あーでも、サンタはないか。トナカイにしよう」
貰ったシーツを掴み、アイテムバッグの中を操作してトナカイ風のコスチュームを取り出す。
さすがに目の前で堂々と着替える事は出来ず、もらったシーツを目隠し替わりに頭からかぶり、学生の頃に下着を見られないように着替えた事を思い出しつつ、ワンピースの肩紐を上げる。
セットのムートンブーツに足を入れ、着脱可能な袖に腕を通し、トナカイの角をイメージしたカチューシャを頭に付ければ完成だ。
「もうこっち見てもいいよ」
目をギュッと閉じ、顔を反らしていたテネーブルに告げると、恐る恐ると言った感じに視線をエマに向け、彼はパチクリと目を瞬かせた。
「エマちゃん……その服……!」
大きく開いた背中や、少し濃いめの茶色のファーがあしらわれた胸元、二の腕や袖口にスカートの裾。スリットの入ったスカートと、腰や胸元を強調するようにつけられた紐に、デザイナー気合を感じられる。が、いかんせん着ているのが色気の微塵もないエマだ。可愛いの象徴とも言えるテネーブルを前に、公開処刑のような気持になっていた。
「………………これしか、それっぽいのが、なくてね」
明後日の方向を見ながら告げると、慌てた様子でテネーブルがクローゼットへと駆け出す。そして、ゴソゴソと何かを探すように腕を突っ込み、取り出したものを片手にエマに駆け寄った。
「これつけたら、すっごくカワイイよ!」
そう言ってエマの後ろへ回り、手にしたものを首に巻き付ける。カチリと音が聞こえ、「見てみて」とテネーブルが鏡を見るように勧めるため、エマは渋々と言った様子で差し出された鏡を見た。
首元に巻かれていたのは、繊細なクロッシェレースのチョーカーだ。寂しかった首元に花を模したレースを加えるだけで随分と印象が変わる。
「なんか……上品な感じ」
「露出が多いから、ちょっと肌を隠すと変わるよ! で、あとはこれを肩から掛けてっと」
テネーブルが取り出した布がエマの肌を滑る。
シルクで作られたショールは、首に付けたチョーカーと似た花のレースと、無地のシルク地の二枚重ねらしい。
極上の肌触りに思わず夢心地になる。
それをゆったりとさせ、ドレープ風に仕上げた所でテネーブルが満足そうに唇を引き結ぶ。
「うん、最高! 完成!! カワイイ!!!」
納得の仕上がりらしく、満面の笑みでエマを見つめる。
その視線がくすぐったくて、エマは勝手に赤くなっていく顔を隠すために俯いた。視界に入った赤い布に本来の目的を思い出し、アイテムバッグからクリスマス風に梱包したアイテムを取り出す。
それを差し出し、
「サンタじゃなくなっちゃったけど、これ、プレゼント」
「受け取ってくれる?」と続け小首を傾げたエマに、テネーブルは小さく
「う、うん……」
と答え、もらった小箱を手に消え入りそうな声で「ありがとう……」と呟いた。
チラリと覗き見た彼の表情が、嬉しさを噛み締めているように見え、エマは思わず抱きしめてしまいたくなった。
けれどそれをグッと堪え、口から飛び出しかけた称賛の言葉を飲み込みながらそそくさと部屋から立ち去る。
もちろん、扉からだ。
廊下を歩きながらエマは、いつか自制心が崩壊してしまいそうな気がしていた。
可愛いを連発し、周りからドン引きされる……そんな図が容易に想像出来、思わず頭を振る。
「と、とにかく……プレゼントを早く配って戻ろう……」
双子の部屋に侵入した際の失敗を鑑みて、窓からは諦める事にし、メッセージカードを添えてそれぞれの部屋の扉の前に置く事に決め、エマはその場で「メリークリスマス、いい子にはお年玉もあげちゃうよ」と書き、二つ折りにしてプレゼントボックスの下へ挟むようにして置く。
お年玉とは言っても、現金は入っていない。千代紙で折ったポチ袋の中にはエマが調合したポプリや石鹸、リップクリームなどが入っている。ちなみに、クリスマスプレゼントはお菓子詰め合わせだ。
この世界では現金をまだ使った試しがないため、消耗品にしたとポチ袋にメモを挟んでいる。
各部屋を周り、ふとフィラフトのプレゼントをどうするかと悩む。
部屋の決まっていない彼女が目を覚ます場所は……と考えていると、浮かんだのはキッチンだ。
いつも日向ぼっこをしているキッチンの、窓際にあるローテーブルの上に小箱を置き、メッセージを添える。
そして、はてと首を傾げた。
「そう言えば、リヒトはどこに?」
最後に一つ残っている小箱を手に、エマはテネーブルにプレゼントを渡した時の事を思い出す。
窓から入った時、エマに気づいたのは彼だけだ。
そうでなければ、風の魔法以外もエマに飛んできたはずだ。例えば、切れ味のいい二本のナイフ、とか……
思わずゴクリと喉が鳴る。
「不在でよかった……うん……よかった……」
窓にかけた指が消えるイメージが浮かび、慌てて頭を振る。
さすがに、仲間相手にそこまではしないだろうと言い聞かせ、エマはその物騒な少年がいそうな場所を思い浮かべる。
「うーん…………」
けれども、さすがに彼がこの時間帯に行きそうな場所は浮かばない。
そうこうしている間にも時間は刻々と過ぎ、眠気がジワジワとエマの意識を微睡ませる。
「まずい……寝ないと……」
瞼が重い。頭の中に靄がかかり始め、次第に思考が定まらなくなってきた。
リヒトには悪いが、探すのは諦めて部屋に戻ろう。明日起きてから、理由を伝えてコッソリとプレゼントを渡そう。
そう決め、重い瞼を無理やり押し上げながら部屋までの道のりを一歩、一歩進む。
気持ち的にはもう、適当にその辺の部屋の椅子の上で眠ってしまいたい。
けれども、ギリギリ意識を繋ぎ止めている理性が、足を動かしていた。
いつもの何十倍にも感じられる部屋までの距離を、ようやく歩き切り、エマは扉に体重をかけて押し開ける。
そのまま、鍵をかけるのも忘れ、フラフラとした足取りで吸い込まれるようにベッドまで進み、倒れ込むように崩れ落ちた。
朝から時限式のクエストのために、何度となく錬成を繰り返したのがこの眠気の原因だろうか……?
そんなことを考えながら、妙に居心地の悪いベッドに違和感を感じながらも、エマはすやすやと寝息を立て始めた。
その日見た夢の中で、エマは電飾を興味深そうに見ているル・ティーダに、クリスマスの説明と作った電池の紹介をしていた。
エマの話しに耳を傾ける男神が妙に印象的で、会話の内容は思い出せないのに何故か、星のように瞬く電飾を彼が気に入った事だけは覚えていた。
それからしばらくの間、クリスマスツリーに使った電飾は倉庫に片付けられず、屋敷の出入り口を飾る事になる。
もちろん、衣装もコッソリクローゼットの中に飾っていた。何故かそれを見るたび、小恥ずかしくなるものの、夢の中のル・ティーダに褒められたような気がしたからだ。
たまには可愛い服を着るのもいいかもしれない。そんな気持ちにさせてくれる夢だった気がする。
電池が切れてしまうまでの、短い間。けれども、玄関を彩るその輝きは、遠い遠い故郷を思わせる色どりで、エマはそれを見るたびに懐かしい気持ちになっていた。