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~”異世界で”冬の行事を”ちょっと”だけ本気出して祝ってみた! 3 ~

【 夜:クリスマスツリーの前で食べます、年越し蕎麦! あんど、御節!! 】





「………………凄かった……」


ほんの数時間でげっそりと窶れたアルデオは、綺麗に飾りつけされたツリーを前に、ポツリとこぼす。

爽やかな風を感じられる庭に出てきても、何故か鼻にこびり付いた不快な臭いが気分を落ち込ませていく。それもこれも、エマの部屋で爆発後に嗅いだ異臭が原因だ。粘膜にこびり付いた臭いが、鼻をかんでもハーブの香りを嗅いでも、なにをしてこびり付いたまま、離れてくれない。

耳もそうだ。爆発音が聞こえなくなったと言うのに、ドカンドカンと記憶が音を鳴らし続けている。


「…………エマもリヒトも、よく平気だよな……」


独り言のように呟けば、


「まダ、つらいデスか?」


と、隣から気の毒そうな声が聞こえてきた。


「音や臭いがこびりついてて……」

「困りマシたネ」


完成品をお披露目しているエマの背中を、どこか遠い目で見ているアルデオに向かい、フィデスは何とも言えない表情で相槌を打つ。

音とは振動だ。振動が様々なもの、例えば個体、例えば液体、例えば気体。それらを震わせ、耳に届く。


とは言え、爆発音がどれだけ凄まじくてもその前に爆発の衝撃もあるわけで、


「なんで、リヒトはケロッとしてるんですか……?」


同じ部屋でほぼ同じ場所にいたはずのリヒトは、何事もなかったかのように退屈そうに畑を囲う柵の上に座っている。

アルデオには、未だに足元が揺れるような感覚や、吹き飛ばされるような衝撃が残っていると言うのに、だ。


「慣れ、デしょうネ」

「慣れ……ですか……」

「大丈夫デス、アルデオさンもそのうち、気にナらなくナりマすヨ!」

「………………突然の爆発に!?」


突然、と言う部分にフィデスが苦笑いを返す。

そして、「これでも、前よりはマシなんです」と続けたフィデスに、思わず絶句する。

あれより酷い状態がどれ程か、少しだけ想像し……アルデオは思わず耳を塞いだ。


「あんまり……考えたくない……です……」

「大丈夫デスよ、当分は新しイ道具ヲ作る事はなイでショウから」

「つまり、新しいものを作る時は同じようになるって事ですよね……」

「そうかモしレませんネ」


フィデスの呟きの後、クリスマスツリーの電飾に明かりが灯る。

赤、桃色、青、空色、緑、黄色、白。七色からなる光のデコレーションが針葉樹を彩り、歓声が二人の視線を引き寄せた。


「うわ…………」


輝きに目を奪われたアルデオが、感嘆の声を小さく漏らす。

それは、星のようだった。空から零れ落ちた流れ星を常緑の低木に縫い留め、それらは見た事もない色で瞬いている。

時に強く、時に淡く、点滅を繰り返し上から下に流れるように滑り、それを数度繰り返したのち全ての色が点灯する。まるで夢のような光景に、アルデオは言葉を失い魅入っていた。


彼の瞳に映るっているのは、電飾だけではない。


「エマ、ありがとう!!」


アルデオから少し離れた場所で、テネーブルが嬉しさのあまりエマに抱き着いた。首の後ろに回された腕に驚いたのか、エマが目を瞬かせている。


「凄い、凄いよエマ! 本当に電気がついた!!」

「おめでとうございます、主」

「あ、ありがと、二人とも…………」


照れくさそうにそう返したエマは、ふと赤い靴下の形をした飾りに目を留めた。

そして、近くにいるテネーブルやリアマの次に、周囲にいるリヒトやアルデオ、そしてフィデスを見た後


「そうだ………………!!」


となにかを思いついたのか、首の後ろに回されていたテネーブルの腕を解き、


「ちょ、ちょっと待ってて!!」


と言い残し、慌てた様子で屋敷の出入り口へと駆けて行く。

その様子に呆然と、二人は顔を見合わせて首を傾げた。


「なんだろう?」


と目を瞬かせたのがテネーブル。


「待てと言われましたので」


去って行ったエマの後姿を視線で追いながら、見えなくなった主の言葉通りその場に留まる事にした。

エマの声が大きかったからか、何事かとリヒトが掛けていた柵の上から飛び降り、フィデスとアルデオがツリーの下へと足を進めた。


「なにかあった?」


そう切り出したのはリヒトだ。テネーブルに向かい、何事かと問うも弟は「わかんない」と首を竦めた。

自然と、全員の視線がリアマに向けられるが、彼女もまた「自分もわかりません」と慌てて首を左右に振る。


「別に、エマの作った電池も、電池を入れるためのホルダーやスイッチも問題なさそうだよね」


リヒトがツリーの根元にある、黒っぽいプラスチックの小箱に触れ、カチカチとオンオフを繰り返す。

電気は問題なくすべての電飾に流れているらしく、特に妙なところはない。ならばなぜ? と、更に疑問符が浮かぶが、


「ツリーを見て何かを思い出したって感じ?」

「飾りを見ていたようです」


二人の答えにますますわからなくなり、リヒトがお手上げだと言いたげに両手をひらりと顔の横に上げた。


「謎解き系、ボク苦手」

「ワタシもー」


早々に双子がギブアップし、続いてフィデスが「大人しく待ちましょう」と言えば、リアマとアルデオは仕方ないと小さく息を吐いた。

アルデオがツリーのてっぺんを見上げると、不意に近くの窓が音を立てて開いた。

開け放たれた窓からヒョコリと顔を覗かせたネロが、リアマを確認し「協力を」と短く告げる。


「配膳をお願いします」


と言って差し出したのは、木目調のトレーだ。こげ茶色の膳の上には、二人分のどんぶりが乗っている。

受け取ったリアマの手元をリヒトとテネーブルが覗き込めば、二人は互いの顔を見合わせて怪訝そうに眉根を寄せた。


「きつね蕎麦、デスか?」

「去年、除夜の鐘を撞いた後に食べたので」

「あア、年越シ蕎麦ですね!」


理解したとパッと表情を変えたフィデスの隣で、テネーブルが「去年の残り物だよね……」と無慈悲な一言をこぼした。


「クエストで沢山配布されてたからね……。と言うか、桁がおかしかったはず……」

「最近、倉庫の中ってどうなってるか不思議なんだよね、ワタシ」

「常にアツアツのアイテムが取り出せますから、時間が止まっているのかもしれません」


どんぶりをテーブルの上に並べ、お膳をネロに返しながらリアマが会話に参加する。

その上にまた二人分のどんぶりを並べ、窓から差し出しながら


「それは去年の物です。これが二年前のアイテムです」


と説明を加え、かき揚げの乗った蕎麦へ視線を向けた。

さすがに理解したらしいアルデオが頬を引きつらせ、フォローするようにフィデスが「賞味期限が切れても食べられますよ」と、さらなる爆弾を投下する。


庭に用意されたテーブルの上に並んだ蕎麦はどれも、賞味期限が切れているため回復や補助と言った効果はないが、どれも湯気が出ており、美味しそうだ。


とても三年前から去年の今頃に配布されたアイテムとは思えない程に……




人数分の年越し蕎麦と箸を用意し、庭に出てきたネロと一緒にエマが戻って来た。


「待たせてごめんね……って、わあ! 年越し蕎麦??」


並べられたどんぶりを前に驚いた様子のエマに向かい、ネロが軽く礼をした後


「除夜の鐘を撞くなら、これも必要かと思いまして」


と、テーブルの中央へとエマを促す。

ネロが用意し、リアマが配膳したそのどんぶりには立派なエビが鎮座しており、エマは即座に記憶の中から導き出された「これ、三年前の……」と言う答えを飲み込む。

他のどんぶりをチラリと見れば、エマの他にフィデスの前にエビがいた。

一番見栄えするものを主人であるエマと、年長者であるフィデスにと気をきかせてくれたのだろう。


「あ、ありがとう」

「おせちも用意しております」

「…………え」

「門松にはおせちかと思いまして」

「……………………あ、うん」


「そうだね」とかろうじて返す事が出来たエマの前に、得意げなネロがどこからともなく重箱を取り出し並べた。

黒い背景に金色の枝が伸び、まだ開く前の蕾や、愛らしくも鮮やかな赤い花をつけた梅が描かれた重箱は、今年の正月に配布された御節アイテムで、五段重ねと「最近流行りのローストビーフが入っている」と言った説明文に驚いた覚えがある。

それが現実になると、頭の中に浮かぶのは値段だ。百貨店のサンプルで見た商品の中で、一番高そうだったものと重なり、「給料一ヶ月分……」と言う感想が頭を過る。

エマと似たような顔をしているリヒトが「なにこの共演……」と漏らし、「ケーキ無いだけマシ?」とテネーブルが頬を引きつらせていた。

アルデオはあまりの豪華さに目を瞬かせている。


「あー……えっと、まずは蕎麦から食べようか……」


その「ケーキがあるよ」とは言えず、エマは倉庫を探し、アイテムボックスに入れたクリスマスケーキをテーブルには出さず、存在を記憶の中から消す。


「冷メる前に頂きマしょう」


と言うフィデスの言葉に、全員がひとまず箸を手に取り「いただきます」と食事を始める際の挨拶を口にした。




ちなみに、真っ先に食べ終えたネロが意気揚々と、ほぼ真横に設置された除夜の鐘を撞いたところ、あまりの音と振動に「近すぎると駄目だ」と、設置個所を屋根の上に変更され、よじ登れるリヒトとリアマにより無事、百八回を撞き終わったのは深夜を回った頃……



「おそく なりましたの」


おせちの説明をしていたエマの横に、音もなく現れたのはウサギの耳にイタチの顔、アルパカや羊のように柔らかな毛を持つ身体で、リスの尾を持つフィラフトだ。

機嫌があまりよくないのか、彼女は周囲を見渡して大きく溜息を吐く。


「ずいぶんと きみょうな しなじな ですのね」


「自分もそう思う」とは言えず、エマは曖昧に笑みを返す。彼女からおせちの説明を受けていたアルデオは不思議そうに目を瞬かせ、近くの柵に腰かけて疲れが顔だったリヒトが興味深そうに片方の眉を軽く動かした。


「まぁ、私がいた国では色々な神様が受け入れられていたからね」

「この せかいでは ふたはしら ですのよ」


男神、ル・ティーダと女神、ラ・カマルの事だろう。それに同意するようにアルデオが頷けば、


「ボクの世界では種族ごとに信仰するものが違うけど、元を辿ればエマの世界に繋がるんだよね」


と、リヒトは言ってエマを見る。


「んー……説明しづらいな。とりあえず、私が生まれ育った地域では、自然を神として信仰したり、人や動物がそうなったり、物や現象に宿ったりと、様々だからなぁ。神様の数も八百万って言って、視界に入るもの全部にいるって考えもある。神話だけにすれば数えられるかもしれないけど」

「……………………」


あんぐり、と言う言葉が相応しい程にフィラフトは目を瞠り、アルデオはポカンと口を開けた。

リヒトはその様子に肩を震わせて笑いをかみ殺し、エマは慌てて「多神教もあるけど、一神教もあるよ! ただ、神話にも神様にもそこまで詳しくない」と付け足した。


僅かに間をおいて、我に返ったフィラフトは頭を振る。そして、自分を取り戻したのか呆れたように鼻で息をした後、


「それで どのように いわうの ですか」


思い出したように告げた。

どうやら、異世界の神々に多少の興味はあるらしい。

とは言え、祝うためのと言うよりイベントのために用意され、そのイベントも神々を祝うよりも敵を殴ってレアアイテムを手に入れる事に重きを置いていたエマは、純粋な神使が向けてくる興味の視線に、僅かな後ろめたさを覚えた。


「…………そこのクリスマスツリーは、ある神様が生まれたのを祝うお祭りに使われます。梵鐘は、年の瀬に煩悩を払うために百八回、除夜……ええと、大みそかの夜に撞きます。除夜の鐘です。それから、その門松はお正月に門前に立てる飾り松です」

「ちなみに、全部違う神様……あ、一部仏様だけど、のお祭りだよ」

「…………………………」


リヒトの補足に、フィラフトが更に引くのがわかった。節操がない、と言いたげな視線が痛い。


「お金を使ってもらわないと、流れが滞ってしまうからね、多分……だから、イベントで一気に財布の紐を緩ませて……拝金主義だよ、資本主義だよ。お金は天下の周りものだから、みんな出し惜しみなく放出しなきゃなんだよ、そう……イベントの時に……」

「あー…………まぁ、そう言うのもあるよね。税収もあるし、国としては使ってもらった方が景気がよくなるのかな?」

「…………………………かみがみをも りよう するとは あなたの せかいの にんげんは おそろしい ですのよ」


三者三様に複雑な表情をしている中、アルデオだけが困惑気味に「お金……」と小さく呟いた。

そして、眉根を寄せて怪訝そうな顔をして


「お金って、なに?」


と、爆弾を投下する。

さすがに驚いたらしいリヒトが短く「は?」と漏らし、アイテムバッグから取り出したコインを手渡す。そして、価値の尺度、交換の媒介、手段などといった言葉を述べながら、子供に話すような説明を始めた。

社会の時間、と言った感じだろうか。小学校で習った授業の事を思い出し、少しだけ懐かしさを感じる。


「がいねんが ありませんもの しかたが ありませんのよ」


勉強を始めた二人を他所に、フィラフトがつまらなさそうに告げる。


「概念がないって?」

「ちいさな しゅうらく ですもの ぶつぶつ こうかんで ことたります のよ」

「あー……」


納得したと短く声を上げ、小さく頷く。

それに帰ってくる言葉はない。フィラフトは視線を上げ、遠い空を見つめている。


「………………」


続く沈黙に気まずくなったエマは、何かないかと頭の中を探るも、特に話しかける理由が見つからず、お金の勉強をしている少年たちの声をBGMに、クリスマスツリーへと視線を向けた。

電飾を前に、リアマとテネーブルが談笑し、テーブルの上の食器をネロとフィデスが片付けている。


見慣れた光景だ。けれど、どこか……どこかまだ、夢かもしれないと思っている自分もいた。

長い、長い夢を見ているのではないかと……

それを見透かすように


「それらの かみがみは あなたを すくいません のよ」


と、冷たい声が掛けられる。

エマは困ったように眉をハの字にし、「そうかもね」とだけ返した。

その答えに満足したのか、それとも不満を覚えたのか。フィラフトは現れた時と同じように、また突然いなくなってしまった。


夜は深まり、時間だけが過ぎていく。

元の祭りには程遠いものの、イベントをそれなりに楽しんだ後、アルデオが「木に爆発で出来た星を付け蕎麦を食い、豪華な食事を広げた後に鐘を連打し、あけおめと叫ぶ祭り」が自分の知らない場所ではある、と勘違いしたのは言うまでもない。



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