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~”異世界で”冬の行事を”ちょっと”だけ本気出して祝ってみた!~

【 朝:大変なクエストが始まりました 】



忙しない日々の中。


新しく始めた「痺れ薬」に関する調合をメモしていたエマは、ふとその手を止める。

材料の項目への打ち消し線、丸印、バツ印、ビックリマークや補足が書かれた、記号だらけのその用紙から目を離し、椅子の背もたれに体重をかけた。


「…………そう言えば、この世界って季節はあるの?」


開け放たれた窓から入り込む風がカーテンを揺らし、差し込む温かな日差しが時間を知らせる。

朝日は眩しい。けれども、活力を与えてくれる光だ。

けれども、その光の差が来たばかりの頃に比べ強くなったか弱くなったか、日の出と日の入りが同じかどうか記憶にない。

ただ一つ言えるのは、記憶の中のカレンダーの日付とこの世界に来てからの時間を繋ぎ合わせると、もう冬になるはずだ。


朝晩の冷え込みがきつくなり、布団から出たくなくなるあの季節……

こたつに座椅子、ミカンとノート型パソコンをセットにすれば、生理現象以外でそこから離れたくなくなると言う、人間を堕落させる最高の空間を作る事が出来る。そこに、ネット通販とソシャゲ、ネトゲ、据え置きゲーム、出前チラシを追加すればあら不思議、完璧な布陣が出来上がる。万歩計で歩数を測れば、場合によっては百歩以内と言う記録が出せる程、その場から動かなくなる自信がエマにはあった。


とは言え、この現象は休日のみ。

出勤すれば脹脛が浮腫むほど立ち続ける事もあれば、忙しなく動き続け靴底を減らす日もある。


「冬は大変だったからなぁ……」


大人数と言えば忘年会。

愛に溢れていると言えばクリスマス。

子供、父母、祖父母が多い年末。

そして始まる、怒涛の新年、三箇日。


例えば酒でやらかした大人の後始末をしたり、飲酒運転防止のマニュアルを読み上げる回数が増えたり、例えば仲睦まじい男女が羨ましくなったり、例えば聞こえてくる愛溢れる会話に嫉妬しあり、例えば孫を見つめる祖父母の温かい視線を微笑ましく眺め……

常に、職場の仲間たちは忙しさに喜び悲鳴を上げ、そしてたまに死んだ魚のような目をし、口から魂を飛ばしたり不平不満を小声で並べてみたり、ため込んだストレスを発散する場を求め、友人へ連絡を取ったりして仕事を回していた。

アルバイトは給料が多少プラスされるが、社員にそれは関係ない。残業代が付く程度。ただ、自分の時間と精神を極限まで削り、たまに入るクレームに頭を下げ、美男や美女に目を奪われる間もなく、たまに店内を走り回る暴走車両のような子供に困惑し、福袋と銘打って会社が出した金券でレジを膨らませる。残業代で得た、微々たる金銭では到底この精神的苦痛は補いきれないだろう。


何が悲しくて愛し合う男女の溢れ出る幸せオーラを浴び続けねばならない。よしんばそのオーラを浴びる事で多少の恩恵にあやかれたとしても、職場の面々に名前すら忘れられる程の空気っぷりを発揮するエマが、その程度で恋人どころか男の知り合いを作れるわけがない。


毎年毎年真っ白なスケジュール帳を前に、シフト表を全空欄で提出する悲しみを思い出し、エマは唇を噛み締めて机に突っ伏した。


恋人が欲しいなどといった贅沢は言わない。けれど、恋人同士や新婚夫婦の愛溢れる空間に、脇役以下として常に登場を要求されると言うのは、極寒の地で全裸の死体役をやらされるレベルだろう。

つらさで言えば、年末年始のファミリー層相手も中々くるものがある。

父母と子供たちと言う図も、家族を亡くしたエマの記憶をチクリと刺し、寂しさや悲しさが溢れそうになる時があった。

女の友人二人組を見た時は、親友と自分を重ねる時がある。彼女が生きていればと、胸に開いた穴に風が通り抜けた。


一つ一つは些細な痛みだ。けれど、普段と違いクリスマスからの年末年始は……多い。

幸せな人が一人でも多く存在するのは、世界的に見ればいい事だろう。


けれど、だからこそ。




あれから考えれば、今は天国だ。極楽だ。浄土だ。

地獄のイベントラッシュに比べれば、精神衛生上、まったくもってよろしい環境だろう。



ここには全身から砂糖を垂れ流せるような甘い言葉を吐く男もいなければ、それを当たり前のように受け取る、脳みそが砂糖で出来ている女もいない。

別に言って欲しいわけじゃない。悔しくない、涙は出ない……泣いてない……


「うう……私だって……」


夢を見るぐらい自由だと、エマは思った。蕩けるような甘い声で、壊れ物を扱うように触れられたい。一度でいい、君がいないと生きていけないと言われてみたい。ドラマや映画のような恋がしてみたい。

みたい、みたいでいいじゃないか。思うだけは自由なのだから。


顔を上げ、強く拳を握る。すると、近くの窓を緑色の何かが横切った。


「……ん?」


妙に気になり視線を向ける。

次いですぐに丸みを帯びた金属の釣鐘と、斜めに削ぎ切られた竹三本が通り過ぎて行った。


「んんん??」


違和感を感じる組み合わせに、エマは椅子から立ち上がり窓へと近づく。

そして窓から身を乗り出して確かめれば、クリスマスツリーに使われる針葉樹、除夜の鐘に使うと思われる梵鐘、正月飾りでデパートの前に置かれる程立派な門松。そして、それを運ぶリアマ、リヒト、ネロと言った順番で進んでいく。

ごちゃまぜ宗教の行進だ。


「……なに……ごと……?」


脳内で疑問符が躍った。キリスト教、仏教、神道をイメージさせる品物だが、何故この異世界に?

それより、どこへ持って行くつもりなのだろうか? ホムンクルス(ネロ&リアマ)に頼んだ覚えはないのだが……

グルグルと回る問いに、答えるように反対側の耳に愛らしい声が囁いた。


「い・べ・ん・と・の・じゅ・ん・びっ」

「!?」


フッと耳朶にかかる吐息に、反射的に身を引く。ゴンと勢いよく窓枠に頭をぶつけてしまい、その場に蹲り痛む場所を両手で押えた。視界に飛び散った星と共に慌てた声がエマの頭上から降り注ぐ。「大丈夫か!?」「ええ!?」の声に、涙目になり震える声でエマは答えた。


「だ……大丈夫……ちょっと、心と身体に衝撃を受けただけで……」


しゃがみ込んだまま見上げれば、窓枠には二つの顔が並んでいた。テネーブルとアルデオだ。

エマの耳元で囁いたテネーブルは慌てた様子で、アルデオは心配そうに見ている。

痛みを伝えてくる位置を手で押えたまま立ち上がり、エマは苦笑いを浮かべた。本人としては問題ないと伝えるために笑っているのだが、痛みが頬を引きつらせる。

それが痛々しかったのか、悪戯を叱られた子犬のようにションボリと俯き、テネーブルが「ごめんね……」としおらしく言えば、瞬時にエマの心臓を何かが射抜く。刺さったものに書かれているのは「可愛い」の言葉だ。自分が作ったキャラクターの用紙を誉めそやす文字の羅列が痛みを押しのけ、エマは両手で自分の口を押えた。


「かわ………………んんんんん! っぁぉ……うだ、なにしてるの?」


若干間に合っていないが、ギリギリで言葉を抑え込み、聞き取りにくい「そうだ」で尋ねれば、アルデオは怪訝そうな顔でエマを見たが、テネーブルはパッと顔を上げる。

次の瞬間、蕾が太陽の光を浴びて花開いたかのように笑み、「あのね、あのね」と嬉しそうに話しかけてくるのだ。危うく喉の奥から激流のように押し寄せる賛美の言葉を漏らしかけたが、寸でのところで唇を噛み締めて堪える。

危ない。今のは本当に危なかった。危うく、彼がどれだけ愛らしく可愛らしく素晴らしいかを、ありとあらゆる言語を用いて、自分の足りない語彙力に嘆きながら、相手がドン引きしようとお構いなしに語るところだった。


そしてエマはある事に気づく。

一言でも漏らしたら最後、絶対に自分を止める自信がない! と言う事に。


自分が彼らを如何に入念に作ったかを語った時には、「気の合う仲間」から一転……「関わってはいけない変態」か、「ショタ好きのヤバいヤツ」と思われてしまうだろう。

なにせ、彼らの設定年齢である「十五歳」の部分には絶対に譲れない理由があるのだから。

それを知られたら、もう二度と気さくに話しかけてもらえないだろう。だからこそ、絶対に漏らしてはならない。


明るい声で「それでね」と続けたテネーブルを内心食い入るように見つめ、けれどもミーハー的な感想を悟られないよう、平静を装ってうんうんと頷けば、アルデオはますます首を捻る。怪訝そうな顔に困惑がプラスされ、なんだか難しい表情になっていた。


「元の世界だと、一ヶ月ぐらいでコスチュームとか新しいのに変えてたでしょー?」

「うんうん。月に一回、イベント衣装の入った特別なクジとか出てたからねー。去年は結構頑張った覚えがあるなぁ。ハロウィンは可愛いのとか格好いいの多かったから」

「クリスマスのサンタ風衣装とか、トナカイ風のワンピースとか懐かしいねー」

「サンタと言えば、イベントクエストもあったね。居住区の子ども達にプレゼントを配るお手伝いとか、プレゼントを奪う不届きものを成敗せよ、とか言うの」

「そうそう!! 偽サンタ、いっぱい倒したよねー!!」


満面の笑みで物騒な言葉を発したテネーブルに対し、さすがにアルデオもギョッと目を瞬かせた。


「え……倒……え……?」


明るい声に合わない音に混乱しているらしく、成敗ならいい事をしたのだろうか……? と、プラスに考える。


ゲームの時であれば当たり前な討伐クエストだが、現実に置き換えてみればアルデオのように首を捻るかもしれない。


一定期間、特定の時間に現れる”街にやって来た優しいサンタクロース”を何故か毎度毎度”偽サンタクロースが襲う”のだ。それも、一人の善良な老人を、を無限に現れる強盗が。

トナカイが引くソリに乗った赤い色のコスチュームを着た本物のサンタクロース目掛けて襲い掛かる、赤以外のサンタ服を着た敵を倒し、街の中まで辿りつけるよう援護する、と言う内容のためプレイヤーたちは大人数で偽物サンタを叩く。


エマたちからすれば、クエストを達成するために敵を攻撃し、アイテムやゲーム内通貨がドロップすれば拾う。と言った感覚だが、現実に置き換えれば

”本物のサンタクロースだけを的確に狙い、それなりの金額を出せば購入可能なプレゼントをやたら必死になって手に入れようとしている偽サンタクロースたちを、上はカンストレベルの超人たちが、下は今日から始めたと言うヒョロヒョロのもやし市民が、全力で技や魔法を打ち込み、体力を失った者から片っ端に所持していた物を戦利品として持ち去られる”わけだ。


なかなかにえげつない。


「結構レアな素材も出たし、かなりのアイテムも拾えたし、おいしかったよね」

「おいしかった! すっっっごいおいしかった!! だって、レアだけでアイテムバッグ一杯だったもん!!」


倒すの次は「おいしい」と続き、アルデオはとうとう思考を放棄した。

ひとまず、懐かしがっていると言う事は、もうそれは出来ないと言う事だろう。とだけ思う事にする。


「…………人に物運ばせて、こんなところで何してるのさ」


昔話と言うほど昔ではないが、話に花を咲かせているところに不機嫌な声が待ったをかけた。

声の方へ顔ごと視線を動かせば、腕を組んで呆れたと言いたげにテネーブルを見つめるリヒトと、荷物を運び終えたらしいリアマとネロが並んでいる。


「えへへ」

「そのにやけ顔、ボクに向けないでくれる? 切り刻みたくなるから」

「えー……嫉妬ー? みっともなーい。やだー、リヒトって心狭ーい」

「ボクの心が海よりも深くて空よりも広いお陰で、その鼻が削ぎ落されてないんだ。感謝ぐらいするべきだよね」

「こーんなにカワイイ顔のワタシに会えて感謝してるって? やだもー、リヒトと同じ顔なんだから、鏡見ればいいでのにー。気持ちわるーい」

「ハッ……? 気色が悪いの間違いでしょ」


わざとらしく両頬を押え非難がましく見やれば、言われた本人は皮肉っぽく鼻で笑う。その顔には「鬱陶しい」とデカデカと書かれているように見え、エマは口元を引きつらせた。

一触即発と言った雰囲気に、


「星ト電飾、アりましタよー!」


空気を読まない声が遠くから聞こえ、全員の視線がクリスマスツリーがやって来た方向へと向けられる。

そこには、クリスマスの飾りと定食屋にありそうな木製の箸入れ、そして鏡餅を抱えたフィデスがいた。箱に入れず、全てを抱きかかえるように持っているため、上の方に乗っている飾りがグラグラと揺れている。


その様子に、エマとアルデオがポカンと口を開き、当然のようにネロとリアマが鏡餅と飾りをそれぞれ受け取る。

開けた視界に、「助かりました」とフィデスが感謝を伝えると、二人は「いいえ」と短く答えた。

一体どういうバランス感覚だろうかと、内心考えていると


「おヤ、エマさン。ちょウど、いいところに」


いつもの穏やかな笑みがエマに向けられる。


「いいところ?」

「今日の夜ニ、パーティをしましょう。お祝いデす!」

「は…………へ??」


決定事項として伝えられたエマは、「はい」と言いかけ浮かんだ疑問符に目を瞬かせる。


「フィラフトさンには許可を頂いテますよ。異世界の神々ヲ祝う行事モ、ル・ティーダさンは寛容だかラお許しにナるソうです」

「わぁお……これは言いくるめられた系……かな……」


清らかで悪意のない、文字に起こすならまさに無、邪気だろうか?

そんな微笑みに、無意識にエマは言葉をこぼした。説明の通り、フィラフトは了承したのだろう。

了承せざるを得ないように、外堀を埋めながら話をしたのだろうと勝手に想像する。


「エマちゃん、当り……」


エマの心の声を知ってか知らずか、その場に居合わせたらしいテネーブルが小声で答える。次いで、


「フィデスのヤツ、「ル・ティーダほど聡明な神なら、日々の生活にメリハリを与える行事、と言う人の習慣に理解を示しめしてくれるだろう?」とか言って、笑顔で誘導したからね……」


交渉事はフィデスが適任だ、とリヒトが視線を泳がせた。もしかしたら、彼もその場にいたのかもしれない。

人間より人間らしい機械人形オートマタは、神使への対応もバッチリのようだ。

そして、彼女もパーティに参加すると言う言質まで取ってきているらしく、フィデスは楽しそうに「それでは後ほど」と軽い足取りで設置されたツリーの場所へと向かう。


そんな彼の背中を見つめたまま、エマはふと


「あれ…………? そう言えば、電飾あっても電気がないよね、この世界?」


最もな疑問を投げかけた。

それに対し、アルデオ以外の全員が「あ……」と、思い出したように呟く。




そして、すぐに。

”依頼”とも”お願い”とも”懇願”とも言える、なんとも大変なクエストがエマに始まってしまった。



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