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第99話 異常事態

 

「なっ……?!」


 ドヤ顔で今日教わったばかりの知識を口にした挙句、相手エリスに真正面から否定されたジャイルズ。

 鈍感な子分だが、さすがに今回はショックを受けた顔で固まった。


 だが、エリスのターンは終わらない。

 彼女はジャイルズをまっすぐ見つめ、問うように話しかける。


「ジャイルズ? 私が言ってるのは、人並みの知性を持っているかという話よ???」


「ぐはぁっ?!」


 死体蹴りで、人並みの知性まで疑われるジャイルズ。

 ーーむごい。


 顔を引きつらせたカレーナが、見かねてフォローに入る。


「え、エリス? 知ったかぶりしたこいつは確かに馬鹿で滑稽で恥ずかしいけど、さすがに人としての知性を疑うのは可哀想かなー、と……」


「ぐふっ!」


 残念。むしろトドメになったようだ。

 白目を剥くジャイルズ。

 ーー合掌。


 エリスは首をかしげてカレーナを見た。


「私は別にジャイルズの知性を云々言ってないわ。あの狂化したゴブリンが人並みの知性を持っているかもしれない。それが問題だと言っているの」


 ああ、そういうことか。


「つまり、狂化して狂うどころか、普通のゴブリンよりも知性が発達しているんじゃないかと。そういうことか?」


「その通り!」


 エリスは、ズビシ! と俺を指差した。


 ちなみにジャイルズは抜け殻になったままだ。

 ーーおーい。戻ってこーい。




「確かに、二匹並んで巡回するあの姿は、違和感がありましたな。……ゴブリンの行動とは思えんです」


 腕を組み、黙って話を聞いていたクリストフが口を開いた。


 その言葉に、スタニエフが続く。


「僕としては、その後で奇襲をかけられたことの方が気になります。ーー彼らは、いつ我々に気づいたんでしょうか? 巡回していた二体は、我々の存在に気づいたようには見えませんでした。あの二体の他に見張りがいた、ということでしょうか?」


「他に見張りがいれば、私が気づいたと思う」


 カレーナが手を挙げた。


「森に入ってからずっと周りの気配を探ってたけど、少なくとも私には、他に見張りがいたようには思えなかった」


 その言葉に、俺はエステルの背後に控えている和風メイドに目をやった。

 彼女は、何か気づいたことがあるだろうか?


 俺の視線に気づいたエステルと、目が合う。

 彼女は小さく頷くと、カエデさんを振り返り、小声で二言三言、言葉を交わす。


 やりとりを終えてこちらに向き直ったエステルは、申し訳なさそうに首を振った。


(ありがとう)


 俺は声を口を動かすと、彼女に頷いてみせた。

 はにかむエステル。可愛い。




 ーーさて。

 カレーナもカエデさんも気づかなかったとなると、他に見張りがいたという線は考えにくくなる。

 とりあえず一旦、置いておくことにしよう。


 俺は残る可能性を口にした。


「そうなると、あの巡回の二匹が『俺たちに気づいていたのに気づかないフリをした』という可能性を考えなきゃならなくなるが……」


「そんなことって、あり得る?」


 エリスが怪訝な顔をする。


「演技する魔物なんて聞いたことがないわ。擬態とかならあるでしょうけど」


 彼女の言葉に皆が頷いた。


 まあ気持ちは分かる。

 だけどこの際、考えられることは検討すべきだとも思う。


「俺も聞いたことないけどさ。自分たちの巣の手前にわざわざ広場を用意して、奇襲のための隠し通路を作るような連中だぞ? そんなことする知能があるなら、演技くらいしそうじゃないか?」


「「あ……!!」」


 皆がはっとした顔になる。


 スタニエフが苦い顔で呟いた。


「演技云々より、そちらの方がよほど問題かもしれませんね。ーー敵を包囲するための広場と、奇襲をかけるための隠し通路。森の中で簡易的に作られたものとはいえ、構造つくりを見れば立派な仕掛け砦です」


「なあ、クリストフ。お前が知る中で、巣や集落にそんな大それた仕掛けを作る魔物っているか? ……例えばオークとか」


 俺の問いかけに、我らが領兵隊長クリストフは腕を組んだまま唸る。


「残念ながら、心当たりありませんな。オークやゴブリンが粗末な罠をこしらえることはありますが、集落の構造に手を加えるような大掛かりな仕掛けを作ったなどという話は……。今回のあれはかなり『異常』だと思いますぞ」


 クリストフはこれでも王国騎士団・王都守備隊の元隊長だ。

 我が領に来てからは、魔獣の森討伐の指揮も執っている。

 つまり魔物への対処経験は王国随一のはずで、そのクリストフが言うならやはりそうなのだろう。


「『セントルナ北東の森に現れた狂化ゴブリンは、異常進化し、人間ヒトに準じる知能を持っている』ーーその前提で対処を考えるべきだろうな。甘い考えで臨めば、甚大な被害が出かねない」


 俺の言葉に、皆が固まる。

 しばし沈黙が部屋を支配した。




 やがて口を開いたのはクリストフだった。


「率直に申し上げて、今の我が領の戦力では荷が重いですな」


「ーー戦力の増強が必要か」


「増強では足りませんな。確実を期すならば、少なくとも二個小隊、可能ならば一個中隊程度の増援が必要かと」


「そんなにか?!」


 思わず叫んでしまった。


 一個小隊は三十から五十名程度。

 一個中隊ともなれば、六十から二百名超の大所帯となる。


 つまりダルクバルトの戦力・一個小隊の、少なくとも倍。余裕をみるならば三倍以上の増援が必要だという。


 そんな戦力を、どこから持ってくるのか?


 クリストフは難しい顔で続ける。


「普通の魔物ならばそこまでの戦力はいらんでしょう。ですが今回は異常事態ですからな。相手が人間ヒトに準じる知能を持つならば、森林に潜む敵国の軍勢を相手に掃討戦を行うつもりでやらねばならんでしょう」


 なるほど。

 つまり、この事件は戦争だと考えるべき、ということか。


「ゴブリンの巣には、通常二十から三十程度の個体がおるものですが、これは人間の兵で考えれば一個小隊の規模。森に潜むその数の軍勢を掃討するならば、一個中隊、百名以上を以って当たるのが妥当でしょうな」


 たしかに、その通りだ。

 だがーーーー


「援軍、か……」


 俺は頭を抱えた。




 この国、ローレンティア王国は封建国家だ。

 領主は国王から領地を預かるかわりに、その領地の守護と運営を任せられている。


 領内で魔物の被害があろうが、自然災害があろうが、すべて領主の責任。

 基本、おかみは何もしてくれない。


 例外は『外国からの侵略』と『魔獣の森の氾濫対策』で、前者の場合は国王が諸領に出兵させて王国軍を編制して対処。

 後者の場合は、討伐に対する費用と物資の援助という形で、魔獣の森に接する各領を支援している。


 残念ながら今回の狂化ゴブリンの件は、どちらのケースにも当てはまらない。

 国からの支援は、望むべくもなかった。


 ーーいや、絶対に動いてもらえないという訳でもないのだが……。


「王国か他領に、有償で援軍を頼む他ないな」


 有償での援軍要請。

 つまり金銭などの対価を以って、派兵を依頼するのだ。

 だがこの方法は言うほど簡単ではない。


 まず、援軍に応じてくれる家が限られる。

 これは政治的な意味だけではなく、能力的な面も含んでの話だ。


 例えばダルクバルトの北隣にあるミモック男爵領。

 経済規模で言えばうちの倍近くある領地だが、男爵に援軍を出す余力があるかというと、多分、ない。


 男爵の保有戦力は、おそらく一個半から二個小隊程度。

 治安維持に必要なのはそのくらいの人数で、それ以上の戦力を抱えるメリットがないのだ。


 うちに援軍を送るほどの余力はなく、なんとか協力してもらえるとしても、分隊規模の派遣でかなりの対価を求められるに違いない。


 領兵の育成には、相当な費用と時間がかかるものだ。

 いくら積まれても、死の危険がある場所には出したくないだろう。




 そうなると、頼る先は限られる。

 派遣可能な規模の騎士団を有し、我が家との関係も浅からぬ貴族家。


 つまりーー、


 ローレンティア王家。

 エリスの実家である、フリード伯爵家。

 エステルの実家である、ミエハル子爵家。


 この三択だ。


 思わず愚痴がこぼれる。


「どこに頼んでも、激しく面倒なことになる気しかしない……」



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