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第96話 選択と決断、そして森の中の天使

 

 俺は仲間たちを見た。


 これまでのやりとりで、領兵四人を含む十人全員が俺を注視している。


 クリストフが偵察に出ている今、この場で彼らに対して統合的に指揮をとれるのは、俺しかいない。


『どうしよう』じゃない。

『やる』んだ!


 俺は立ち上がり、鞘から剣を抜いて叫んだ。


「総員、戦闘用意!」


 皆が武器を手にガチャガチャと立ち上がった。




 ーー次。

 次の指示だ。

 このままじゃ、ただ武器を持った集団に過ぎない。


 ぐるぐる回る頭で、必死に考える。

 課題は、ふたつ。


 敵の包囲への対応。

 クリストフたちの救助。


 ーー優先すべきは?


「……エリスとカレーナを中心に、その周りを囲んで固める。全周防御するぞ」


「「「はいっ!!」」」


 女子二人を中心にして、あたふたと円陣を組む。

 十秒と経たずなんとか即席の陣形が出来上がった。


 皆、緊張した面持ちで、外側に向けそれぞれの武器を構えている。


「カレーナ。敵はどの辺りにいる? 退路は塞がれているか?」


 背後の少女に背を向けたまま問うと、一瞬間を置いて、明確な答えが返ってきた。


「退路は大丈夫。今のところそっちまで行く気配はないよ」


「本当か?!」


 嬉しい報せに思わず聞き返す。


「ああ。敵は三方向から来てる。正面と左と右。左と右は一定の速さで行進してるから、多分ここに通じる隠し通路か何かがあるんだと思う」


「隠し通路……」


 そう言えば、目の前の草むらが一箇所、妙に薄い気がする。


「敵がここに来るまでどのくらいかかる?」


「一分くらい。多分ちょっとだけ左が早い」


「クリストフたちがここに着くのは?」


「分かんない。ーー戦いながら逃げてるみたいだ」


(くそっ! 最悪だ……)


 心の中で叫ぶ。

 ここに来て、俺は一つの選択を突きつけられた。


 クリストフたち四人を見殺しにして逃げるか。

 全滅のリスクを覚悟で四人を待ち、全員で逃げるか、だ。




 今退却すれば、おそらく逃げ切れる。

 ただ、それをやれば間違いなくクリストフと領兵三人は死ぬ。


 ここまで戻ってきた彼らを出迎えるのが、俺たちじゃなく、隠し通路を通ってきた複数の狂化ゴブリンだからだ。


 いくら屈強なクリストフと領兵たちといえど、オークほどもある狂化ゴブリンの群れに前後から挟撃されれば、勝てるはずもない。


 では、ここでゴブリンと戦いながらクリストフたちを待ち、合流後に退却すればどうなるか。


 その場合、三方向から続々とやって来る敵を凌ぎながらの撤退戦となる。


 正直、やってみないと分からない。

 が、かなり厳しい戦いとなるだろう。下手したら全滅だ。


「…………よしっ」


 俺は一瞬迷い、そして決断した。


「広場の入り口に移動。退路を確保してクリストフたちを待つ。ーー移動開始!!」


 俺の指示で皆が一斉に走り出す。

 正念場だ。




 〈カレーナ視点〉


 ーーーー恐怖。

 ずいぶんと長いこと感じていなかったその感覚が、足を、体を鈍らせる。


 隠密のスキルを上げることで鋭くなった気配を感じる力が、私の本能に激しく警鐘を鳴らしていた。


 三方向から近づく敵の数は、たぶん十匹じゃきかない。

 下手したら二十を超えるかもしれない数の狂化ゴブリンが、私たちを血祭りにしようと規則正しく行進してくるのだ。

 その一匹一匹が、自分より強者の気配を漂わせている。

 こんな状況で震えない方がおかしい。


 ーーが。


「カレーナとエリスは出口を確保。他の者は二人を半円状に囲め!」


 声を出し、矢継ぎ早に指示を出してゆくボルマン。

 あいつ自身も驚き、戸惑い、恐れと戦っているだろうに……。


 その声に、その姿に、止まりかけていた足が動き、思考が巡り始める。

 体が動き始めると、自分の中にわずかな勇気が生まれてくるのを感じていた。




 広場の端に移動した私たちは、ボルマンの指示に従い、退路を確保してその場で態勢を整えてゆく。


 私とエリスが出口に立ち、その前方を他のメンバーが固める。


「領兵隊は右側に。左は俺とエステル、ジャイルズ、スタニエフで固める。一匹に対して二人一組で当たれ。ーーエステル。カエデさんに中衛を頼めるか?」


 ボルマンの問いにエステルはこくりと頷き、メイドの方を向いた。


「カエデ、緊急事態です。ボルマンさまの指揮下に入りなさい」


「承知いたしました。お嬢様」


 メイドは一礼すると、私とエリスの前に立った。


 最初見たとき妖精か天使のようだと思った子爵家のお嬢様は、最近、芯の強さを感じることが多くなっている。


 ーー私も、負けていられない。




 そうしているうちにも、魔物たちの気配は近づいて来る。


「カレーナ、あと何秒だ?!」


 ボルマンの問いに即座に叫び返す。


「ーー二十秒で左から来る! その十秒後に右っ!!」


「カレーナは気配探知に集中して敵のタイミングを教えてくれ! エリスは封術詠唱ーー速さ優先で単体攻撃!!」


「わ、わかったわ。ちょっと待って!?」


 伯爵家のお嬢様は、戦い慣れていないのか、焦りながら腰袋から封力石を取り出す。


 その時、左からの気配が強まった。


「ーー左! すぐそこ!!」


 私の叫びに、ボルマンが茂みを睨み、剣を構えた。


「行くよ、エステル!!」


「はいっ!!」


 彼女がボルマンの隣で薙刀を構えた次の瞬間、茂みから化け物が姿を現した。




「ヴゴォオオオ!!」


 大人の背丈をはるかに超えるそれは、目を金色に光らせ、異様に筋肉の発達した腕に粗末な斧を持ち、大股で近づいて来る。


 のっしのっしと歩くその巨体に対し、剣を下段に構えたまま、静かに歩み寄るボルマン。

 その後ろをエステルが追う。


「左からもう一体! 右からも来るぞ!!」


 私の声に、ジャイ・スタコンビと領兵が動き始める。


 左右の茂みから新たな敵が姿を現したとき、最初の化け物とボルマンの戦いが始まった。


「グギャア!!」


 高く振りかぶり、猛烈な勢いで振り下ろされる斧。


 だがボルマンは、そろそろ歩いていた歩調を突然変え、一気に敵の懐に飛び込んだ。


 ザシュッ!!

 ーーズドン!!!!


 斧が地面を抉るのと、 ボルマンの剣が敵の腹を切り裂くのは、ほぼ同時。


「グギャアアア!!」


 狂化ゴブリンが苦痛に悲鳴をあげる。

 だがその悲鳴はすぐに止んだ。


 ザンッ!!


 ボルマンの後ろを追っていたエステルが二度、って高く飛び上がり、敵の首筋に向け長大な薙刀を払ったのだ。


 一瞬、彼女がステップを踏んだ空中が、青く光ったように見えた。


「なにあれ……?」


 茫然として彼女に見入る。


 その姿は、空を舞う白い天使。

 彼女は再び宙を蹴り、今度は後ろに飛びのくと、そのままストンと着地した。


 巨大ゴブリンの首筋から、赤いものが滴る。


「はあっ!!」


 至近距離にいたボルマンがさらに首元を袈裟斬りにすると、魔物は赤いものを噴水のように噴き出しながら、ゆっくりと後ろに倒れていった。


「はぁ、はぁ……」


 驚いた顔でエステルを振り返るボルマン。

 そして、彼女に頷いて見せた。


 私は叫んだ。


「ボルマン! 次が来るぞ!!」


 左の茂みから、四体目がのっそり姿を現す。

 再び武器を構えるボルマンとエステル。


 さらに私は反対側の領兵を振り返り、叫ぶ。


「右からもさらに一体!!」



 ーー戦いは、激しさを増そうとしていた。



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