第91話 少女たちの実力2
「すごいよエステル! たった半年でよくあそこまで……」
俺は戻って来たエステルの手を取り、叫んでいた。
「そんな、わたしなんてまだまだです……」
顔を赤くして俯いてしまうエステル。可愛い。
「いやいや、大したものだよ。あれならそこらの魔物は敵じゃない」
聞けば、彼女のレベルは14。
俺たちと同じじゃないか。
「ひょっとして、魔物と戦ったりもしてる?」
「はい。領内で、少しだけですが……」
どうやらカエデさんによって、実戦の訓練もしてるらしい。
なんてスパルタ教育!
それについていってるエステルは、どれだけ頑張り屋さんなんだろうか。
……う。ちょっと涙が出てきた。
しかし、エステルがこれだけ戦えるなら、編成もよく考えた方がいいかもしれない。
正直なところ、これまで俺は、彼女に封術士の二人と同じ後衛にいてもらうつもりだった。
なぜなら、そこがうちのパーティーで一番安全な場所だからだ。
だけど彼女の戦いぶりを見た今、その考えを改めるべきじゃないかと思い始めている。
エステルは薙刀を使うだけあってリーチが長い。
逆に言えば、長物なので至近に仲間がいると武器を振るいにくい可能性がある。
いざ敵に襲われた時に自らの身を守るのに支障が出たら、本末転倒だ。
それなら中衛か、場合によっては前衛で、追撃や斬り込み役をやってもらった方がむしろ安全かもしれない。
隣に俺がいれば、すぐにカバーに入ることもできるし。
…………下心なんて、ないぞ?
「まあ、何度か戦って一番いい形を探すしかないか」
俺のひとり言に、エステルは小さく首を傾げた。
直接攻撃組の手合わせが終わったところで、俺たちは練兵場の端にある、封術の訓練エリアに移動する。
まあ特に大した施設があるわけではないけれど、標的にするための特殊な案山子が二体立っているのだ。
この案山子は封術で防護処理が施されていて、物理攻撃には弱いけど封術にはある程度の耐性を持っている。
俺はカレーナとエリスを呼ぶと、標的の案山子から二十メートルほどのところに引かれた白線のところに連れて行った。
「このラインから、同時に詠唱をはじめて得意な術を撃ってみてくれ。詠唱時間や威力を見たい」
「なんでもいいの?」
エリスの質問に、ちょっと考える。
「……できれば、同じ属性の似たような術にしてもらえると、比較しやすいんだが」
「いいわ。……カレーナ、あなたが使えるのは?」
「各属性の初級攻撃封術は一通り使えるよ」
さらりと返すカレーナ。
だけど俺は知っている。
彼女は冬の間に結構な時間をかけて練習し、新たに二つの封術を使えるようになっていた。
今、攻撃に使える封術は『火球』、『氷槍』、『雷撃』、『風刃』、『石弾』の五つ。
最近の戦闘では、これらを様々な状況で試して使い勝手を検証してくれていた。
『ちょっと悪ぶってるはいるが、根は真面目で面倒見がいい』というのが、彼女に対する俺の評価だ。
そんな彼女に、エリスは驚いたようだった。
「冒険者用の短期コースでは、『灯火』と一属性の初級攻撃封術のマスターが卒業要件じゃなかったかしら。カレーナ、あなたまだ卒業して一年しか経ってないわよね?」
「在学中に火と水、ボルマンのとこに来てから雷と風と土の初級をマスターしたんだよ」
ちょっとドヤ顔のカレーナ。
気は強いし口も悪いけど、可愛げがあるんだよな、こいつ。
それにまあ、確かにこの一年の努力は誇っていいと思う。
俺から見てもよく頑張ってたし。
父さんも誇らしいぞ!
俺は温かい目でカレーナを見守った。
「……なんだよ」
「え?」
カレーナがジトっとした目で俺を見る。
「そうニヤニヤされると、正直キモいぞ? さてはいよいよ私を毒牙にかけようと……」
「しとらんわ!!」
ふーん、と悪そうな笑みを浮かべるカレーナ。
「まあ、二十年くらいしてダンディな大人の男になってたら、考えてあげなくはないかな」
カレーナは「はあ、やれやれ」といったように首をすくめる。
「なんだその上から目線。お前こそ、もうちょっと大きくなってからだな……」
そう言いかけて、カレーナの向こうで何やらひそひそやっている二人の少女に気づく。
「大きいのがいいんですって。男ってやあね。私も気をつけないと」
「ボルマンさまは、やっぱりオトナな体型の女性の方が好みなんでしょうか……?」
ゴミを見るような目をこちらに向ける伯爵令嬢と、泣きそうな瞳で呟く婚約者。
「だあっ、勝手に変な補足をしないでくれ!」
くそ。
エリスのやつ、分かって遊んでやがる。
ーーこのあと、エステルに釈明して慰めるのが大変だった。
「わたし、頑張りますっ」
「いや、頑張らなくていいから。そのままの君でいて」
なぜかカレーナまでどよ〜んとしてたが、俺はフォローしないぞ。
自業自得だ。
演習場に二人の少女が立っている。
言うまでもない。カレーナとエリスだ。
俺は少し離れたところに立ち、彼女たちの準備を待っていた。
傍らではスタニエフが小さなイスに腰掛け、同じく小さな卓の上で、糸で吊ったコインを揺らしている。
「それじゃあ、いくぞ!」
彼女たちに声をかける。
そして、二人が頷いたところで、掲げていた腕を振り下ろした。
「はじめ!!」
掛け声とともに、二人が詠唱に入る。
スタニエフは振り子が振れるごとに、木炭で紙にカウントを刻む。
少女たちの前に二つの光環が現れ、詠唱とともに封術陣に理解不能な文字が刻まれていく。
それは、違う世界から来た俺にはとても幻想的な光景だった。
そして、一つの封術陣が完成する。
「『火球』!!」
カレーナが右腕を突き出し叫ぶと同時に、手の中の封力石から封術陣に向かって青白い光が吸い込まれ、封術陣の中心からバスケットボール大の火の玉が放たれた。
「スタニエフ?!」
「やってます!」
カレーナが術を発動すると同時にスタニエフは長い線を引き、発動のタイミングを記録していた。
ーーそして、カウントを続ける。
火の玉はグルグルと回転しながらゆっくり飛んでいき、標的の案山子にぶつかるとボンッと爆発した。
案山子は一瞬火に包まれるが、耐封術処理のおかげですぐに鎮火する。
その直後、エリスの封術陣も完成した。
「『破裂火炎弾』!!」
ドンッ!! という衝撃とともに、封術陣から赤く輝くテニスボール大の炎弾が放たれ、一直線に標的に向かう。
それは一瞬のことだった。
ドォオオオオン!!!!
標的に着弾した炎弾が破裂。
カレーナの火球の数倍の威力の爆発があたりを蹂躙した。
標的の案山子は無残にも四散。
爆発の余波で、カレーナの方の標的も片腕を持っていかれたのだった。
「「「…………」」」
皆、開いた口が塞がらなかった。
辛うじてカレーナから「なんて威力……」という茫然自失の呟きが聞こえたくらいだろうか。
そんな中、一人涼しい顔で口を開く元凶。
「ざっとこんなところね。……しかしボロい案山子ね。買い換えたら?」
それを聞いた俺の中で、何かがぶちっと切れる音がした。
「…………しろ」
「え、なに?」
聞き返すエリス。
「弁償しろっ! あれ、高いんだぞ? なのに二体とも壊しやがって……。お前が弁償しろぉっ!!!!」
俺は涙目で絶叫した。