第77話 水運の可能性
☆前話(第76話)は色々と穴や間違いが多く、読者の皆さんにご意見を頂きまして、ボツ話とすることにしました。
以下は第75話からの続きとなります。
ご意見、アドバイスを頂いた皆様、ありがとうございました!
( ´ ▽ ` )ノ
ダルクバルト領の経済発展の手段としてテルナ川の水運に目をつけたのは、消去法の結果だった。
話は、エステル来訪前に遡る。
フリード伯爵から来訪を遅らせる連絡が来た直後の話だ。
この時期、俺はエステル来訪に向けて準備を進めながら、同時にフリード伯爵との挨拶、交渉に向けて調査と分析を行っていた。
秋晴れのある日。
デスクに向かい机の上いっぱいに広げた資料を前に、俺は一人、頭を抱えていた。
転移してからこっち、ずっとダルクバルト領内の経済状況を調べ続けてきたけれど、そこから分かったのは要約すると次の二つだ。
一つ、農業だけはイケてる。
二つ、でも立地悪すぎ。
上げて、落とす、みたいな。
農産物の品質はエステルのお墨付きをもらえるレベルだ。収量はかなりの余裕があり、増産も可能。
ただ、いかんせん大消費地から遠過ぎる。
王都まで八日。エステルの実家があるクルスまで五日。フリード伯爵が住むフリーデンでも四日もかかるのだ。
さらに馬車では量が運べない。
鮮度が落ち味が悪くなったものを、少量、安値で買い叩かれたのでは、色んな意味で割に合わなかった。
よく言えば自給自足。
悪く言えば閉鎖的な経済構造。
そうならざるを得ないというのが、子分たち、執事のクロウニー、スタニエフの父親カミルまで巻き込んで行った、現状分析の結果だった。
温度管理ができる低温輸送のトラックでもあればなんとでもなるだろうが、当然この世界にそんなものはない。
なければ作ればいい?
知識チート?
なにそれ、おいしい? 食べれるの???
そんなことが簡単にできるなら、誰かがやってるだろう。
前世の仕事の関係で、金属加工の知識が多少あった分、その手のものづくりチートは早々に諦めた。
仮に形ができても、熱処理で躓くのだ。
誰だ、鉄に焼入れできるなんて言った奴……。
カーボン量の調整とかどうするんだ。
余計な成分の除去は?
焼戻し温度の調整は?
質の悪い鋼なんて、焼き割れ、置き割れ、待ったなしだ。
鍛造だけでベアリングが作れる訳がない。
つくづく思うのは、現代日本の工業力の凄まじさ。
材料が違う。
金型が違う。
加工が違う。
熱処理が違う。
研磨が違う。
今や伍することができるのは、ドイツくらい。
あれを再現するのは絶望的だと思った。
仮にミスリルやらオリハルコンやらといった超材料があったとしても、形状に合わせて硬さと靭性をうまく両立させるのは至難のわざだろう。
そんな訳で、馬車に代わる輸送手段を模索することにした。
もちろん、この世界にあるもので。
条件としては、輸送量が多い方が望ましい。
ゲームのユグトリア・ノーツでは終盤で「飛空船・ディメンションセイル」という古代の乗り物が登場する。
主人公たちが世界をめぐる足となり、最終的には彼らを決戦の地まで運ぶ役割を担っていた。
だがあれは入手にいくつもの条件を満たさないといけないし、第一、保存されている場所が場所だ。エルバキア帝国を超えた先の海底神殿なんて、簡単に行けない。
ゲームシナリオへの介入にもなってしまう。
よって、考えるまでもなく却下だ。
だけど「船」というのはいいアイデアかもしれなかった。
前世現代でも、長距離の大量輸送と言えば、鉄道か船だ。
鉄道は、複数の領地をまたぐレール敷設が財政的にも政治的にも厳しそうなので、却下。
船も海がないので、却下。
……と、そこで気がついた。
「海はないけど、川があるじゃん!!」
狭間の森と魔獣の森を隔てるテルナ川。
川幅があり、おそらく水深もそこそこある。出てくる魔物のレベルも狭間の森とほぼ同じ。
むしろなんで水運が発達しなかったのか?
いや、魔獣の森が怖いからだろうけど。
だが基本的に魔獣の森の魔物は、森から出て来ない。
例外で川を越えてくる狂化個体すらなんとかすれば、我が領の物流の問題を一気に解決できるのでは、と思い立った。
地形によって速度が左右される荷馬車は、平均すると時速七キロくらい。これに馬の休憩の時間が必要になる。
だけど、水の流れのある水運であれば、下りは倍近い速度が出るんじゃなかろうか?
例えばダルクバルトのテナ村からフリーデンに至るテルナ川の距離は約百キロ。
仮に時速十五キロ前後で進めたとすると、約七時間、一日で到着できる計算になる。
現状、馬車で四日かかっていることを考えれば、実に四分の一だ。
もし水運が実現すれば、中流の中規模都市テンコーサ、下流の大規模都市フリーデンまで、高速の大量輸送が可能になる……!
問題は、狂化個体だ。
ただでさえ中〜高レベルの魔獣の森の魔物が狂化して特殊能力を得ている。
それを討伐するには、当然、高レベルの領兵団か、冒険者パーティーが必要になる。
だけど、とてもじゃないけど船団ごとにそんな護衛はつけられない。
詰んだな、と思った。
発想の転換が必要だ。
重い体を持ち上げてイスから立ち上がり、屋敷の窓から外を見る。
抜けるような青空。
遥か向こうに一筋の煙が見えた。
場所的には街の外だ。
農地で草焼きでもしているのだろう。
雑草や刈り取ったあとの作物を焼くことで、害虫を殺し、畑の養分にする。
前世の田舎でもよく見た秋の風景。
もっとも、うちの部屋の窓からは、空に立ち昇る煙しか見えないが。
俺はぼんやりと呟いた。
「これじゃあ、まるで狼煙だよなあ……」
耳をすませば、プポー! という法螺貝の音が…………聞こえないけど。
その時、頭の中で何かが繋がった。
「…………狼煙、のろし、か」
狼煙は、古代から伝わる情報伝達手段だ。
洋の東西を問わず、特に戦がらみの警報に使われてきた。
監視塔の兵士が、敵の襲来を発見、狼煙をあげる。
するとその煙を見た次の監視塔の兵士が、狼煙をあげる。
そうして数キロ、場合によっては数百キロの距離を、警報が駆け抜けることになる訳だ。
先ほどまで頭を抱えていた問題を思い出す。
全ての船団に護衛をつけるのは、無理。
撃退することは難しい。
であれば、方法は一つ。
「敵と出会わないようにすればいい!」
俺はデスクに戻ると、そのアイデアを箇条書きでメモしていった。
テルナ川に沿って、早期警戒システムを構築する。
複数の領地をまたぐ監視機構。
それは狂化の魔物の渡河を商船に伝えるとともに、各領の騎士団、領兵隊に警報し、討伐隊の派遣を促す役割をも担うものになるだろう。
速やかな討伐隊の派遣によって、狂化の魔物の被害を最小限に抑えることができる。
ついでに、テルナ川における海賊行為の抑止力にもなるかもしれない。
経済的にも、政治的にも、うちだけでは実現不可能な構想。
力のある勢力を巻き込み、理解と支援を勝ち取らなければ、話にならないだろう。
だけど他の案に比べれば、まだ可能性があるように思えた。
何より、最初に必要なのは口だけだ。
失敗して失うものはほとんどない。
やれるだけやってやる。
そんな覚悟で、俺はフリード伯爵との交渉に臨んでいた。
「一つ伯爵にお伺いしたいのですが、よろしいでしょうか?」
俺の問いに、フリード卿は怪訝な顔で返してきた。
「なんだ?」
「フリード領では、魔獣の森の狂化個体にどのように対処されていますか?」
「フリーデンから騎士団を派遣して討伐しているが?」
伯爵は即答した。
「その騎士団は、どうやって狂化個体の出現を知るんです?」
「各街と村からの早馬だが…………それは貴領でも同じだろう」
「そうですね。うちでも早馬で知らせています。……ところで、我々の経験からお話しすると、領民が狂化個体を見つけて通報してから領兵隊が駆けつけるまでに、村が襲われて被害が出ることがあるのですが、貴領ではそういうことはありませんか?」
答えの分かりきった質問を繰り返す俺に、不機嫌そうな色を浮かべる伯爵。
「訊きたいことは一つじゃないのか?」
「一つですよ。今までの質問は、訊きたいことにたどり着くための前振りです。次が最後の質問ですが……その前に、集落の被害の件はいかがです?」
「当然、騎士団が駆けつけるまでに被害が拡大することは、ある」
憮然として答える伯爵に、俺は笑顔でこう尋ねた。
「もし狂化個体が集落に近づく前にその出現を知ることができたら、被害を更に少なくできると思いませんか?」