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第72話 フリード伯爵

 

 翌朝、朝食を摂ると早々にオフェル村を出発した。


 フリード伯爵が昨晩滞在したのは隣領のモックルの街。

 うちの屋敷があるペントまでの距離はオフェル村の方が近く、また伯爵は馬車で来るのに対してこちらは馬で移動なので、余裕で早く着けるはず。


 そう思っていた自分は、大甘でした。




「ほう。貴様がボルマンか」


 馬上から見下ろしてくる厳つい髭の壮年男性は「海賊伯」とあだ名される通り、まさしく身なりの良い海賊だった。


 ペントの街の北門にて。

 馬から降りた俺たちは、十名ほどの馬賊のような一団……一人、明らかに貴族のお嬢様がいたが……を前に整列していた。


 オフェル村からペントに戻ってきた俺たちは、街に入る直前、こちらにやって来る彼らの姿を発見し、急遽この場で出迎えることにしたのだ。


 既に屋敷には、北門の領兵を伝令として走らせている。準備が間に合えばいいが。


 名乗りをあげ立礼した俺は、海賊伯・ジャックス・バルッサ・フリード伯爵を見上げた。


「領内視察の帰りのため、このような場所で失礼致します。我がダルクバルトによくお越し下さいました」


「うむ…………」


 値踏みするように見下ろす伯爵。

 正直、馬でこんな時間に朝駆けされるとは思わなかった。おまけにエリス嬢まで騎乗で来てるし。


「失礼だが、そちらのお嬢さんは?」


 俺の背後を見て、伯爵が問うてくる。


 いや、あんた知ってて訊いてるよね。ってゆーか予定前倒しで来たのとか確信犯だろ。

 そう思ったが、笑顔で対応する。


「ご紹介します。私の婚約者フィアンセでミエハル子爵のご息女、エステル・クルシタ・ミエハル殿です」


 俺の紹介に、エステルが進み出てカーテシーで挨拶する。


「初めまして。ワルスール・クルシタ・ミエハルの八女、エステルと申します」


 その姿は「可憐」の一言。ついつい見惚れてしまう。

 そんな彼女をフリード伯爵はじっと観察していた。

 やがて口の片側をあげてニヤリと笑う。


「騎乗して視察とは大したものだ。お父上の教育の賜物かね?」


 ドスのきいた笑顔に、エステルは花咲くような微笑を返した。


「お褒め頂き光栄です、フリード卿。乗馬はこの地でボルマンさまと共にあるために必要なことと思い、数ヶ月前から始めたものでございます。まだまだ拙いわざなので、お恥ずかしゅうございます」


「ほう。数ヶ月……」


 目を細めるフリード伯爵。

 本当は二ヶ月だけどね。


 さて、立ち話はこのくらいにしようか。


「フリード卿。外で話すのも落ち着きませんから、続きは我が家でいかがでしょうか。差し支えなければ、私が先導させて頂きますが?」


 海賊伯は再び俺の顔を値踏みするように見ると、ゆっくりと頷いた。


「そうだな。それでは案内を頼もうか」


「畏まりました」


 俺は一礼すると踵を返し、子分たちに指示を出す。


「これからフリード伯一行を先導し、屋敷に向かう。二列縦隊で先頭は俺。となりにエステル。次にスタニエフとカエデさん。伯爵の一行を挟んで、しんがりをジャイルズとカレーナで護衛する。質問はあるか?」


「ありません!」 「ねーよ」


 即座にスタニエフとジャイルズから返事が返ってきた。

 他のメンバーも、大丈夫そうだ。


「それでは、騎乗!!」


 号令一下、全員が騎乗し、間もなく全員が配置についたのだった。




 フリード伯爵一行を先導して街に入り、中心部を通り抜け我がエチゴールの屋敷に向かう。


 整列して進む俺たちに、街の人々は「何事か」と驚きと好奇の目を向けてきた。

 ペントによその貴族が来るなんてことは滅多になく、そういう意味でも俺たちは相当に目立っていた。


 そうして屋敷に着いた時、俺が走らせた伝令が功を奏したのか、はたまた執事のクロウニーの手腕なのか。出迎えの準備は既に整い、万全の状態で伯爵を迎えることができた。……少なくとも表向きは。


 後でじいに訊いたら、体裁を整えるのが精一杯で、バックヤードはかなりてんやわんやしていたらしい。曰く「薄氷を踏む思いでございました」と。

 それでもなんとかしてしまうのが、彼の凄いところだ。


 やはり前日の夕方、先触れが来てから急ピッチで準備を整え、万一早朝の来訪がある場合も含め、できる限りの用意をしていたとのこと。


「坊ちゃんが寄越して下さった伝令で、状況と人数が把握できました。ぐっじょぶ、でございましたよ」


 ……と、じいから褒められた。

 ちょっと嬉しい。




 さて。フリード伯爵との会談である。


 応接間には、うちの豚父、俺、エステル、フリード伯爵、エリス嬢が集まっていた。

 本来、エステルが同席するのはおかしいのだが、フリード伯が「せっかく同じ場にいるのだ。ぜひ同席されたらどうか」とエステルと豚父に提案し、そのように相成った。


 子供でも分かる。

 絶対、計算づくだ。このオヤジ。

 何を企んでるんだろうか。


 エステルを同席させれば、当然、今回のやり取りはミエハル子爵に筒抜けになる。エステルの立場としては、好むと好まざるに関わらず、今回の顛末を父親に報告せざるを得ないだろう。


 一番可能性が高いのは、ミエハル卿への牽制。

 盗賊襲撃の件か、それとも他の件か。エステルを同席させたこと自体が何らかのメッセージである可能性がある。


 次点で、エチゴールまたは俺個人にプレッシャーをかけようとしている可能性だが、まあこれはないだろう。うちにしろ俺にしろ、伯爵から見れば吹けば飛ぶような雑魚ザコである。こっちに意識が向いているかどうかすら怪しい。


 まあ、色々想像したところでフタを開けてみなければ分からない。ここから先のやり取りは出たとこ勝負だ。

 俺としては、伯爵に興味を持ってもらい、あわよくば取引相手にふさわしいと評価してもらえれば上等だろうか。


 型通りの挨拶の後、向かい合わせでソファに腰を下ろし、会談が始まった。




「まずは礼を言おう。我が娘が盗賊に襲われているところを加勢頂き、感謝する」


 ドスの効いた顔と声で礼を言うフリード伯爵と、わずかに頭を下げるエリス嬢。

 伯爵の迫力で言われると、なんか、遠回しに脅迫されてる気分になるな。


「なんのなんの。儂らは当然のことをしたまでですよ」


 まるで自分が指示して助力したかのように答える豚父。


 伯爵がちら、とエリスを見る。

 エリスは表情の薄い半目で父親に視線を返し、次に俺に向き直った。

 伯爵もこちらを見る。


 こりゃあバレてるよ、父上。逆効果だ。

 っていうか、盗賊捕縛後にエリスと挨拶する直前に、彼女の前で俺のこと「儂を置いて勝手に動きよって!」とかなじってたじゃん。

 あれ見たら、加勢が俺の判断だって丸わかりだよ!


 更に自慢を続ける父親と、それを冷たい目で見る伯爵父娘を前に、人知れず頭を抱えたのだった。



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