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第70話 湖底の遺跡

 

「これは……っ!?」


 豊かに水をたたえ、風によって微かに波が揺れる湖面。


 空の青を映し、紅葉の朱を映し出していた水たちが、その透明度を上げていた。


 水の向こうに見えるのは、石造りの巨大な建造物。

 まるで神殿のような趣きのそれは、建物全体からわずかに青白い光を放っていた。




「ボルマンさま……。わたし、夢を見ているんでしょうか?」


 心なしかエステルの声が震えている。

 それは興奮のせいなのか、はたまた驚きのせいなのか。


「いや、僕にも見えてる。夢じゃないよ」


 はっきりと言い切る。

 こんなはっきりした夢があるものか。


「もしかして、これが言い伝えのまぼろし……?」


「おそらくは。だけど幻にしちゃあリアル過ぎるな」


 透き通った水ごしではあるけれども、建物の質感まで伝わってくる。


 幻と聞くと蜃気楼のような霞んで揺らめいているものを思い浮かべるが、目の前のそれは、そんなあやふやなものじゃない。

 屈折の関係で遠近の差はあるだろうが、目測で三十メートルほど先に、その建造物ははっきりと見えていた。

 遅ればせながら、俺の頭が動き始める。


 湖の底に隠された謎の建造物。

 近くには、遺跡の入口。


 目の前のこれが遺跡の本体、または一部という可能性は高い。


 ユグトリア・ノーツではどうだっただろうか?

 遠い記憶を思い起こす。


 ゲーム中では世界各地に遺跡が点在し、主人公は旅をしながらそれらを巡り探索することになった。


 砂漠の遺跡、氷の遺跡、火山の遺跡、様々な遺跡があったが、テナ村の遺跡はどうだったか。




「……水の遺跡」


「え?」


 俺の呟きにエステルが振り返った。


「うちの書庫の古い文献に記載があった。『テナ村に水の遺跡への入口がある』って」


「それでは、この神殿のような建物は……」


「『水の遺跡』かもしれない」


 湖底に沈んだ巨大建造物。

 まさに『水の遺跡』だ。

 中を探索するまで断定はできないけど、ユグトリア・ノーツに出てくる遺跡に符合している。


「あ! 湖面が……」


 エステルの声に顔を上げると、透明だった湖面が透明度を下げ、ものの数秒で再び紅葉と青空を映す普通の湖に戻ってしまった。


「なんだったんだ、今のは……」


「やっぱり夢……ではないですよね?」


 エステルと顔を見合わせる。

 その時、


「おーい! 坊ちゃん!!」


 向こうの方から仲間たちが駆けてきたのだった。





 エステルと二人、岩から降りると、子分たちが興奮して寄ってきた。


「坊ちゃん! 見たかよ、あれ!? 湖の中に建物があったぞ!!」


「ひょっとして、あれが村の言い伝えにある『幻』でしょうか?! 何かの神殿のようにも見えましたが」


「分かった。わかったから。まあちょっと落ち着け」


 湖を指差して叫びまくる子分たちを、落ち着くよう手で制止する。


「カエデ」


「はい。いかがされましたか? お嬢様」


 エステルの呼びかけに、すっ、と傍らに寄るカエデさん。


「先ほどの光景、あなたも見ましたか?」


「はい。湖の底に、建物のようなものが見えました」


 小さく頭を下げる黒髪メイド。


「カエデは、あの建物は何だと思います?」


 エステルの問いかけに、カエデさんは少し考えた後、こう答えた。


「あれは神殿でございますね」


「スタニエフさんもそう仰ってたけど、あなたもそう思うのね?」


「はい」




 そのやりとりを見ていた俺は、妙な引っかかりを覚えた。


 一見、どうということのないやりとり。

 だけど、その中にあった小さな違和感が、自分の中で膨れ上がる。


「カエデさん。ちょっといい?」


「なんでしょうか、ボルマン様」


 小柄なポニテメイドがこちらに向き直る。


「さっき湖の底に見えた建物だけど、あれって神殿なの?」


「……先ほどそう申し上げましたが?」


 僅かに眉をひそめるカエデさん。


「なんで分かったの」


「……どういう意味でしょうか?」


 今度はあからさまに眉をひそめたカエデさんに、俺は疑問を突きつける。


「なぜ、あれが神殿だと分かったのかな」


「え?」


 メイド少女が目を見開く。


「さっきから君は、湖底に見えた建物のことを神殿だと断定して話をしてるよね。『神殿かもしれない』、『神殿だと思う』じゃなく『神殿ですね』と答えてた。……よかったら、種明かしをして欲しいんだけど」


 皆の視線が、年上のメイド少女に集中する。


「……カエデ?」


 エステルが呼びかけると、メイドはふぅと小さく息を吐き、頷いた。


「承知致しました。皆さま、こちらへ」


 そう言って、岩に背を向けて歩き出した。




 カエデさんが連れて来たのは、俺たちが腰掛けていた岩から五十メートルほど離れた湖畔だった。

 最初に通って来た道を挟んで、ちょうど石の舞台と反対側のあたり。


「そこです」


 そう言ってカエデさんが指差した先は、静かに空の青を映して揺れる湖面だった。


 岸から二、三歩ほどの水中に、漬物石をふた回りほど大きくした岩が転がっていて、かろうじて頂部だけが顔を覗かせている。


「その岩に、文字が書いてあるのが分かりますか?」


 言われて目を凝らすと、確かに岩の側面に何かで引っ掻いたような跡があり、水に洗われている。それは見ようによっては何かの文字、ルーンのような簡素な形状の文字に見えなくもなかった。


「あれは、文字なんですか?」


 エステルの呟きに、カエデさんが首肯する。


「私の故郷で使われる秘文字と、ほぼ同じです」


「ヒモジ?」


 俺の問いかけにメイド少女は言葉を続ける。


「一部の……神事を司る者だけが知る古い文字です。あの岩には、こう書かれています。……『ユグナリアの声を聞く聖なる場所』と」


「『ユグナリアの声』?」


 エステルの呟きに頷くメイド。


「今の節を、訳さずそのまま読むと、こうなります」


 そこでカエデさんは小さく息を吸い、囁くように、歌うように、こう呟いた。


『……シエラパラス・テナ・ル・フェル・ユグナリア』


 その時、微かに岩に刻まれた文字が青い光を帯びた気がした。

 そして……、


「あ、あれは!!??」


 俺たちは息を飲んだ。


 目の前の湖は瞬く間にその透明度を増してゆく。

 そして再び姿を現す、水の向こうの神殿。


「すげえ……」


 ジャイルズの呟きが、皆の気持ちを代弁する。

 カエデさんは静かに言った。


「『ユグナリア』という名が何を指すのかは分かりません。あるいは私の故郷で言う神々のことなのかもしれません。ただ少なくとも『聖なる場所』とある以上、神殿と同種のものであると、そう判断しました」


 彼女が全てを語っているかは分からない。

 だけど少なくとも今、口にしたことは、本当のことなのではないか。

 俺はなぜかそう思った。


 その場の全員が見守る中、間もなく湖は元の姿を取り戻したのだった。




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