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第67話 カンマツリ

 

 ある子爵家の八女と、ある男爵家の嫡男が婚約をしました。

 令嬢は親睦を深めるため婚約者の領地を訪問し、二人はそれぞれのお供を連れて、仲良く領内を視察してまわります。


 そんな中、一向は道中で強力な魔物と遭遇してしまいました。


 領内の治安維持は領主家の責任です。

 男爵家の跡取りは令嬢たちを逃がし魔物と戦いますが、討伐の成功と引き換えに深手を負ってしまいます。


 このままでは死んでしまう。

 仲間たちが絶望したその時、なんと逃がされたはずの令嬢が戻って来ます。

 そして令嬢お付きのメイドが、王国で宗教的に禁忌とされる不思議ぱぅあーで跡取りを治療し、命を助けてくれました。


 めでたしめでたし。





 さて、ここで問題です。


 嫡男の命を助けてもらった男爵家は、どんな後始末をしなければならないでしょうか?





「うわぁ…………」


 俺は思わず額を指で押さえてグリグリした。


「ボルマンさま、大丈夫ですか?」


 心配そうに覗き込んでくるエステル。


「ああ、ごめん。大丈夫だよ」


 俺は婚約者に微笑み返す。

 だが彼女はまだ心配そうに俺を見つめてきた。


「具合は悪くないんだ。本当に。ちょっと体が重いくらいだから、心配しないで」


「…………わかりました。ボルマンさまがそう仰るなら」


 そう言いながらも、やっぱり心配げなエステル。


 かわいいなぁ、もう。


 いやいやいや。

 違うだろ、俺!


 これはあれか。

 きちんと説明した方がいいパターンなのかな?


 ……仕方ない。

 どうせ彼女たちの意向も聞かなきゃならないんだ。懸案をぶつけてみるか。




「ええと……僕が頭を抱えたのは、具合が悪いからじゃなくて、今回の一件の後片付けが大変だなって思ったからなんだよ」


「後片付け、ですか?」


 エステルが首を傾げる。


「そう。後片付け。ダルクバルト男爵家の嫡男が、ミエハル子爵家のメイドさんに、『禁術で』命を助けてもらった件について、どう始末をつけるか、って話ね」


 俺は彼女に優しく言った。


「あ…………」


 エステルは手で口を押さえた。

 どうやら問題のややこしさを理解してくれたらしい。


「今回の件を本来のやり方で収めるなら、我がエチゴール家はクルシタ家に公式に挨拶をしなければならない。書状で経緯を明らかにして、謝礼を持参する。なんせクルシタ家のお嬢様と使用人に、嫡男である僕の命を助けてもらった訳だからね。婚約関係の有無に関わらず、そこの筋は通さなきゃならない」


 俺の言葉に、エステルが頷く。


「だけど今回は一つ大きな問題がある。僕に施した治療が、王国で使用を禁じられている術によるものだったことだ。公式な挨拶となれば、その経緯は公になるし、治療に禁術が使われたことが外に漏れる可能性も高くなる。もし漏れてしまえば、カエデさんにとってもクルシタ家にとっても良くないんじゃないか、って思うんだよね」


 婚約者の少女は、少し考えると口を開いた。


「あの時、ボルマンさまのお仲間の皆さまには、カエデが術を使うのが見えないよう場所を移動して頂きました。治療の様子は直接ご覧になっていないはずですが、やはりそれだけでは秘密を守り通すのは難しいのでしょうか?」


「うーん…………」


 今のところ、直接の目撃者はいない。

 俺が大怪我をしたところを見たのは子分たちとエステルたちのみ。

 師匠クリストフ執事クロウニーには治療の報告は行っているが、具体的に何をしたかは伝わっていない。

 親父ゴウツークたちにしてもそうだ。


 いけるか?




「うちの方は、治療の件はともかく禁術の件は伏せておけると思う。問題はそちら側だけど……」


「ボルマン様」


 エステルに問いかけようとした時、部屋の入口の方から声があがった。


 俺と婚約者はカエデさんの方に顔を向ける。


「少しだけ発言させて頂いてよろしいでしょうか?」


「いいよ。何かな?」


 俺が即答すると黒髪の小柄なメイドは「ありがとうございます」と一礼して話し始めた。


「私が禁術……カンマツリをうことをご存知なのは、エステル様だけでございます」


 はて、カンマツリ?

 妙に日本語っぽい単語だが、どういう字を書くんだろう。

『マツリ』は『祭り』かな。

『寒祭り』……なんか寒中水泳でもやりそうな響きだ。


 ……まあ、それはあとでゆっくり考えよう。

 今カエデさん、なにげに重要なこと言ったよね。


「ええと、そのカンマツリのことをミエハル子爵は知らないのかな?」


「はい。亡くなったエステル様の母君、フィオナ様はご存知でしたが、父君のワルスール様はご存知ないはずです」


 頷くポニテメイド。

 それなら話は変わるな。


「カエデさんとしては、ワルスール殿にカンマツリの件が伝わるのは……」


「できれば避けて頂きたいです」


 なるほど。

 それなら話が早い。




「ねえ、エステル」


「なんでしょうか、ボルマンさま?」


 小さく首を傾げるエステル。

 うん。いちいち可愛い。


「僕が今回の件を表面上『なかったこと』にしたら、君は僕のこと嫌いになる?」


 俺の問いに少し考えこんだエステルは、しばらくして顔を上げた。


「それは、カエデを守るため、ですよね?」


「半分は、そう。後の半分はうちの財政の問題とクルシタ家との今後の力関係を鑑みて」


 正直にゲロる。

 彼女に嘘はつきたくなかった。


 互いにまっすぐ見つめ合う。


 エステルはその澄んだ水色の瞳でしばらく俺を見つめていたが、やがてふっと微笑んだ。


「嫌いになど、なりません。わたしはいつでもボルマンさまのことをお慕いしております」


 一瞬で顔が熱くなるのを感じる。

 ヤバい。破壊力でかすぎ。


「そ、そうか……」


「はい」


 花咲くような笑顔。

 妖精か。


 俺は年甲斐もなく恥ずかしくなり、思わず目を逸らした。




 その後の話し合いで、俺たちは今回の件……俺が負傷し、カエデさんが治療したこと……を公的には『なかったこと』にすることにした。


 親父ゴウツークは謝礼が必要なくなったことに安堵し、クリストフとクロウニーはその決定を粛々と受け入れてくれた。


 一応彼らには「カエデさんがいざという時のためにミエハル子爵から預かっていた貴重な回復アイテムを使ってしまったため、本人とエステルと話し合って今回の件を伏せることにした」と説明したが、果たして信じてくれたかどうか。


 まあ異論はなかったし、よしとしよう。




 そうして俺の怪我と治療の件は闇に葬ることになった訳だが、狂犬との戦闘自体は領兵が目撃したこともあり、一応公表することにした。

 広場に化け犬の頭を飾り、ボルマンたちが討伐した、という体で発表する。


 領民たちがどう思うかは分からないが『ちょっと頼りになるかも』くらい思ってくれる人が、一人でも出てきたらいいな、と思ってる。

 ま、実際は大怪我した訳で、領民からの評価についても過剰な期待はしないようにしよう。





 幸いなことに、体の重さはもう一晩眠るときれいに解消し、翌日にはすっかり快復していた。


 もっとも、気分的にはあまり元気とは言えなかったけれど。




「ごめん、エステル。せっかくの機会だから領内をあちこち案内しようと思ってたのに、自由に動けるの今日一日だけになっちゃった」


 そう。エステルの滞在は五泊六日。

 明日の昼過ぎには出立しなければならないのだ。


 二人きりの朝食の席で婚約者に頭を下げると、彼女は慌てて両手を振った。


「あの、気になさらないで下さい。ボルマンさまとこの街を散策できましたし、農地を見てまわることもできました。わたしは、ボルマンさまと一緒にいられただけで……」


 最後の方は声が消え入ってしまう。


 ぐぉおおお!


 俺ももっと一緒にいたい。

 二人で色んなものを見てまわりたい!


 正直なところ、狂犬と俺の怪我のせいで丸二日も潰れてしまったのは、やはり痛かった。


「とはいえ、まだ今日一日はあるし……一緒にどこか行けないかな」


 スープ皿を見つめ考え込んだ俺に、向かいのエステルが優しく微笑んだ。


「わたしはボルマンさまと一緒にいられるだけで幸せですが…………よかったら一ヶ所だけ、ボルマンさまのおすすめの場所にご案内頂く、というのはいかがでしょうか?」


「一ヶ所、一ヶ所…………あっ」


「え?」


 俺の反応にエステルが首を傾げる。


「一ヶ所、いいところがあるよ」


 俺は婚約者に向かって微笑した。



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