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第60話 ペントの宿屋で昼食を 2

 

 わたしはこの二ヶ月の間に、自分がいつもお菓子づくりに使っている食材が、どこで採れたものなのかを調べることにしました。


 まずは身近な疑問から。

 そこから知識を広げていこうと考えたのです。


「ボルマンさま。他所よそから食材を取り寄せているのは、あの村の八百屋さんだけではありません。領都クルスで売られている野菜や果物は、ほとんどが遠方の村々や隣領から運ばれてきたものだそうです」


 ボルマンさまは視線を上げ、わたしを見つめられました。


「ひょっとして、クルスとその周辺ではギフタル小麦しか育ててない、とか?」


「はい。父の奨励で、クルス周辺の農家は皆ギフタルの栽培を行うようになったそうです。……ちょっと、寂しいですね」




 わたしの言葉に、ボルマンさまはあごに手を当ててしばらく何かを考えられていましたが、やがて何かに思い当たったように顔をあげられました。


「そうか、逆だ」


「逆……ですか?」


 首を傾げるわたしに、婚約者フィアンセの男の子は深く頷きます。


「ああ。僕がミエハル領を訪問した時、街道整備の話をしたのを覚えてる?」


「はい。自領の枝道まで整備するのは珍しい、というお話でしたよね」


「そう。その枝道。僕は今まで、お父上が領地経営をする中で輸送路の重要性に気づいて整備をされたのかと思ってたけど、ひょっとすると逆かもしれない。つまり必要に迫られて、やらざるを得ない事情があったんじゃないかと思うんだ」


 ボルマンさまの言葉に、わたしの胸の中から、言い知れぬ不安な気持ちが湧き上がりました。


「……それは、どういうことなのでしょうか?」


 わたしの問いかけに、婚約者フィアンセはゆっくり考えながら話し始めました。


「これは僕の勝手な憶測だから、話半分に聞いて欲しいんだけど」


 わたしは頷きます。


「ひょっとすると、ギフタルを栽培すると、他の作物が育たなくなるんじゃないかな」


 それは、衝撃的なお話でした。




「普通、それがどんなに儲かる作物でも、ある地域でその作物しか作らないなんてことはあり得ないんだ。連作障害……同じものを作り続けることで土地が痩せて収量が落ちたり、病気で付近の同じ作物が全滅する可能性だってある。第一、そこには多かれ少なかれ人が住んでいて、人は一つの作物だけでは生きられないからね」


「麦だけではダメ。野菜だけでもダメ。……ということでしょうか」


「そう。仮に足りない物、足りない時があっても、最低限の量はその周辺地域で確保できるようにしているもんだよ」


「ですが、クルス周辺では、ギフタル小麦しか栽培していません。…………確かに、おかしな気がしますね」


 領主おとうさまがギフタルの栽培を奨励しているとはいえ、野菜の生産がほぼゼロというのは、普通では考えにくいことです。


「仮に僕の考えが正しいなら、枝道の整備にも説明がつく。ギフタルは膨大な富を産む。連作することもできる。その代わり他の作物が育たなくなる。であれば、一箇所で集中的にギフタルを生産し、そこへの輸送路を整備し、周辺から他の作物を買い集めればいい」


 わたしは硬いもので頭を叩かれたような衝撃を受けました。

 わたしがこれまでお屋敷や領内で見聞きしてきた『腑に落ちないこと』が、一本の線で繋がったからです。




 例えばボルマンさまと二人で食べた梨。

 鮮度はよく、美味しかったですが、なぜあんなに小ぶりだったのでしょうか。


 例えばクルスのお屋敷で食べる料理。

 蒸したり焼いたりした野菜が出ることはなく、いつも形がなくなるまで煮込まれていました。

 遠方の親戚のお屋敷では、蒸し野菜や焼いた野菜も出されるのに。


 例えばお菓子の材料。

 彩りやワンポイントに果実を使おうとしても新鮮なものは手に入らず、クルスの食材のお店で並んでいるものは熟れたものか干したものばかり。

 また、なぜ普通の小麦粉が、高価と言われるギフタルと同じ価格で売られているのでしょうか。




 これまであまり意識をしなかった細々としたことが、次々に繋がっていく気がしました。


「ボルマンさま。わたし……」


 わたしが口を開きかけた時、目の前に、ドン! と大きなお皿に盛られた料理が置かれました。


「お待ちどうさま! 『今日のオススメ』は鶏肉の香草包み焼きと温野菜の付け合せでございますよ。せっかくのデートなんだ。難しい話はほどほどにして、この土地ダルクバルトが全部詰まった一皿を楽しんでおくれ」


 給仕のおばさまが、ニヤ、とわたしとボルマンさまに笑いかけられました。


「あ、あの、すみません……」


「ああ、お嬢さんはいいんですよ。……さあ坊ちゃん、あまり無粋だと女の子に嫌われますよ!」


「う、うむ。善処しよう」


 ボルマンさまは居心地悪そうに目を逸らされました。


 わたしの未来の旦那さまは、時々すごく可愛いです。


「……ふふ」


「な、なにかな? エステル」


「いえ、なんでもありませんよ。さあ、せっかくのお料理ですし、温かいうちにいただきましょう」


 こうしてわたし達は、ダルクバルトの実りを味わいながら、楽しい時間を過ごしたのでした。





「さて、明日はどうしようか」


 その日の夜。

 夕食を頂いた後に談話室に移動したわたしたちは、明日の予定について話をしていました。


「今日はペントの街を見てまわった訳だけど、エステルは疲れてない?」


 さり気なく気を遣って下さるボルマンさま。

 その優しさに胸が温かくなります。


「大丈夫ですよ。素敵な街でしたし、夕食の時間がなければ、もっと見てまわりたかったくらいです」


 そう伝えるわたしに、ボルマンさまは少しだけ驚いたように微笑まれました。


「そっか。エステルは健脚だね。結構歩いたと思うんだけど」


「ボルマンさまと前にご挨拶してから、カエデに協力してもらって、毎日体を動かすようにしてるんです。カエデの指導はとても厳しいですけど、おかげで体力がついてきたんですよ」


 わたしが種明かしをすると、ボルマンさまはポン、と手を打たれました。


「ああ、なるほど! それで前に会った時よりもほっそりしてるんだね」


「あの……少しは見られる体型になってきたでしょうか?」


 恐るおそる尋ねるわたしに、ボルマンさまは笑顔で頷かれました。


「もちろん! 正直、かなり驚いたよ。よく頑張ったね、エステル」


 その一言に、わたしの心は舞いあがりました。



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