第57話 ボルマンと愉快な仲間たち
「ほんっっっとに、ごめん!!」
夕食後の談話室。
二人して部屋に入り、扉が閉められると、ボルマンさまは両手の平を合わせ祈るようにしてわたしに謝られました。
「い、いえ。わたしは大丈夫ですから」
慌てて笑顔を返しますが、ボルマンさまは申し訳なさそうに続けられました。
「長旅で疲れてるだろうに、着いて早々うちの両親が品のない言動を繰り返してごめん」
そう言って、もう一度頭を下げられます。
「頭をお上げ下さい、ボルマンさま。お義父さまとお義母さまがわたしのことを歓迎して下さっているのは、十分に伝わってますから」
タカリナさまとゴウツークさまへのご挨拶の後、夕刻まで休憩させて頂いて臨んだ晩餐。
その席でもお二人はとても熱心に食事を召し上がっていました。
わいるど、です。
「まあ、あの人たちはああいう感じだから、気を遣わなくて大丈夫だよ。細かいことは伝わらないし、手づくりのお土産でエステルの評価はうなぎ登りだから」
「はい。こちらに伺うまで不安でたまりませんでしたが、今はちょっとホッとしてます」
わたしがそう申し上げると、ボルマンさまはやっとテーブルセットの椅子に腰を下ろされました。
わたしもそれに続きます。
「そうか。だけど心配なこととかあったら、いつでも遠慮なく相談して欲しい。なんとかするから」
「はい。頼りにしてます」
わたしが微笑むと、ボルマンさまは恥ずかしそうに視線を外されました。
「それで、明日からの予定なんだけど……今回は五泊六日の滞在だったよね?」
「はい。できればこのままずっとボルマンさまと一緒に居させて頂きたいのですけど……。その、ご迷惑になりますし…………」
思わず大胆なことを口にしてしまい恥ずかしくて俯くと、ボルマンさまが呟くように返されました。
「ああ、いや、僕は別に……。どちらかというとうれし……(ゴニョゴニョ)」
「はい?」
わたしが聞き返すと、ボルマンさまは慌てて両手を振られます。
「い、いや! なんでもないんだ。うん」
うんうん、ともう一度頷くと、ボルマンさまは、コホン、と咳払いされました。
「それで、滞在中の日程だけど、エステルの方で何か希望はあるかい?」
「希望、ですか」
「ああ。僕の方でも色々考えてはいるんだけど、できるだけ君の希望に沿いたいと思ってるんだ」
わたしは考え込みました。
正直なところ、こちらに到着するまで、ボルマンさまにお会いできる嬉しさと、お義母さまへのご挨拶で頭がいっぱいでした。
ですがせっかくダルクバルトまで来たのです。
あらためて考えてみると、このまま漫然と過ごすのはとても勿体無く思えてきました。
「そうですね……。でしたら、この領地の街と村を見てまわりたいです。もちろん無理のない範囲でよいのですが」
わたしの言葉に、ボルマンさまが優しい笑みを浮かべられました。
「領内の視察か。それは嬉しいな。実は僕もこの土地の人や景色を、エステルにたくさん見てもらいたいと思ってたんだ。喜んで案内させてもらうよ」
「はい。では、楽しみにしてますね」
「ああ。まかせてくれ」
ボルマンさまは笑顔で力強く頷かれます。
どうやらボルマンさまがわたしのために考えて下さっていたことと重なるようです。
こうしてわたしたちは、滞在中の予定についてあれこれ話しながら、ささやかな夜会を楽しんだのでした。
翌日。
朝食をとったわたしは、ボルマンさまの私室に招かれていました。
お部屋には、先客が三名。
わたしと同じくらいか、少し上と思われる歳の方たちが、一列に並んで出迎えて下さいました。
ボルマンさまはわたしを伴ってデスクの前まで歩いて行くと、その方たちに向き合われました。
「エステル。これから君を案内するにあたって、同行する部下たちを紹介しておこうと思う。彼らは僕の自慢の部下であり、生死をともにしている仲間でもあるんだ」
そう仰るボルマンさまは、どこか得意げです。
きっと、それだけ強い信頼関係を築いておられるのでしょう。
そのような方々であれば、これからわたしも度々お世話になるに違いありません。
「はい。お願いします」
わたしが頷くと、ボルマンさまは左手に立つ、大柄な方に声をかけられました。
「ジャイルズ、自己紹介を」
「は!」
名前を呼ばれたジャイルズさんが一歩前に出られます。
「自分はジャイルズ・ゴードン。坊ちゃんの護衛です。父はゴウツーク様の護衛をやっとります!」
「ジャイルズは乗馬と剣が得意だ。魔物との戦いの際は、僕とともに前衛を担当している。僕が将来の領兵隊長にと期待している男さ」
確かに体が大きく、いかにも「鉄壁」という印象です。
「次、スタニエフ」
ジャイルズさんが列に戻ると同時に、真ん中の少年が前に出られました。
「スタニエフ・オネリーです。坊ちゃんの金庫を預かっています。父はゴウツーク様にお仕えし、主に会計を担当しています。……武器を扱うのは苦手なので、交渉や取引で坊ちゃんの役に立ちたいと思ってます」
その自己紹介を聞いたボルマンさまは、苦笑しながらいやいやと首を振られました。
「スタニエフはこう言っているが、彼は盾の名手だ。後衛を護ってくれている。将来的には、僕が立ち上げる商会の商会長を任せようと思ってる」
「が、頑張ります!!」
スタニエフさんが緊張したように頭を下げられました。
「最後はカレーナだ。彼女は他の二人とはちょっと事情が違っていて、この先五年間、奴隷として僕に仕えることになっている」
「奴隷、ですか……?」
その言葉に、心がざわめきます。
男性が女性の奴隷を持つということは、男女の関係も含み得ます。
カレーナ、と呼ばれたその方を見れば、髪は短くしていますがとても綺麗な顔立ちをしています。
つまり、そういうことなのでしょうか?
わたしが不安に襲われていると、カレーナさんが前に進み出て、わたしに向かってこう言われました。
「あんたが思ってるようなことは1ミリもないから、安心しなよ」
「は、はい?」
聞き返すわたしを、カレーナさんが不機嫌そうに見つめてこられます。
「だから、ソイツはわたしのことを女とは思ってない、ってこと。大体、わたしに奴隷になるか尋ねてきた時点で、ソイツはわたしのことを男だと思ってたし」
「そう、なのですか?」
「そうなのっ!」
それからカレーナさんは、ボルマンさまの奴隷となったいきさつを説明して下さいました。
騙されて盗賊の片棒を担がされたこと。
危うく縛り首になるところを、ボルマンさまに救ってもらったこと。
封術士として、部下として、正当に評価され、給金を与えられていること。
「何度かそういう気があるのかカマかけてみたけど『俺には可愛い婚約者がいるから需要ない』の一点張りでさ。それはそれで、なんか失礼だよね!」
ぷくぅ、と頰を膨らませるカレーナさん。
わたしがボルマンさまの方を振り返ると、未来の旦那さまは、首をひねってあらぬ方向に顔を背けられました。
でもそのお顔が真っ赤になっておられるのを、わたしは見てしまいました。
「ふふ……」
思わずもらしてしまった笑い声に、皆さんがわたしを振り返ります。
わたしは笑顔でカレーナさんに言いました。
「これからもよろしくお願いしますね。カレーナさん!」