第54話 再会した者たち
スタニエフがタルタス卿に面通りするのは、これが二回目となる。
前回はミモック男爵領モックルの街でタルタス卿から大金を預かった時だった。
スタニエフの挨拶を受け、タルタス卿が頷いた。
「うむ。君とこうやって顔を合わせるのは、モックルの街以来だね。あの時もそうやってボルマン君の後ろに控えていた」
「はい。坊ちゃんには金銭交渉の際に同席させて頂き、たくさん勉強させて頂いております」
さすがスタニエフ。こちらの意図をちゃんと掴んでくれてる。
彼は続ける。
「タルタス卿には、父の商会をひいきにして頂いたばかりか、従業員の雇用まで引き受けて頂きました。当時それで父がどれだけ救われたことか。本当にありがとうございます」
「気にしなくていい。当時取引していたのは、それだけ君の父上の商会が良い商いをしていたからだし、うちで働いてもらっている元従業員たちは皆とても優秀だ。きっと手塩にかけて育てられたのだろう。こちらこそ良い縁をもらったと思っているよ」
「あ、ありがとうございますっ。その言葉を聞けば、父も報われます……」
スタニエフは涙ぐみ、鼻をすすった。
タルタス卿は俺の顔を見て微笑する。
「受け答えもしっかりしているし、君への信頼も強そうだ。彼が君の、未来の右腕といったところかな」
「いえいえ。もう既に立派な右腕ですよ。彼には私の資産を管理してもらっています。父親のカミルはよく息子を鍛えてますよ」
「はっはっは! それは頼もしい。ところで、彼が将来の商会長ということは、差し当たっては誰が経営を?」
男爵が目を細める。
まあ、そこは大事だよね。
「名義は我が家で金庫番を務めるカミル・オネリーに借り、実質的には私が経営します。もちろんカミルとスタニエフに補佐してもらいながらですけど。設立費用については、私が全額出資して始めるつもりです」
俺の返事に、タルタス卿は面白そうに笑った。
「なるほど。ついに君の経営手腕が見られる訳か」
「ご期待に沿えるかどうかは分かりませんが」
「ふふ、楽しみにしてるよ。……それで、オネリー商会はどんな商売をするつもりなんだい?」
男爵が切り込んでくる。
「トゥールーズの作品も売って行きますが、基本的には我が領の農産物を中心に生活用品を扱う、かつてのオネリー商会に近い形にしようと思っています」
「ふむ。ダルクバルト領は農地的には豊かな土地だと聞く。だが、物流の面ではかなり不利だろう。なにせ王国の最南東の地だ」
タルタス卿の指摘は正しい。
これはこちらに来て色々調べて分かったことだが、我が領は塩こそ不自由しているものの、農地的には比較的恵まれていた。
主食の麦はもちろん、野菜、果物もそれなりに実る。
領内で消費する分にはまず困らない。
だが立地の面では著しく不利だった。
王都までは馬車で一週間かかり、一番近い中規模都市のテンコーサでも二日はかかる。
輸送にかかる時間と費用を考えると、とてもじゃないけど他領と競争できるような力はなかった。
逆に言えば、物流の問題を解決すれば、競いようはある。
「男爵の仰る通りです。我が領は商品の輸送に於いて大変不利な位置にあります。ですからその辺りの問題は、来週来られるフリード伯爵との交渉と、ちょっとした実験の結果次第、になりますね」
ほう、と目を細める男爵。
「何か策がある、と」
「あくまで可能性です。検証はこれからですので、実際に本格的な出資のご協力を願うのは、少し先になると思います」
「なるほど。今日は事前説明ということか」
「はい。あと、トゥールーズの件でもちょっとしたお願いがありまして」
「なにかな?」
タルタス卿が微笑を深める。
さすが元画家志望。やっぱりこっちの食いつきはいいな。
「タルタス卿に、ある筋への紹介状を書いて頂きたいのです」
コン、コン
俺が今日の本題に入ろうとした時、部屋の扉が叩かれた。
残念。この話は後回しにしよう。
「入れ」
タルタス卿が声を掛けると、先程の老執事が、三人の使用人を伴って入室してきた。
男性が二人に、女性が一人。
「旦那様。オネリー商会で働いていた者たちを連れてまいりました」
「うん、ご苦労」
男爵は執事に頷き、次に視線を三人の使用人に向けた。
「さて。三人とも仕事中にすまない。君たちには訊きたいことがあって来てもらったんだ」
男爵の言葉に、三人は戸惑ったような表情を見せる。
そりゃあまあ、前職から一緒に移って来た三人が一緒に呼び出されたら『なにごと?』ってなるよね。
「旦那様。お聞きになりたいことというのは、オネリー商会に関わることでしょうか?」
一番右に立つ、四十くらいの眼鏡の男性が尋ねた。
服装から、彼が経理のなんとかさんのようだ。
「ああ、そうだ。そこにおられるダルクバルト男爵の息子さんから面白い提案があってね」
「ダルクバルト男爵の……」
三人が複雑そうな顔で俺を見た。
この顔は、子豚鬼を見る目だな。うん。
男爵が、ゴホンと咳払いをした。
「紹介しよう。うちで働いてくれている元オネリー商会の従業員で、右から経理のミルト、従者のチルム、メイドのハンナだ」
三人が順番に自己紹介する。
チルムとハンナは三十過ぎの温和そうな男女で、夫婦とのことだった。
続いて男爵が、俺を紹介する。
「先程も言ったように、こちらはダルクバルト男爵の息子さんで、ボルマン殿だ」
うん。ここはなんとなく好感度アップを狙うべきシチュエーションと見た。……勘だけど。
よし。笑顔でいくぞ。
俺は微笑を浮かべ、立ち上がった。
「ボルマン・エチゴール・ダルクバルトだ。縁あって、タルタス卿には色々とお世話になっている」
そこで、背後に立っている、俺の金庫番を手で示す。
「そしてこっちは、俺の右腕のスタニエフだ」
「「「え…………」」」
絶句する三人。
うん。いい反応だ。
スタニエフが少し恥ずかしそうに、挨拶する。
「あの、スタニエフ・オネリーです。ミルトさん、チルムさん、ハンナさん。お久しぶりです」
「「「坊ちゃん!!!???」」」
三人の声が同時に部屋に響いた。
数分後。
感動の再会の後、タルタス卿が俺の起業のことを三人に説明していた。
「……という訳で、ボルマン殿は新たな『オネリー商会』を立ち上げようとされている。この件でお前たちの率直な感想が聞きたい」
男爵に問われた三人は、一様に顔を見合わせた。
そして、うなずき合う。
代表して経理のミルト氏が、躊躇いがちに口を開く。
「私たち……この三人だけでなく、オネリー商会の元従業員は皆、商会長のカミルさんに並々ならぬ恩があるのです」
ミルトさんは、自分たちが元々孤児であること、教会の孤児院でカミルから算術や社会常識を教わったこと、十五で成人してオネリー商会に入り、そこでまた家族のように世話になったことを説明した。
「カミルさんは私たちにとって父親も同然。スタニエフ坊ちゃんは年が離れた弟のようなものです。オネリー商会が再び看板を掲げるという話を聞いた今、正直に言えばすぐにでもダルクバルトに飛んで行き、手伝いたいところです」
「そ、それは困るなあ」
ミルトさんの言葉に、タルタス卿が苦笑しながら頰を掻いた。