第52話 定期収入と証拠隠滅
今回の贋作騒動。
どう始末をつけるのか、正直かなり悩んでいた。
犯人に厳罰を課しても金は戻らないし、かと言って財産を没収するだけじゃ、あまりに足りない。
奴隷にして働かせたところで、人を雇うよりは多少安く済むだけで、彼らを養うにはそれなりの継続的支出が必要になってしまう。
大体、彼らが美術品を売らなくなったところで、うちの母親の収集癖がおさまる訳じゃないしね。
きっと別の美術商から買いまくるだけだろう。
また贋作を掴まされる可能性だって十分にある。
であれば。
いっそ犯人達に今の状態を続けさせて、母親の金で彼らを養い、あとの金はこちらに戻して有益に使うのが一番良いんじゃないか、と。そんな答えにたどり着いた。
それにもしこの解決策が実現すれば、俺が求めてやまなかった夢の安定収入が実現する!
領地開発の重要な資金源ができるのだ。
そんな理由で考えたトゥールーズの仕事内容だったが、すぐに俺の意図に気づいたのはスタニエフだけで、他の人間にはきちんとした説明が必要だった。
「坊ちゃん、こいつらに贋作作らせて奥様に買わせるって、今までと何が違うんだ?」
ジャイルズが頭の上にクエスチョンマークを浮かべて尋ねてくる。
「正確に言えば、彼らに作ってもらうのは贋作じゃない。彼ら自身のサインを入れた『昔の有名作家の作風で作ったオリジナル作品』だ」
「それって、贋作と何が違うんだよ。サインが変わるだけで、やってることは贋作だろ?」
今度はカレーナにツッこまれる。
「サインが変われば、世の中的な扱いが変わる。贋作ではなく有名作家への『オマージュ』として扱われるようになるんだ。そうだよな、ヘンリック?」
突然話を振られた優男は、キョドりながら口を開いた。
「は、はい。確かに贋作とは扱われませんが……金銭的価値は贋作と変わらないですよ?」
「別にいいよ。問題は市場価値じゃなく、うちの母親がその作品にいくら出すか、だしね」
俺は全員が見渡せる位置まで歩いて行き、彼らを振り返った。
「ヘンリックがうちの母親に作品を売って得た金は、一部をトゥールーズの生活費・活動費として渡し、残りは俺が預かって領地開発に使う。ヘンリックは母との売買終了後、速やかに売上をスタニエフに渡し、その場で生活費を受け取るように。スタニエフ、金の管理を頼めるか?」
「も、もちろんです!」
スタニエフがこく、こく、と頷く。
「今後トゥールーズは、俺が資金援助者となる。お前たちの作品はとても面白い。俺が販路を作るから、オマージュ品と並行してオリジナルの製作も続けるように。……いいな?」
「「「は、はいっ」」」
展開について行けないのか、ポカンとした顔で突っ立っていた四人は慌てて返事をした。
ここまでで『これからの話』は大体片づいた。
あとは『これまでのこと』をどう畳むか、だ。
「ヘンリック。お前にはもう一つ指示がある」
「はいっ、なんでしょうか?」
自分たちの今後が保証されてホッとしたのか、先ほどより生気の戻った返事が返ってきた。
「次の取引から、過去に売った作品の無償修繕を母親に提案してくれ」
「修繕、ですか?」
不思議そうに問い返すヘンリック。
「ああ。劣化してきている部分を無償で補修して美しさを保つとかなんとか言って、毎回一作ずつ引きあげるんだ」
「それはもちろん構いませんが……よほど保存状態が悪くない限り、それほど経年劣化はしてないと思いますよ?」
うん。多分君たちなら、そんなヤワな作品作らないよね。
「もちろん補修は口実だ。引きあげた際に、作品のサインを書き換える」
「サインを?」
「ああ。作品を本来の作者のものに、お前たちのものに、戻す」
トゥールーズの面々が目を見開く。
「……つまり証拠隠滅、か。あんたも悪だねー」
苦笑混じりに呟くカレーナに言い返す。
「だってそのままにしてても、誰もハッピーにならないだろ? サインを書き換えても価値は変わらないんだから、発覚した時のゴタゴタを考えればやっておいた方がいいだろうよ」
そこで、意外なことにヘンリックから怯えたような声があがった。
「し、しかし、そんなことをしたら、僕らの罪はもっと重くなるんじゃ……」
俺は首を振った。
「お前たちは俺の奴隷になり、俺の指示で動くんだから、罪を問われるなら主人であり指示した俺になるよ。まあでも、サインさえ修正してしまえば作者を偽った証明はできないし、元はと言えばうちの母親の誤解から始まった話なんだ。最後まで母の勘違いだった、ってことで押し通すさ」
カレーナが横から茶々を入れる。
「あんたって、慎重なのか大胆なのか時々よくわかんないよね」
「準備は慎重に、実行は大胆に。ってのが、こっち来てからのテーマかな」
「こっち、って何だよ?」
胡散臭げな顔をする金髪少女。
「うん。まあ、こっちの話。……さて。今後の方針も決まったし、タルタス卿に挨拶して帰ることにしようか!」
俺はパン、と手を打って誤魔化した。
「そうか。やっぱり君は普通じゃ思いもつかないようなことを考えるな」
タルタス卿の領館の応接間。
向かいのソファに座ったタルタス卿は、苦笑しながら首を振った。
ちなみに俺の後ろには、スタニエフが控えている。
「詐欺を働いた者たちに首輪をつけ、母親の浪費を自らの収入に変える。よくもそんな手を思いついたもんだ。だが…………」
そこまで言って、男爵はちら、とこちらを見た。
「それだけじゃないんだろう?」
「やっぱり、分かります?」
「そりゃあ分かるさ! あれだけ彼らのオリジナル作品に興味を持っていたんだからね」
はっはっは! と笑うタルタス卿。
「タルタス卿も彼らを応援しておられたのでしょう。ご自身で動かれたらよかったのに」
俺の言葉に、男爵は首を振る。
「残念だが、私にはそんな商才はないよ。あればお隣の子爵殿と張り合うくらいはできただろうが……。私はせいぜい作品を買ってやるくらいしかできなかった。だから君が彼らをうまく使えるなら、是非『応援』させてもらいたいな」
やはり、そう来るか。
この人はよく状況が見えている。さすがだな。
でもまあ、俺も男爵と組むと決めてたし、渡りに船ではある。
「もちろんです。今後彼らを売り出してゆくにあたって、様々な面でタルタス卿のお力を借りたいと思っています」
うん、うん、と頷く男爵。
「そこで、差し当たってお願いしたいのは…………」
俺とタルタス卿の視線が交錯する。
「私どもが設立する商会、『オネリー商会』への出資です」
「ええっっ!?」
後ろに控えていたスタニエフの驚く声が、部屋に響いた。