第51話 アトリエ・トゥールーズ
思わずニヤついてしまった理由。
それはある意味で「期待通りだったから」と言えるし、むしろ「期待以上の可能性を示されたから」とも言えるだろう。
部屋の左手に置かれていた作品群は、古典的なタッチの絵画や彫刻だった。
美術は分からないのでうまく説明できないが、絵であれば『最後の晩餐』や『民衆を導く自由の女神』、彫刻であれば『ミロのヴィーナス』や『ダヴィデ像』みたいなものの胸像が置かれていた。
売りに行く時のことを考えてか、いずれも比較的小さなサイズのものばかりだ。
俺はそれらの前に近づいて行き、タルタス卿を振り返る。
「タルタス卿の目から見て、これらの出来はどうですか?」
「ふむ…………」
男爵はそれらの作品に近づき、丁寧に見てゆく。
「作品自体は非常によくできているよ。それぞれ元になった作家の特徴、技法、タッチをよく捉えて再現している。ただ……」
「ただ?」
タルタス卿は顎に手をやり、考えながら呟いた。
「主題がおかしい」
「テーマ、ですか?」
「ああ。本来その作者であれば、同じものを描いたり造ったりしても『そういう捉え方はしない』という焦点の当て方をしている。美術史に詳しい者が見れば、妙な違和感を覚えるはずだ。……これはわざとだな」
振り返った男爵に、トゥールーズの面々はバツが悪そうに俯いた。
「あと、絵画は使っている画材もおかしい。その時代には存在しないはずの材料の絵の具や、明らかに経年劣化の少ない古キャンバスを使ったりしている。まるで贋作であることをアピールしているみたいだ。……というか、これも『見る者が見れば分かる』ようにしているんだろう」
つまり彼らは、わざと贋作であることが分かるような造り方をしていた訳だ。
それは、罪悪感なのか。それともクリエイターとしての矜持なのか。本当のところは彼らにしか分からない。
が、
「そんなものに騙されるうちの母親って、一体……」
残念な事実に、どっと疲れる。
そこにタルタス卿のフォローが入った。
「ただ先ほども言ったように、作品自体は非常によくできているよ。彼らが本気で贋作を作れば、まず見抜けないだろうね」
なるほど。
つまり実力は間違いない訳か。
男爵のフォローで少しだけ気持ちが持ち直す。
それじゃあ、本命に行きましょうか。
俺たちは、今度は右手に並べられた作品の方に向かった。
「さて。向こうが贋作ということは、こちらは彼ら自身のオリジナル作品、ということですよね?」
男爵が頷く。
「ああ、そうだ。……なかなか面白いだろう?」
にやりと笑うタルタス卿に、思わずにやりと笑い返した。
「ええ。非常に面白いです」
そこに並べられた作品たちは、先ほどの作品群とはまるで正反対の性格のものだった。
左側の作品が精緻で躍動的ないかにも『古典美術』なものばかりなのに対し、右側の作品は人物や物、背景がデフォルメされ、二十世紀初頭のレトロポスターのような趣きを持っている。
雰囲気で言えば、絵はミュシャとかそのあたり。さらに言えば、前世の亡き母が好きだった、ダンサーの絵やポスターを好んで描いた昔のフランス画家の作品に似ていた。
それ以外の造形物は、花や草をモチーフにした丸みを帯びた前衛的なデザインで、素材に木やガラス、鉄などまで使っているものだった。
「それで、賠償の要求は決まったかい?」
微笑を浮かべ尋ねる男爵に、俺はゆっくりと頷く。
「ええ、決めました。こちらからの要望は……」
翌日の午前中。
俺たちはタルタスの守備隊詰所で、ある人物と再会していた。
「はい。これで契約完了です」
オルリス教の神父が、俺とトゥールーズの面々との奴隷契約を終え、柔和な笑みを浮かべる。
俺の腕の主人用の紋は、カレーナを含め五人を隷属させるように書き換えてもらっていた。
今回、俺がタルタス卿に提示した要望は、二つ。
一つは、犯人たちの全ての財産を譲渡すること。これにはもちろんあの屋敷と彼ら自身の作品も含んでいる。まあ現時点ではうちが被った損失を全くカバーできていないのだけれど。
二つ目は、彼らを俺の奴隷とすること。今回の始末をどうつけるのか散々悩んだが、オリジナル作品を見た瞬間に決めた。
彼らには今後、バリバリゴリゴリ働いてもらわなければならない。
神父にお礼を言い、彼が退室すると、守備隊の応接室には俺と子分ズ、トゥールーズの四人が残される。
そこそこの広さの部屋ではあるが、これだけ人がいるとちょっと狭い。
「さて。今日から君たちの主人となる、ボルマン・エチゴール・ダルクバルトだ。よろしく頼む」
俺の言葉に、トゥールーズの面々が不安そうな顔でおずおずと自己紹介をする。
「ヘンリック・ジートキワです。この度は大変申し訳ありませんでした」
ヘンリックの後に、残りの三人が続く。
ボブカットの女性がルネ。
小柄な男性がユールス。
髭を生やした老け顔がエクトール。
訊くと、ヘンリックとユールスが画家、ルネは装飾品、エクトールは造形が得意らしい。
一通り自己紹介してもらったところで、俺の後ろに控えていたカレーナが口を開いた。
「しかしあんたも好きだねー。わたし含めて五人の奴隷持ちじゃない」
ニヤニヤ笑う彼女に言い返す。
「いやいやいや、別に奴隷が好きな訳じゃないから。今回の始末のつけ方がこれしか思い浮かばなかっただけだから!」
あれ? なんで言い訳みたいに聞こえるんだろ。
「まあ、金がないなら働いて返してもらうしかねーよな」
頷くジャイルズ。
「でも、彼らを養っていくことを考えると、没収した財産は別にして、金銭的にはプラスどころかマイナスにもなりかねないですよ?」
スタニエフが鋭いツッコミを入れる。
そう。実はその通りなんだよね。
これはさっき奴隷契約の準備中に話していて分かったことだけど、彼らの生活費の大部分はうちの母親に依存していて、自前ではなかなか食えていなかったらしい。
つまり、彼らに仕事を作らないといけない、ということ。
「そうだな。スタニエフは正しい」
俺の様子を見たスタニエフが、苦笑する。
「やっぱり、坊ちゃんは全部分かった上で判断されてますよね」
「まあね」
そんな会話をしていると、ヘンリックが小さく手を挙げた。
「あの、僕らはどんな仕事をすればいいんでしょう?」
俺は彼らの方を向き、微笑を浮かべてこう告げる。
「なに、今までと変わらないさ。自分の作品づくりの傍らで贋作を作って、うちの母親に売ってもらう」
一瞬の間。
そして…………
「「「はあ???!!!」」」
部屋にいる俺以外の全員の声が、きれいにハモった。