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第40話 タルタス男爵、ふたたび

 

 コン、コン


 その時、部屋の扉がノックされた。

 俺の部屋を訪れる人間など限られている。


「入れ」


 俺の言葉から一瞬遅れ、扉が開いた。


「失礼致します、坊ちゃん」


 そう言って入って来たのは、白髪の小柄な老人……執事のクロウニーだった。


 彼は先代、つまりボルマンの祖父の代からエチゴール家に仕えてくれている。

 もう七十も近いはずだが、ボケることもなく、背もピンとして仕事を続けている。


 かつてのボルマンが唯一、心を許していた相手で「じい、じい」と呼んで懐いていた。




「どうした、じい。直接俺の部屋に来るなんて珍しいじゃないか」


 声をかけると、老執事は穏やかに微笑んだ。


「坊ちゃんに急ぎのお手紙が届いておりまして。僭越ながら、じいが直接お持ちしました」


「手紙? 誰からだ?」


 クロウニーは俺の前にやって来ると、胸元から封筒を取り出し、渡してきた。


「タルタス男爵からでございます」


「タルタス卿か!!」


「はい。使者の方が『返信を頂きたい』と下でお待ちになっております」




 俺は手紙を受け取るとすぐにペーパーナイフで封を切り、中の手紙に目を通す。


「ほう、ほう、ほう。なるほどなるほど!」


 読み進めるうちに、次第に顔がニヤついてきてしまう。


「おい、顔が気持ち悪ぃぞ……」


 カレーナが気味悪そうにこっちを見るので、ゴホン、と咳ばらいして表情を戻す。


「坊ちゃん、何かいいことでもあったのか?」


 ジャイルズの問いに、頷いてみせる。


「金のあてができた。すぐに出発するぞ!」


「「「え?!」」」


 驚いて面白い顔をする子分たち。


「今日は泊まりになるからジャイルズとスタニエフは親に断ってこい。じい、父上と母上に『泊まりで隣のモックルの街に遊びに行って来る。明日の昼には戻る』と伝えてくれ。タルタス卿の使者には『夕刻までに伺う』と」


 クロウニーは一瞬、驚いた顔をしたが、すぐにいつもの穏やかな顔に戻り、一礼した。


「かしこまりました。お手紙の件は、旦那様には?」


「内緒にしておいてくれ。あと、馬の準備を頼む」


「かしこまりました。お昼用にランチボックスも用意致しましょう」


 クロウニーはふたたび一礼した。


「よし。出発は一時間後。厩舎の前に集合だ!」


 号令一下、子分とクロウニーは一斉に動き始めた。




 皆が退室した後、俺は立ち上がり、窓の方を向いた。

 そして、


「よっしゃああああ!!」


 思い切りガッツポーズした。


 手紙には、フリード伯爵とのやりとりで、タルタス卿の領地と爵位がなんとか守りきれそうだということと、その件で謝礼を渡したいので、隣領の街まで出て来られるか、という内容が書かれていた。


「やっと自由にできる金が手に入る!」


 それは、こちらの世界に来てからの大きな目標だった。


 金がなければテナ村とトーサ村に投資して発展させることもできないし、ボルマンが踏み倒してきた色々なものの補償もできない。


「こちらに転生して二ヶ月。やっと前に進めるな」


 息を吐き、窓の外を見た。


 いい天気だ。まるで今の自分の心を表したように。


「…………ん?」


 と、視界の端、敷地の森の一部を切り拓き、大工たちが何やら作業しているのが目に入って来た。


「あれ、何やってんだろうな?」


 そういえば二、三日前から建築関係と思しき人間がうちに出入りしていた。


「……帰って来たら親父に訊いてみるか」


 今はタルタス卿に会いに行くことが優先だ。


 俺は小さな疑問をとりあえず置いておき、旅支度を始めるのだった。




 余談だが、数日後の朝食の席で、ゴウツークにこの時の疑問をぶつけてみた。

 すると、


「秘密だ。まあ今に分かる。楽しみにしてろ」


 ……と、ニヤニヤしながら返された。


 おえ。

 まあそのうち分かるようなので、とりあえず放っておこう。





 話を戻す。


 午前中にペントの街を出発した俺たちは、途中で昼食休憩を挟み、まだ日が高いうちに隣領のモックルの街に到着した。


 途中、例の大バッタと野犬ワイルドドッグが現れたが、軽く蹴散らしてやった。

「封力石が惜しい」とカレーナが投石でバッタを倒していたのには唖然としたけれど。


 後でステータスを確認したら、投石Lv3 なんて特技が追加されていた。

 今度、皆で練習してみようかな。




 さて。

 ミモック男爵領モックルは、田舎街ながらなかなか栄えていた。

 具体的には当社ペント比1.5倍くらい。


 ペントには一軒しかない宿屋が、この街には二軒もある。

 しかも一軒はややハイソな佇まいの上宿だ。

 タルタス卿は、そっちの宿に昨日から滞在している、とのことだった。




 宿の受付で名乗り、タルタス卿の名前を出して取り次いでもらう。


 さすがに全員で行く訳にはいかないので、スタニエフのみを伴って面会することにした。

 ジャイルズとカレーナはラウンジで待機だ。




 案内された部屋は、やはりというか当然というか、最上階のスイートルームだった。


 十日ぶりに再開したタルタス卿は、先日会った時よりも明るい雰囲気を纏っていた。


「やあ、驚いたよ。てっきり明日の到着になると思っていたからね」


 そう言って手を差し出す男爵。

 俺はその手をしっかり握り返す。


「タルタス卿が自ら足を運んで下さっているのに、お待たせする訳にはいきませんから」


「ははは! 君のおかげで僕は領地と爵位、そして名誉を守ることができた。自ら足を運ぶのは当然さ。今後の君との関係を考えても安いものだよ」


「買いかぶりかもしれませんよ?」


 にや、と笑って見せると、タルタス卿は面白そうに笑った。


「僕も君には散々やりこめられたが、あのフリード伯爵まで手玉にとるんだからね。これで君を評価しなきゃ、それこそ無能だよ」


 なるほど。

 騎士ケイマンはちゃんと約束を守ってくれて、あの手紙は思惑通り効果を発揮したのか。

 今度会ったらお礼しないといけないな。




「おお、これはすごい!」


 さすがスイートルームと言うべきか。

 窓からは夕暮れの街が一望でき、その手前には応接セットが置かれていた。


 勧められるままソファに腰を下ろすと、スタニエフはごく自然に俺の後ろに立って控える。


 タルタス卿は向かいのソファに腰を下ろし、話し始めた。


「改めて礼を言わせてもらおう。君のおかげで首がつながったよ。ありがとう」


「お手紙、拝見しました。治安維持の責任を問われないことになった、と。私がどの程度お力になれたのか分かりませんが、とにかくおめでとうございます」


 俺の言葉に、タルタス卿は笑う。


「はは、どの程度もこの程度もないよ。全面的に君のおかげさ! なんせフリード伯爵自身がそう言ったんだ。間違いはないだろう」


「伯爵は、なんと?」


「『ダルクバルトの息子に助けられたな』と。君に感謝するように言われたよ。あと、手紙の内容について君から話を聞いておくように、とも言われたな」


 ほう、ほう、ほう。

 どうやらこちらの思惑通りの展開になったみたいだ。


「早速教えてもらいたい。君は、あの手紙になんと書いたんだい?」


 それまで笑っていたタルタス男爵の目が細められ、今度は真剣に問うてきたのだった。



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