第39話 ボルマンの怒り
「大変申し上げにくいことなのですが……あれらは全て贋作です。絵画としては大変いい出来ですが、昔の有名作家のタッチを模倣しサインを偽造したものばかりなんです」
商人はおどおどしながら、しかしそう断言した。
「「(ポカーン…………)」」
俺とスタニエフは、完全に石になっていた。
母親のコレクションの一部は贋作だった。
一部と言っても、十品中十品。
うちに美術品を売りに来ているのは、こざっぱりした格好の美術商で、やたら腰の低い優男だ。
母親はコレクションの全てをそいつから購入している。
つまり、母親のコレクションは恐らく全て贋作だということ。
うちの領民が汗水垂らして納めた税金は、どこぞの詐欺師に騙し取られていたのだ。
「…………るさん」
握った拳が震える。
「……ぼ、坊ちゃん?」
スタニエフが隣で引くのが分かる。
だが、頭に血が上っていくのが止まらない。
母親の美術品収集については、まだ赦せる。
愚行で無能だとは思うが、少なくとも何かあった時、売って金にできるから。
それが本物であれば。
だが詐欺は、偽物を掴ませるようなことは、絶対にゆるせない!!
「ゆるさん。絶対にゆるさないぞ! うちの領民が苦労して納めた税金を、なんだと思ってるんだ!!」
思わず、ダン!! と、テーブルを叩いた。
「ひいっっ!!」
悲鳴をあげる商人。
俺は彼に視線を向けた。
「なあ、あんた」
「は、はひっ。な、な、なんでしょうか?」
「さっき見てもらった品、贋作だ、って証明できるか?」
「そ、それはもちろん。いずれも有名な作者の名を騙ったものばかりですから。見る者がきちんと見れば分かります」
気の毒な美術商は、ビクビクしながら答える。
いかんいかん。落ち着こう。
ボルマンが怒っている、というのは、余程恐ろしいらしい。
「ごほんっ。それでは、あれらが贋作だという証明書を発行してもらいたい。もちろん謝礼は適切に支払わせて頂くから」
「わ、分かりました。では私の名で証明し、商人ギルドで証書を発行してもらいましょう」
契約は成立した。
俺たちはペントに戻り、共同ギルド支部で証書を発行してもらった。
証明と証書の手数料、出張費用で、1,000セルー(10万円)ほどの持ち出しとなった。
鑑定してもらった贋作は詐欺の証拠として売却を取りやめ、そのままトーサ村の村長宅の倉庫で預かってもらうことにしたのだ。
まあ、仕方ない。
これで手元の金はほぼゼロだ。
旅でゲットした魔石は売ったが、大した金にはならなかった。
ゴブの魔石が一個10セルー、ホブの魔石が20セルーで、計60セルーだ。
カレーナに返すために買った封力石一個が30セルーだったから、差し引き30セルー、3千円くらいの儲けだった訳だ。
四人で命がけで戦って、売上6千円。利益3千円。
冒険者って儲からないなあ。
支払いが終わりほっとした顔の商人は、別れ際に言った。
「あの価格証明書に書かれていた美術商の名前ですが、私は聞いたことがありません。ひょっとしたら偽名かもしれませんね」
多分そうだろう。
まあ、どうせひと月も経たずに姿を見せる。
その時に捕まえるなりなんなりして、落とし前をつけさせてやる。
そう決意したのだった。
翌日、俺の自室には子分たち三人の姿があった。
俺はどこかの社長や校長よろしく窓を背に机を彼らに向け、彼らは机の向こうに並んで立っている。
「……という訳だ」
「ぶっ!!」
話を聞いて噴き出した不届き少女が一人。
「俺たちの金を騙し取りやがって!!」
俺の主観バリバリな説明で、詐欺師に怒髪天な少年が一人。
スタニエフは思案顔だ。
「まあ、そういうことだ。詐欺師への対処について意見を聞かせてくれ」
俺の問いに、ジャイルズが真っ先に口を開いた。
「決まってるじゃねーか。見つけ次第、ぶっ殺す!!」
Oh! さすが脳筋。
「バカだな。それじゃ騙し取られたカネ、一銭も回収できないじゃん」
カレーナがツッコミを入れる。
「なんだと! じゃあお前ならどうするんだよ!?」
「わたしなら、泳がせて後をつける。で、アジトについたところで締め上げて、有り金全部吐き出させるのさ」
金髪ショートの封術少女は、ふふ、と笑いながらジャイルズに言い返す。
「そ、そんなうまくいくかよ。途中で見失ったらどうすんだ?」
「わたしなら上手くやる。デカくて目立つあんたには無理だろうけどねー」
「なんだとゴルァ!!」
俺は、パンパン、と手を打った。
「はいはい。カレーナ、無駄に仲間を煽らないでくれ。ジャイルズもそんな安い挑発に乗るな」
やれやれ。
チーム運営もなかなか大変だ。
「で、スタニエフ。お前はどう考える?」
「そうですね……」
我がチームの金庫番は、少し考えると口を開いた。
「カレーナの『泳がせる』案に基本的には賛成です。僕らは敵のことをよく知りません。きちんと調べてから一気に動いた方がいいでしょう」
「ほらな?」とカレーナがジャイルズにドヤ顔をする。
ジャイルズは彼女を睨みつけるが、今度は踏みとどまったようだ。
スタニエフは言葉を続ける。
「目的をどこに置くかで変わってくるでしょうね。罰することなのか、金を取り戻すことなのか。感情的には前者ですが、坊ちゃんは後者を優先するんじゃないですか?」
目で問われ、俺は頷いた。
「その通りだ。続けてくれ」
「騙し取られたものを全て取り返すのは不可能でしょう。おそらく既に使ってしまっているでしょうから。それでもできる限り奴の資産を押さえるのであれば……アジトを突き止めた後もしばらく泳がせてはいかがでしょうか?」
「「なんですぐ、とっちめない(吐かせない)んだ?」」
ジャイルズとカレーナがハモり、お互い嫌そうに顔を見合わせる。
「ぷっ」
思わず噴き出してしまった。
こいつら似た者同士だわ。
いがみあうのは、同族嫌悪かね?
そんな彼らに、スタニエフは手を顎にあて思案しながら説明を始めた。
「二つ理由があります。一つは、奴のアジトが恐らく他領にあることです」
「はあ? それがなんで、とっちめない理由になるんだ?」
ジャイルズが噛みつく。
「我々に逮捕権がないからですよ。勝手なことをすれば貴族対貴族の外交問題になりかねません」
「でも、わたしたちの時は随分キツく縛り上げてくれたよな?」
今度はカレーナが嫌味を言う。
「あれは強盗の現行犯でしたから。王国法では、暴行や殺人の現行犯は、地位や所属に関係なくその場で逮捕して良いことになってます。ですが今回は詐欺で、しかも我が領での犯罪ですから、簡単に他領で動く訳にはいかないでしょう」
なるほど。
その辺は元の世界と同じなのか。
それにしても…………
俺はまじまじとスタニエフを見た。
こいつ、なかなか勉強してる。
会計や交渉だけじゃなく、法務関係もいけるんじゃね?
「二つ目の理由は、目に見えるものだけがそいつの全てではないからです。ひょっとしたら背後に黒幕がいるかもしれない。隠し財産があるかもしれない。色んな可能性があります。だからこそ、拙速に行動する前にきちんと素性を洗う必要があると思うんです」
なるほど。
頭に血が上ってたから考えもしなかったけど、敵が組織である可能性もあるな。
「そこまで慎重になる必要ある?」
面倒臭そうに尋ねるカレーナに、スタニエフが苦笑する。
「あなたの経験も、答えの一つだと思いますよ」
カレーナの経験……ああ、そういえば謎の依頼人に『ご禁制のクスリの密売摘発』とか言われて、盗賊の助っ人やらされてたんだったな。
「お、おまっ、昔の話を……」
真っ赤になってわなわなと震えるカレーナ。
なんか微笑ましいな。
でもまあ、この辺りでまとめようか。
俺はパンパンと手を叩いた。
「そのあたりでいいだろう。皆のおかげで考えが纏まったよ」
子分たちの注目がこちらに集まる。
「詐欺師への対処はスタニエフの案でいく。カレーナ、奴が次に売り込みに来た時に後をつけて背景を探ってくれ。いつも通りならギルドの定期便で来て、帰るはずだ。それに同行してくれ」
ダルクバルトには四日に一度、ギルド共同の定期馬車がやって来る。
定期馬車はそこそこのレベルの冒険者パーティーを護衛につけているので、旅人や行商人は金を払って同行させてもらうのが、この国での一般的な移動手段だった。
「はいよ。……と、言いたいところだけど」
「?」
カレーナの返事に首を傾げる。
「あんた、わたしを定期馬車に同行させるような金、残ってるのか? 昨日、金が底をついたって言ってなかったっけ」
「「「あ…………」」」
俺と二人の子分は、ここに来てまさかの事態に固まってしまった。