第34話 犯罪奴隷の盗賊ボ……
この国、ローレンティア王国には、少数ながら「奴隷」という身分の者が存在する。
彼らは犯罪を犯し、重罪ではあるものの死罪は免れた者たちだ。
戦争の際に相手国の軍務についていた者も、これに含まれる。
ちなみにオルリス教では罪と罰は個人のものとされているため、親族の連座は禁じられている。
もっとも貴族の場合は「罰」ではなく、「貴族として相応しくない」として、家格を落とされたり、転封・領地召し上げなどの対応がなされるのだが。
ゲーム内でゴウツークが横領で捕まったにも関わらず、ボルマンが爵位を継ぐことができたのも、おそらくそういった事情なのだろう。
もちろん領地が半分以下に減らされたのは、以前語った通りだけれど。
さて。この「奴隷」だが、いざ主従関係を結んだとしても、反抗的だと扱い辛い。
かといって暴力で従わせるのは、オルリス教の教えに反するらしい。
では、どうするか。
我らがオルリス教は、その点もきちんとサポートしている。
まさに至れり尽くせりだね。
今、俺たちの前にはオルリス教の神父がいて、盗賊ボーイの右腕に、ペンでなにやら封術陣のような模様を書き込んでいる。
実は先ほど、俺も左腕に似たような模様を書かれていた。
温和そうなこの中年神父は、俺と少年の主従契約をとり持つため、タルタス男爵の依頼でこの守備隊詰所に足を運んでくれたのだった。
今更ではあるけれども、俺はタルタス男爵の評価を改めていた。
彼はやや押しの弱い面もあるけれど、物事の判断力、実務能力は相当なものだと思う。
それは昨日の交渉と、今日の諸々の手配で感じたことだった。
小領とはいえ、伊達に街道沿いの領地を任されていない。
ひと段落したら、ぜひ良い関係でやっていきたいものだ。
「お待たせしました。主従の紋をそれぞれ描き終わりましたので、契約に移りたいと思います。お二人とも紋を刻んだ腕を出して頂けますか?」
神父の前に二人並び、拳を握った腕を出す。
盗賊ボーイの生っ白い細腕と、俺の太めの腕には、似て非なる紋が描かれている。
横に立って気づいたが、こいつ俺と背の高さがいい勝負だ。
つまり十代前半としてはかなり小柄と言えるだろう。
神父は懐から金と銀で装飾された大きめのロケットのようなものを取り出すと、そのふたを開けた。
中には目の粗い白い粉が入っている。
彼はそれをひとつまみすると、二人の腕の紋に振りかけた。
「偉大なる神よ。ここに主従の縛りを為すべき者あり……」
その後、理解できない呪文のような言葉を唱えると、段々と二つの紋が金色の光を帯び始める。
「おお」
思わず感嘆の声を漏らす。
この世界の神は、目に見えて超常的な力を発揮するらしい。
頭では理解していたことだが、あらためて自らの目で見ると、ちょっと感動。
が、ここで問題が起きた。
「あれ?」
首を傾げる神父。
その視線の先に目をやると、少年の腕の紋の一部が光を失っている。
そして数瞬の後、二人の腕に宿っていた光は、粒子のようになって霧散した。
「ん〜〜???」
少年の腕を取り、主従の紋を確かめる神父。
しばらく観察した後、彼ははっとした顔をする。
「ああ、なるほどなるほど」
納得したように少年の腕を離す。
そして申し訳なさそうな笑顔で一言。
「申し訳ありませんでした。あなたは女性なのですね」
「「「ええええ〜?!」」」
神父の言葉に、俺と子分ズは耳を疑った。
「え? 冗談???」
思わず神父の顔を見る。
笑顔で首を振る神父。
次に、隣に立つ盗賊ボ……ガールを見る。
彼、いや彼女は仏頂面で言った。
「悪いかよ?」
「いや、だって、お前……」
ぱくぱく、と声にならない言葉が出てくる。
が、ローブからのぞく細い手足をよく見れば、確かに筋肉のつき方が男とは違う気がする。
「冒険者なんてやろうとすると、女ってのは色々危険なんだ。だからずっと『男』で通してきた」
そう言って長い前髪をかきあげて見せたその顔は、よく見れば少女に見えなくもない。いや、ちゃんとすれば、結構な美少女になるだろう。
「噂の子豚鬼は、わたしを奴隷にして慰みものにでもするのか?」
どこか諦めたような、冷笑的な目でこちらを見る少女。
「それも悪くないけど、生憎と俺には可愛い婚約者がいるんでね。需要がないかな」
俺の言葉にムッとする少女。
「可愛くなくて悪かったな」
「俺の婚約者が可愛いって話だよ。君が可愛くないとは言ってないさ」
「そ、そうかよ……」
なぜか顔が朱くなる少女。
いやいやいやいや。別にフラグ立てるつもりないからね?
「さっきも言ったけど、我が領は戦力を求めてる。魔物相手に戦える戦力をね。だから君の封術士としての力を貸して欲しい。もちろん使い潰すようなことはしない。戦う以上、安全にとはいかないが、他の仲間と等しく扱うことを約束しよう」
真っ直ぐ目を見て語りかける。
するとショートカットの金髪少女は、ふん、と苦笑いのような表情を作った。
「わたしはあんたの奴隷になるんだ。何をされても文句は言えない。好きにしたらいいよ」
「だから、変なことはしないと言うに」
どうも信用がなくて困る。
まあ、ボルマンだからな。仕方ないか。
神父は少女の腕に魔法陣を書き直した。
そして再び儀式にチャレンジする。
神父の呪文で、白い粉をかけられた二つの紋は再び金色に輝く。
「おお……」
二人の腕の上に浮かぶ光の粒子が橋のように繋がり、今度は紋が欠けることなく、静かにそれぞれの腕の紋に吸い込まれていった。
「はい、これで完了です。お二人は主従の関係になりました」
神父は俺たちに向かって微笑んだ。
続けて、主従の関係について説明される。
「この契約により、従者は主人の言いつけに逆らうことができなくなります」
「うげ……」
少女が顔を顰める。
「契約の解除条件は?」
俺の問いに、神父は頷いた。
「この契約は、従者が死んだ時にのみ解除されます。主人が亡くなった場合は一時的に教会管理となり、教会側で正当な相続者に継承手続きを行います。それ以外で契約を解除するには、主従が揃った状態で、我々オルリス神官が解除の儀式を執り行う必要があります」
「なるほど。では、俺の意思で彼女を奴隷から解放することもできる訳か」
「はい。ただ、彼女は自身の罪による罰として従者となりましたから、教会は五年間は解除の儀式を執り行うことはありません。先ほどの主従紋に、その期間も明記してあります」
「主人の変更は?」
「教会で対応させて頂きますよ」
一通り訊きたいことを訊き終わると、神父は一礼して帰って行った。
オルリス神官と直接会ったのは初めてだったが、悪い印象は持たなかったな。
さて。
部屋に残ったのは、三人の少年と一人の少女。
俺たちには最後に、やらなければならないことがあった。
それは、一番大切なこと。
「さてと。今日から俺は君の主人になる。ボルマン・エチゴール・ダルクバルトだ」
「坊ちゃんの付き人のジャイルズ・ゴードン」
「同じく、スタニエフ・オネリーです」
「君の名前を聞こうか」
俺の問いに、少女は目を逸らして答えた。
「カレーナ・サラン」
「カレーナ。これからよろしくな」
新しく仲間になった少女は、居心地悪そうに「ああ」とだけ答えたのだった。