第26話 研修旅行の成果と反省会
婚約者との顔合わせの旅は、実りの多いものとなった。
得られたものは色々あるけれど、一番はやっぱり、かわいい婚約者と心を通わせることができたことだろう。
ここまで満ち足りた気持ちになったのは、転生前、ボルマンの人生と合わせても初めてのことだ。
うっかりそれが顔に出ていたのか、帰りの馬車の中で向き合って座っていた子分たちにキモがられてしまった。
「ぼ、坊っちゃん?」
ジャイルズが顔を引攣らせる。
「なんだ?」
「何か良いことがあったんで?」
「まあな!」
ニマニマニマニマ
(「「ぉえっ……」」)
子分たちの心の声が聞こえた気がして、ペチペチと頰を叩いて、自分の顔を矯正する。
「ごほん! さて。それじゃあ報告してもらおうか」
ジャイルズとスタニエフには、旅の間、色々と宿題を課してあった。
俺が父親に断ってわざわざこちらの幌馬車に移乗したのは、その報告を聞くのが目的である。
尚、傍らには領兵三名が同乗しているが、今はちょっとだけ端の方に寄ってもらっている。
走っている馬車の騒音で、話が聞き取れないくらいの距離だ。
「では、僕の方から」
スタニエフが口を開いた。
「今回の旅では坊っちゃんから、滞在した各街と我が街ペントの、『ヒト・モノ・カネ』に関する比較調査を行うよう、宿題を出されていました」
「そうだな」
俺は鷹揚に頷く。
ちなみに今回俺たちが滞在した街は、一つを除き全てどこかの領地の領都だ。
クルスが最も北西にあり、一番王都に近い。
そのクルスから東に半日行ったところにあるのが、ミエハル領第二の街。
そこから更に東に二つ領地があり、二つ目の子爵領から南に二つ目の領地がダルクバルト領である。
こう書いてみると、王国南東端のダルクバルトがいかに辺境かよく分かる。
「これからお話する数字は、主に商店や街の警備兵などからの聞き取り調査による情報です。個別の数字は別に記録してありますが、とりあえず大まかな傾向をご報告したいと思います」
「うん。その流れでいい」
スタニエフは自分の鞄から数枚の紙を取り出し、説明を始めた。
「まず人口ですが、我が領都ペントを1とした場合、近い順に、1.5、5、3、5、30となります。ちなみにペントの人口は約千人、ミエハル領クルスの人口は三万人ですね」
「なんとまあ。十倍は差があると思っていたが、三十倍か。まさに蟻と象だな」
俺の言葉に、ジャイルズが苦い顔をする。
「隣領にすらかなり負けてるっつーのは、初めて知ったぜ……」
「地形や立地もあるから一概には言えないけど、控えめに言っても、うちはど田舎だな。二つ北の領地の街の人口が多いのは、東西街道と南北街道が交差する交通の要衝だからかな」
「……おそらくは。商店にも、北の海で採れたと思われる産品がいくらか並んでましたし。宿屋もピンキリでしたがたくさんありましたよね」
スタニエフが俺に頷いた。
ふむ。なかなか目のつけどころがいい。
さすが元商人の息子だな。
「あの街、なんて名前だっけ?」
「コーサ子爵領、テンコーサです」
「おっけー。続けてくれ」
「次に、食品関係にいきます。坊っちゃんから特に念入りに調べるよう言われたギフタル小麦ですが、価格が安いのはやはりミエハル領でした」
「まあ、国内最大の産地らしいしなぁ」
「はい。ただ一つ注意することがあって、そもそもギフタルを扱っている街自体が、ミエハル領の街以外では一つしかありませんでした」
「……それ、さっき話に出た街のこと?」
「その通り、テンコーサです。坊っちゃんさすがですね。ちなみにクルスの価格と比べると、2倍近い価格でした 」
「テンコーサ周辺でギフタルの栽培は?」
「してませんね」
なるほど。
街道沿いでも稀にモンスターやら盗賊やらが出るこの世界。輸送には護衛が必要だから、輸送距離が伸びるほど費用もかさむ、ということか。
あと、白パンなんか食べるのはどうせ貴族や豪商だから、高くても構わないのだろう。
「ちなみに普通の小麦の価格は、どんなもんなの?」
俺の質問に、スタニエフは手元の資料をめくって答える。
「クルス以外では似たり寄ったりですね。ペントの価格と比べると、テンコーサで1.3倍、クルスでは2倍といったところです」
「クルスではえらく高くつくんだなぁ」
「そうですね。どうやらミエハル子爵領では、普通の小麦はほとんど栽培していないみたいです。そのせいでしょうか。普通の小麦がギフタルとほぼ同じ値段で売られてました」
そういえばエステルとのデートの時に行った小麦屋でも、あんまり価格が変わらなかったな。
「……って、あそこってそんなに物価高いの? 領民がパンを食べられないんじゃない?!」
主食の小麦は、物価のバロメータになるはずだ。その小麦がそこまで高いということは、他の物品はどうなってるのか。
「確かに物価は高いですね。ペントと比べて概ね1.5倍というところでしょうか。ただギフタルについては、世帯あたりに年間消費量の半分程度の配給があるそうですから、パンが食べられない、ってことはないと思います。まぁ配給のない野菜類もそこそこ高くなってますから、生活はそこまで楽ではないでしょうが」
「なるほど。一応、住民に配慮してるのか」
「はい。あと物価も高いですが、収入も比例して高くなってるみたいですね。その辺りはジャイルズが調べてるはずですが……」
「そうなのか?」
俺が顔を向けると、ジャイルズはポリポリと頰をかいて言った。
「ま、まあな。正直、細かい調べ物は苦手なんだけどよ。冒険者ギルド行ってクエストの内容と報酬を調べてきたぜ」
ジャイルズの報告によると、冒険者ギルドの支部があるクルスとテンコーサでクエストの報酬を比べると、同じレベルのクエストで1.5倍程度、クルスの方が報酬が高くなっていた、ということだった。
「クルスでは、収入の増加と物価の上昇が同時に起こってる訳か」
これは、どういう状況だろうか。
おそらく、ギフタルの儲けによって大量の金がミエハル領に流入している。
子爵はその儲けを領内に再投資し、新規事業や街の拡張などを行なっているのだろう。
「高度成長期だな」
「「は(い)?」」
俺の独り言に、子分たちはそろって首を傾げた。
「好景気が続いて、物価と賃金が継続的に上昇してる。高賃金につられて人が集まり、物も集まり始めてる。クルスは今、高度成長の時期にあるんだ」
「うちとは別世界の話だな」
ジャイルズが悔しそうな、自嘲のような、微妙な顔をする。
「何言ってるんだ、ジャイルズ?」
子分の顔をじっと見る。
「……へ?」
俺の様子に、戸惑うジャイルズ。
「大儲けする絶好のチャンスじゃないか」
父さん、カネの気配を感じます。