第248話 恩に報いるということ・後編
☆
「なっ、なんのことか私には……っ」
激しく動揺し、俺から目を逸らすカミル。
そんな彼に俺は言った。
「フリード閣下から言われたんだ。『ちょっと調べれば分かる。バレるのはもはや時間の問題だ』ってな」
俺の言葉に、伯爵が重々しく頷く。
俺はさらに畳み掛けた。
「今頃オヤジたちが泊まってる宿には会計監査院の役人が兵士たちを連れて乗り込んでるはずだ。……逃がさず逮捕できるようにな!」
「逮捕ぉっっ?!」
カミルは驚愕し、キョドりながら視線を宙に彷徨わせる。
まるでどうしたらいいか必死で考えるかのように。
そして、震える手で俺の腕をがっしり掴んだ。
「わ、私がっ! 私が使い込んだんですっ!! 申し訳ありません!! だ、旦那様は横領のことは一切ご存知なくっっ––––」
「っ……!」
自ら罪を被り、親父を庇おうと必死で叫ぶカミル。
「うそ、つけ……」
その様子に、長年うちに尽くしてくれた彼の様子に、再び感情が溢れてしまう。
「…………」
言葉が出てこず、思わず目がしらを押さえたときだった。
「やめてよ、父さん」
馬車に、彼の息子の声が響いた。
「……スタニエフ???」
おそるおそる、震えながら息子を見るカミル。
そんな父親に息子は、鞄から紙の束を引っ張り出して掲げた。
「父さんが隠していた帳簿と書類を仲間が見つけてくれたんだ。この中にはゴウツーク様のサインやコメントが何箇所も入ってる。もう言い逃れはできないんだよ!」
目を見開くカミル。
彼は息子の手の中にある書類を見つめ、やがて視線を落とした。
「……もう、そんなものまで手に入れてるんですか…………」
スタニエフは続けた。
「父さん。今回ボルマン様はご自分のお父上を告発されたんだ。これでエチゴール家には横領した補助金の返還と追徴金が課されることになる。もちろんゴウツーク様も処罰されると思う。でも––––」
俺はスタニエフを手で制すと、彼の言葉に続けた。
「少なくともダルクバルト領は存続できる。もし今、俺が告発せず監査や他所からのタレコミで横領が露見すれば、領地存続は危うくなり親父もお前も断頭台の露と消えることになっただろう。当然スタニエフに任せている新生オネリー商会も空中分解。––––お前はまた家族を路頭に迷わせるつもりなのか?」
「ぅぐっ……」
俯き、ぷるぷると震えるカミル。
俺はあらめて彼に向き合った。
「これはギリギリのタイミングなんだ。カミル。この機を逃せば何もかも終わりなんだよ。––––頼む。監査官に真実を証言してくれ。そうすればお前と親父の処罰についても量刑の軽減を願い出ることができる。あんなダメ親父でも俺の父親なんだ。俺とスタニエフを『親殺し』にさせないでくれ」
「っ!!」
ビクン、とカミルの肩が震える。
––––これは俺の本心。
色々あったが転生してからこっち、あのクソ親父が俺のやる事に口出ししてこなかったことで助けられたことが多々ある。
それにあれは俗物だが、悪意を持って人を貶めることはしなかった。
罰を受けるのは当然とはいえ、死なせたくない。
果たしてカミルに、俺の言葉は伝わっただろうか?
「……ぐっ……ひぐぅっ…………」
馬車の中に響く嗚咽。
カミルは声を押し殺して泣いていた。
拳を固くにぎり、肩を震わせて。
俺はそんな彼の肩に手を置いた。
「お前には感謝してる。今までよくこんなどうしようもない男爵家を支えてくれた。この一年で俺たちがここまで来れたのは、お前がなんとかやりくりして陰に陽に助けてくれたからだ。だからすまないけど、もう一仕事してくれないか?」
俺の言葉に、躊躇いながら顔をあげるカミル。
「本当に…………本当に、私が証言すれば、ゴウツーク様の命を助けることができるのですか?」
親父の金庫番は、涙に塗れた顔を拭くこともせず、俺を真っ直ぐ見る。
そんなカミルに俺は、
「ああ。親父も、お前も、絶対に命を助けてみせる」
そう言い切った。
「情状については、俺も一筆書こう」
後ろからフリード伯爵が援護射撃をしてくれる。
「…………」
伯爵のひと言が最後のひと押しになったのか。
カミルはゆっくりと顔を上げ、赤くなった目で俺を見て言った。
「––––分かりました。証言します。本当のことを証言致します。ですからボルマン様。妻と息子を、どうか……どうか、よろしくお願いしますっ!!」
再び涙が溢れるカミル。
俺は彼の両手を自分の手でしっかり握ったのだった。
☆
王城の地下牢。
じめじめと息苦しいその場所で、父親は牢の隅で毛布を被ってガタガタと震えていた。
「ゴウツーク・エチゴール・ダルクバルト。面会だ」
看守の兵士が鍵を取り出し、鉄格子の扉を開ける。
俺が牢の中に入ると、毛布の隙間からこちらを窺っていたゴウツークは、はっとしたように俺の顔を凝視し––––
「ボ、ボルマンっっ!!!!」
転がるようにこちらに駆け寄って来ると、俺の両手を冷たくなった両手で握りしめた
「ボルマン、ああボルマンよ……。なんでこんなことになったのか。突然兵士がやって来て、儂を縛り上げおったのだ」
ガクガクと震えながら、恐怖に顔を歪めながら、泣きそうな顔で俺の手を握るゴウツーク。
「わ、儂はこれからどうなるんだろうか? タカリナは? お前は大丈夫なのか?? ダルクバルトはどうなるのか。儂は……儂は、怖くて怖くてたまらんのだ」
そう言ってその場に崩れ落ちた。
欲望の塊だった父。
その父親から出た意外な言葉に、俺は驚き戸惑った。
妻と息子、そして領地の行く末を心配する惨めな姿の小男は、何度見ても俺の父親だった。
「父上……」
俺は膝をつき、父親に目線を合わせた。
「…………」
その場にうずくまり、ブルブルと震えるゴウツーク。
その手を、自分の手で包む。
「ご安心下さい。母上が罪に問われることはありません。私もです。それに……一つだけ、あることをして頂ければ、必ず私が父上を助けます」
俺の言葉に、ゴウツークはガクガクしながら顔を上げた。
「ほ、本当か???」
「はい。少なくとも絶対に死刑は回避できるよう、フリード伯爵にお力添えを頂いて、国に交渉します」
「伯爵が……儂を助けて下さるというのか?」
目を見開き、信じられないという顔をする父親。
俺は微笑し頷いた。
「フリードとダルクバルトは、軍事同盟を結ぶことになりました。フリードからの資金供与を受け、ダルクバルトは私たちが開発した新型武器を量産します。その締結条件の一つが、父上の助命嘆願なんです」
「なっ…………」
絶句するゴウツーク。
父親はしばらく茫然としていたが、やがて肩を落とした。
「そうか……。もう『その時』なのだな」
「その時?」
聞き返した俺の問いには答えず、ゴウツークはわずかに顔を上げた。
「……それで、儂は何をすればいい?」
「取り調べに正直に答えて下さい。やったことは『やった』と言い、忘れたことは『忘れた』と言って下さい。––––あとは、私とフリード卿でなんとかします」
「分かった。お前の言うとおりにしよう」
父親は頷くと立ち上がり、俺に背を向けた。
「父上?」
「……ほれ、早よ行け。こんなところに長居したら病気になるぞ」
「ですが––––」
言いかけた俺に、こちらを振り返りもせず、しっ、しっ、と手を振る父。
話は終わり、ということだろうか。
「それでは、行きます。––––父上、お体に気をつけて」
「……………」
父は返事することもなく、再びごそごそと毛布に包まる。
俺は小さくため息を吐くと、牢から出た。
ガチャリ、と鍵をかける看守。
そうして歩き出そうとした時、牢の奥から声が聞こえた。
「ボルマンよ。……ダルクバルトを頼んだぞ」
その声に、胸がつまる。
「…………お任せくださいっ」
俺はそう応えると、振り返ることなく歩き始めた。
更新遅くなり申し訳ありません!
色々想定外のトラブルに見舞われまして……。
来月こそはちゃんと定期更新したいと思います(汗)
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