第247話 恩に報いるということ・前編
☆大変長らくお待たせ致しました。更新再開です!
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「カミル。はるばる呼び出してすまないな」
俺は自分が泊まっている部屋で、スタニエフの父親にしてダルクバルト男爵領の金庫番、カミル・オネリーにそう声をかけた。
「いえ、大丈夫です。彼らから話を聞いたときは驚きましたけど……。それで、一体何事ですか? 『商会の経営の件』ということでしたが」
丸い顔の人の良さそうな金庫番は、ちらりと傍らのジャイルズとカレーナ、スタニエフを見てから視線を俺に戻した。
俺はそんなカミルに近づき、耳元で囁いた。
「うちはフリード伯爵領と秘密軍事同盟を結ぶことになった」
「……ひっ?!」
驚くカミルに俺は、しぃ、と人差し指を立てる。
「それに関連して、俺たちが開発した新しい封術武器の売買契約を進めようとしてるんだけどな。一つ問題があって、売買するのはオネリー商会とフリード伯爵家だが、同盟を結ぶのは家同士だ。そこで伯爵から男爵家と商会の関係についての説明と、どうまとめるかの話し合いを求められてるんだ。商会側の説明はスタニエフがやるとして、男爵家側の説明と先方との話し合いはお前じゃないとできないだろう。それではるばる王都まで来てもらったんだ」
「な、なるほど。そういうことですか」
カミルはハンカチで額の汗を拭き、こくこくと頷いた。
ちなみに今言ったことはあながち嘘ではない。
実際、家同士と御用商会の関係についての調整は必要になる。
まあ、親父の横領の告発が終わってからの話だが。
「そういう訳で早速だが明日、先方との打合せがある。ついて来てくれるな? カミル」
「は、はいっ、もちろんです! ……あ、あの、このことをゴウツーク様は––––」
「もちろん了解済みだ」
俺が自信ありげにそう言うと、スタニエフの父親はほっとした顔で、
「承知致しました。それでは早速これから準備をするように致します」
と言って自分の部屋に戻って行ったのだった。
カミルが出て行った後、俺は仲間たちを振り返った。
「ジャイルズ、カレーナ。二人ともよく間に合わせてくれた。本当に助かったよ」
俺の言葉に、ふっと笑う二人。
「まあ、このくらいなんでもねーよ」
「嘘ばっかり。『このままじゃ間に合わねーよぅ』って泣きついてきたのは誰だっけ」
「ちょっ、おま……っ!!」
「まあまあ、こうして間に合ったんだ。上等だよ。––––それでカレーナ、例のものは見つかったか?」
俺が一番気になっていることを尋ねると、カレーナは「ちょっと待ってて」と言って後ろに置いてあった旅行カバンのところまで行き、中から分厚い書類の束を取り出した。
「多分これだと思うんだけど。引き出しが二重底になってたし」
「それはまた……古典的だな」
ガサが入れば秒で見つかるだろう。
「底が厚すぎて、あれじゃあ誰が見ても怪しむと思うよ」
「……父は悪事をするのに根っから向いてないんですよ」
首をすくめるカレーナと、バツの悪そうな顔をするスタニエフ。
俺は彼女から差し出された紙の束を受け取ると、パラパラと目を通す。
それは帳簿だった。
見覚えのあるカミルの読みやすい文字が紙の上に踊っている。
「スタニエフ、見てくれ」
「はい」と応えてこちらにやって来た俺の金庫番に、紙の束を渡す。
「…………」
眼鏡をなおしながら書類をめくるスタニエフ。
彼は上の方の何枚かを指でなぞりながら目を通すと、その後パラパラと流し読みと抜き取り確認を繰り返し、俺に書類を返してきた。
「間違いありません。これは男爵家の裏帳簿です。横領の……決定的な証拠です」
そう言ったスタニエフの目は、メガネのレンズに夕陽が反射して見えない。
ただ、つい、と書類を差し出してきた。
「? これはお前が持っていてくれ」
だがスタニエフは俺の言葉に小さく首を横に振った。
「いえ、これはボルマン様が持っていて下さい。きっとその方が良いです」
「……分かった」
書類を受け取る俺。
まだ気持ちの整理がついていないのか。
まあ、それは俺もきっと同じだが。
こうして俺たちは自分たちの未来を切り拓くため、苦い選択をしようとしていた。
☆
翌朝。
朝食を終えた俺たちは、フリード伯爵の馬車で王城に向かっていた。
馬車に乗っているメンバーは四人。
カミル、スタニエフ、俺、そしてフリード伯爵その人だ。
「は、伯爵閣下の馬車で同行させて頂けるとは……。光栄なことです」
汗をふきふきそう言ったカミルに、伯爵はふっと頬を引き攣らせて笑った。
「これからは珍しくもなくなる。経済だけでなく軍事的にも結びつくことで、両家は一蓮托生となるのだからな」
ちら、とこちらを見てそう言った伯爵に俺は「その通りです」と頷く。
続いてカミルも「左様でございますね」と相槌をうった。
「ところでボルマン様。今日は旦那様は同席されないのですか?」
「父上とは打合せ場所で合流することになってるんだ。もちろんそちらにも迎えが行っているよ」
––––恐らく、国の役人と兵士たちがな。
「そうですか……。打合せ場所は、閣下のお屋敷ではないのですね」
「……そうだな」
言葉につまる俺。
それを見ていた伯爵は手に握っていたステッキをおもむろに持ち上げ、その先端で窓の外を指した。
「打合せ場所なら、そこに見えているだろう」
一瞬遅れて窓の外を見る俺たち。
「お、王城???」
目を丸くし素っ頓狂な声をあげるカミル。
その手がプルプルと震え始める。
「王城で打合せをするのですか?」
汗をふきふき、なんとか笑顔を作って尋ねるスタニエフの父親。
そんな哀れな子羊に、海賊伯は容赦なくとどめを刺しに行く。
「同盟を組む相手が、致命的な弱みを持ったままでは困るのだ。それも少し調べたらすぐに分かるような弱みをな」
「よ、弱みとは???」
親父の財布を預かっていた金庫番は、びくびくと震えながら尋ねる。
その様子に顔を背けるスタニエフ。
––––ああくそっ、もう見てられない!!
俺はカミルの両肩をつかみ、まっすぐその目を見据えて叫んだ。
「ダルクバルト男爵家の横領のことだよ、カミル! もう年貢の納め時なんだっ!!」
叫びながら、目から熱いものがこぼれた。









