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第22話 星空の約束・前編

 

 ボルマンさまの問いかけに、わたしは俯いたまま首を振りました。


「……わたし、昨日から神様に感謝しているんです。『こんな素敵な方と縁を作って下さり、ありがとうございます』と」


 婚約者ボルマンさまはわたしの言葉に「そうですか……」と呟き、少しの間、何かを考えておられました。


 そして突然立ち上がると、わたしの正面に歩いて来て、おもむろに片ひざをつき、わたしの手を取られたのです。




「え……」


 驚くわたしに、ボルマンさまは告げられました。


「正直に申します。わたしもエステル殿と婚約できて幸せです。どうしようもなく幸せな気持ちです。ですが同時に、途轍もなく不安でもあるのです」


 わたしは、尋ねます。


「不安、ですか?」


「はい。不安です。あなたを失いたくないという、途轍もない不安感です」


 その時、わたしは、ボルマンさまの手が震えていることに気づきました。


「それは、どういう……?」


 ボルマンさまは、顔を上げ、わたしをじっと見つめられました。




「エステル殿は、私と、我が家についての噂を聞かれたことは、ありますか?」


 ボルマンさまの噂。

 それは「ダルクバルト男爵領の子豚鬼リトルオーク」の噂のことでしょうか。


「……はい。実際にお会いして、本当のボルマンさまを存じ上げてからは、根も葉もない噂話と思うようになりましたが」


 ボルマンさまは、首を振られました。


「その噂は、事実です。多少の脚色はあるでしょうが、大筋で本当のことと思って頂いた方が良いでしょう」


「え、でも……」


 ボルマンさまは、再び首を振り、わたしの言葉を遮りました。


「本当のことなのです。あることがあって私は最近、心を入れ替えました。今後、噂にあるような非道な行いは絶対に行いません。ですが、つい最近まで私が『ダルクバルト男爵領の子豚鬼リトルオーク』と呼ばれ、そのような行いをしていたことは、違えようのない事実なのです」


「そんな…………」


 わたしはショックでした。

 目の前の素敵な婚約者フィアンセが、あの噂にあった悪鬼のような所業を、本当に行っていたなんて……。


 ボルマンさまは、続けられます。


「私は自らの愚行により、領民から恐れられ、憎悪されています。この評価を変えるには、幾年もの月日が必要でしょう。私の妻となれば、その憎悪と怒りの視線を、私と共に浴びることになります。もちろん身の安全は私が命にかえてもお護りしますが、少なくとも誰からも祝福されない結婚となるでしょう」


 わたしはあまりのことに考えることもできず、ただただ、ボルマンさまの話を聞いていました。


 一つだけ気づいたことがあるとすれば、ボルマンさまの手の震えが、いつまでも続いていたということです。




 ボルマンさまは、更に続けられます。


「私の妻になって被るマイナスやリスクは、それだけではありません。エステル殿は、魔獣の森のことはご存知ですか?」


 魔獣の森……ダルクバルト領東部に広がる、高レベルモンスターの住処です。


 わたしはまだ動揺していて言葉を出すことができず、コクリと頷くのが精一杯でした。


「魔獣の森は、我が領が定期的に冒険者を雇って討伐を行うことで、魔物が森から溢れることを防いできました。ですが近年は、私の父が金を惜しむあまり討伐の規模を縮小してしまい、充分な間引きを行えていません」


 ボルマンさまはわたしの目をじっと見つめ、話を続けられます。


「その為、森の中で魔物が増殖。最近では中レベルモンスターが村里まで迷い出ることも多くなりました。このままでは遠くない未来、魔物の暴走が起こり、我が領は民と共に滅びることになるでしょう」




 それは、恐ろしい話でした。


 魔物の森の大暴走は、この国の者ならば誰もが知っている伝承です。


 絵物語や戯曲の形で今に語り継がれる大災害で、ローレンティア建国の歴史においても外すことのできない事件となっています。


 もし伝承が再現されれば……ダルクバルト領だけではなく、王国は存亡の危機に立たされることでしょう。



 その話を聞き、私は背筋が凍る思いがしました。


 ですが不思議なことに、先ほどの動揺から少しだけ立ち直りつつもあったのです。


 震えながらわたしの手を包み込む男の子の両手。

 その体温が、わたしを見つめる瞳が、目の前の婚約者フィアンセの誠実さを伝えているように思えたからです。



 ボルマンさまは、続けます。


「もちろん暴走が起こらないよう、また起こっても被害を最小限に抑えられるよう、私なりに準備をするつもりです。ですが最悪の場合、私たちは領民の盾となり、身を挺して民を護らねばなりません。その時は家族も運命を共にすることになるでしょう」


 ……それはつまり、共に生き、共に死ぬということ。


「私はあなたに、死んで欲しくありません。あなたのような素敵な方には、絶対に長生きして幸せになって欲しい。…………ですが同時に、今ここであなたを失うのも、僕は怖いのです」


 ボルマンさまはそう言うと、わたしの手を握っていた手を下ろし、ゆっくりと立ち上がりました。



「私と結婚すれば、荊の道を歩むことになります。領民からは憎悪され、魔物に食い殺されて人生を終えることになるかもしれない。いくら私が『幸せにできるよう、努力する』と言っても、力及ばない可能性は高いでしょう。……ですから、ゆっくり考えて答えを下さい。エステル殿が私との結婚を望まないのであれば、多少時間はかかりますが、円満に婚約を解消できるようにしますから」


 寂しそうにそう告げると、わたしに背を向けられます。


「長話に付き合わせてしまって、申し訳ありません。冷えてきましたし、そろそろ屋敷に戻りましょう」




 目の前にいる同い年の男の子の背中は、泣いているようでした。


 きっとこの人は、人前で涙を流すことはないでしょう。

 多分、わたしの前でも。


 ですが、それは泣いていない訳ではないのです。

 人知れず、心の中で泣く。

 この人はそういう人なのでしょう。



 わたしは立ち上がり、目の前に立つボルマンさまの背中に向かって声をかけました。



「ひとつ、お願いがあります」




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