第202話 今、なすべきこと②
カレーナが出立した後、俺はテーブルに向かうと紙とペンを取り出した。
今なすべきことと、これまでの事件の時間軸を整理するためだ。
本来なら昨晩のうちにやっておくべきだったが、眠気で頭がまわらず持ち越してしまった。
遅くなったが、避けては通れない作業だ。
☆
始まりは、エステル誘拐の前日。
ラムズとジクサーが手紙を出した日。
これを0日目とする。
1日目。
未明にエステル誘拐事件発生。夕方に救出。
手紙はミモック男爵領モックル着。
2日目。
午前中にリードとケンカ。夜にペントでお祭り。
手紙はテンコーサ着。
3日目。
午前中に会議。午後は封術銃づくりで鍛冶屋へ。
手紙はヤーマシの手に渡り、急行馬車でタルタス着。
4日目。
ペンダント封印で遺跡へ。午後はジャムの試食。
◎手紙がミエハル子爵家の執事に渡される。
5日目。
メダル製作の打ち合わせ。
夕方にラムズたちの足取りについて報告を受ける。
6日目。
手紙の行方を追ってテンコーサへ。
夜間、ヤーマシの意識に潜入。
7日目。
カレーナがミエハル領クルスへ。←今ココ
☆
ざっとこんなところか。
ここから敵の動きを予想し、こちらが打つべき手を考えてゆく。
手紙がミエハルの執事の手に渡ったのは、3日前。
手紙を読んだ執事は、どんなことを考え、何をしただろうか?
まず、ラムズが手紙に何を書いたのかを考えてみよう。
あの時のラムズは、やや焦っていたと思われる。
俺たちに狂化ゴブリンの集落を発見され、仕込みの一つがバレたラムズは、速やかに行動を起こさなければならない状況にあった。
行動とは直接的にはエステルを拐いカエデを拘束することだったが、本来の目的は遺跡を暴きユグナリアの鍵たるひだりちゃんを手に入れることだ。
手紙が誘拐直前に送られていたことから、これらの内容の一部、または全部について、実行に移す旨の報告を手紙に記したのは間違いない。
では、どこまで書いていたか。
遺跡でのやりとりや奴自身の能力から察するに、ラムズはかなりの裁量を持って行動していたように思える。
ゲーム『ユグトリア・ノーツ』の設定通りであれば、ラムズの背後にいるのはエルバキア帝国の皇太子。従ってラムズは、皇太子の勅命で遺跡の調査を行っていたということになる。
一つ注意しなければならないのは、この皇太子は皇帝に知られないよう秘密裏に遺跡の調査を進めていたということだ。
皇太子の目的は、邪神ユーグナの力をもって自らの権勢を拡大し、皇帝を殺して自らが帝位に就くこと。そしてその力で世界を支配すること。
逆に言えば、自らの手駒を動かすのに帝国の公的な機関を使うことはできない訳で、必然的に各エージェントは機密性と独立性が高い……組織立った動きをしない者たちであると考えられる。
そう考えると、ラムズが手紙にそこまで詳しい計画を書いたかどうか。
・カエデに遺跡の封印を解く力があること。
・エステルを誘拐して人質にすること。
この二点は書いたかもしれないが、それ以上の情報はどうだろう?
「実行犯は、ラムズとジクサーの二人だけ。他の支援があったようには見えなかったな……」
俺は顔を上げ、天井を睨みながら呟いた。
実際、ジャイルズとカレーナの調査でも今回の事件で他の人間が動いた形跡は見つからなかった。
ということは、ミエハルの執事はこの件を『把握しているが、主体的には関わってない』んじゃないだろうか?
「ラムズとは上司部下の関係じゃなく、この件に関してはあくまで情報伝達役という可能性もあるか……」
とはいえ、ラムズがいざ決行する際には報告を入れている訳で、その後に連絡が途絶えれば必ず調査を入れてくるだろう。
「猶予は数日。頃合いとしてはそろそろか」
執事に手紙が渡って3日。
俺があの執事の立場なら、5日ほど様子を見て連絡がなければ、本国に連絡を入れた上で調査を始めるだろう。
ダルクバルトは辺境の小領。
外部の人間が入り込めばすぐに分かる。
そこに怪しまれないように調査員を入れるとすれば––––
「……エステルの屋敷だな」
俺は大きなため息をついた。
☆
その日の夕方。
俺は海に近い要塞……いや、城の広間で、立礼をしていた。
目の前には、立っているだけで威圧感を感じさせる髭の男。
「次に会うのは王都だと思ってたんだがな。––––婿殿」
海賊伯は、相変わらずの獰猛な笑みを浮かべ、俺を見下ろしていた。









